2016年8月17日(水)
翌日、良く晴れた一日。僕たちは朝から色んな事をして遊んだ。
と言っても、二人きりの時間はほとんどなく、基本的には愛ちゃんや学君たちも一緒だ。
この2日ほど、子供たちとまったく遊んでいなかったため、仕方ないと言えば仕方ないけど、それでも纏さんはとても楽しそうで、一緒に遊んでいると、何だか小さな子供の頃に戻ったような気がした。
実は、彼女は本当に子供の面倒見がいい。
以前、愛ちゃんと接している時にも感じたけど、結構無茶なことをされても特に嫌がることもなく自然と接している。
そして学君に対しても、ダメなことはダメとちゃんと言う。子供の目線で
だからこそ、愛ちゃんも最初から彼女に心を開いたのだろう。それは父さんの気配が感じられなくなった今も変わらない。
彼女といるときの愛ちゃんはとても幸せそうで、はたから見ても、その姿は、仲のいい姉妹の様だ。
本当に仲がいい。
少し妬けてしまうくらい・・・
Oguri1号は昨日の夜、恵さんたちに回収されて帰っていった。この後、予定通り解体されることになると思う。
寂しさを感じないと言えば噓になるけど、もう充分だ。色んなものを受け取った。
この後、様々な用途に人工知能は使われていくことになるだろうけど、その一部にでもなればいいと思う。
それが父さんの生きた証なのだから・・・
父さんの歩いてきた道
それに僕も少し興味がわいてきたと言ったら、たかしさんが一冊の本を渡してくれた。
それは人工知能が辿ってきた歴史が記された本だった。
「興味があったら読んでみるといい」と言われたので、帰りの電車の中で早速読んでみようと思う。
その、たかしさんと言えば、朝、Oguri1号の居なくなった旧井家の庭を見ながら、少し寂しそうにしているのを見かけた。
だけど、その目は何かもっと遠くを見ているような気がした。そう、もっと先を・・・
実は、昨日はあの後、部長さんと恵さんを交えていつも通り夕食会が行われた。
袖振り合うも他生の縁とはよく言ったものだ。こういうところが毎年みんなが集まってくる理由なのだと思う。帰るべき場所として・・・
その中で、たかしさんが、部長さんや恵さんと色んな事を話していたのを少しだけ覚えている。
「俺も、実は同じことを言われたんですよ。人のように振舞う人工知能を作ることに何の意味があるのかって・・・」
「そうなんですか?」
「ええ、結構、ショックだったんですよね。俺は人工知能はそういうものを目指していると思っていたから」
「わかります!だってそこが萌えるところじゃないですか!」
「お、なんか気が合いますね。ひょっとして・・・」
「あなたもですか!?」
・・・と何だか、恵さんと意気投合して色んな事を話しているのを、ため息混じりに首を振って見ていた纏さんの姿が頭に残っている。
「もし、その気があるなら、いつでも訪ねてくるといい」と、帰りがけに、部長さんに名刺を渡され、たかしさんは、かなり恐縮していた。
「優秀な人間は、いくら居ても足りないことはないからね」
そう言い残して二人は去っていった。
この出会いがたかしさんにとって、どんな意味を持つことになるのかはわからないけど、きっといい方向に向かうと思う。
ひとしきり遊んだ後、流石に暑くなって、縁側で二人で涼んでいる時、じいちゃんが寄って来て言った。
「そう言えば、纏ちゃんのお母さんは飛騨の出だったかな?」
「はい、確か高山の出だったと思います」
「ふむ・・・」
「それが何か?」
「いや、長生きはするものだと思ってな・・・」
そう言って、「健一、ちょっと来なさい」と手招きをする。
僕がついていくと、じいちゃんは古い本棚の中から、一冊の冊子を手渡してくれた。
「お前の父親が昔、集めたものだ」
それは、手書きのノートだった。中には岐阜の伝承に関する様々な考察が為されている。
表紙には、「旧井一郎」の名が記されていた。確かに父さんの書いたものの様だ。
「気が向いたら読んでみるといい」
そう言って、じいちゃんは去っていった。
「何だったの?」
「うん。よくわからない・・・」
とりあえず時間があったら読んでみようかな・・・
午後になった。
別れの時間が近づくにつれ、少しずつ寂しい想いが胸をよぎるようになってくる。
一緒に居られる時間もあと少し・・・
ふと、僕は思った。
よく考えたら、まだ彼女の答えを聞いていなかった気がすると・・・
勢いで告白してしまったものの、告白は告白だ。昨日はやっぱり色々あり過ぎて、全く思いもしなかったけど、こうやって時間が迫ってくると何だかソワソワしてくる。
何だかこれって、告白前に感じていたものと同じじゃないか。いや、それ以上に焦ってくる。
でも、とても面と向かっては聞けない。
楽しそうな彼女の姿を見ていると、何だかそれもどうでもよくなってくる気がする。
だけど、そんなわけにはいかない。ちゃんと答えが聞きたい。
などと自問自答を繰り返すうちに時間だけが過ぎていく。
そしてあっという間に時間は過ぎ去り、別れの時がやってきた。
駅のホームで電車を待つ間、僕たちは少しずつお互いのことを話し始めた。
今までのこと、そしてこれからのこと・・・
纏さんは昨日のうちに国枝さんと連絡をとったことを話してくれた。
早速、明日、会うことになったらしい。
多分二人はすぐに仲良くなるだろう。その先には楽しい学校生活が待っているはずだ。
僕はとにかく野球をまた始めることにしたことを話した。まずはそこからだ。練習はきついけど、それ以上に楽しいことが待っている。
そうやって、お互いそれぞれの道を歩いていく。
電車が入ってくる。あと少しでお別れだ。
だけど僕には彼女の気持ちを問いただす勇気がない。
「お別れだね」
と彼女が言う。揺れるその瞳の中に僕が映っている。寂しい気持ちと焦る気持ちが胸の中をめぐる。
本当は離れたくはない。だけどそれは無理な話だ。
「手紙・・・書くよ」
と僕が言うと、
「手紙?」
と、彼女は目を丸くした。
「手紙って、今の時代に?」
「あ、そうか・・・じゃあ・・・」
「いいよ」
言い直そうとする僕を、彼女が制止する。
「健一君らしい・・・」
そう言いながら、鞄からメモを取り出すと、住所を書いて僕に手渡してくれた。
「手紙、待ってる」
アナウンスがかかる。もうすぐ出発だ。荷物を手に僕が母さんと一緒に電車に乗り込もうとした時、
「健一君」
不意に彼女の言葉が掛かり、僕は振り返った。
泣き出しそうな顔。何かを言いたそうな目で彼女が僕を見ている。
そして彼女は駆けだした。僕の方に・・・
フワリと、目前に迫る彼女の顔。
そして二人の影が重なった。
それは電撃のような一瞬の出来事だった。
先っぽだけが少し触れただけのそれは、とても甘くていい匂いがした。
茫然とその場で固まる僕から、スッと身を引くと、彼女が恥ずかしそうに目を逸らす。
「答え、言ってなかったから・・・これが私の答え」
そして真っすぐに僕の目を見ると、こう続けた。
「だから、もう一度、聞かせて欲しい。あなたの口から」
それに対する僕の答えは勿論。
「ああ、好きなんだ。君のことが」
そして彼女は答える。とびきりの素敵な笑顔で・・・
「ありがとう。すごく嬉しい」
そして、またここから始まる。僕と、彼女のふたりの旅が・・・
電車が走り出す。母さんと僕を乗せて、
駅のホームで電車を追いかけるようにして走る彼女が、不意に何もないところで躓くと、その頭から、フワリと風にあおられて白い麦わら帽子が空に舞い上がる。
高く。どこまでも高く・・・
彼女の姿が見えなくなるまで窓から見送った僕が席に着くと、
「あの子は大変よ」
と妙に実感のこもった声で母さんが言った。
そんなことはわかっている。だけど僕だって負けてられない。いつか追いついて見せる。遥か先を歩く彼女に・・・
そして絶対に離さない。この手を・・・
でもまずは野球だ。もう一度、レギュラーをこの手に掴む。
そして、もう一つは父さんの辿ってきた道を歩いてみようと思う。
その為には、まずは勉強だ。
僕はたかしさんから渡された本を開けてみる。少し難しいけどきっと何とかなる。
電車は走る。
僕を乗せて。
そしてまだ見ぬ未来に向かって・・・
彼女への想いと共に・・・
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