今日からここが俺の家…!
「さぁこの階段を上がったらすぐだ!」
10分ほど続いた坂を登り終えたところで、石造りの階段が見えた。建物自体はまだ見えないものの、この階段がもうその一部であると伺える。先行するアリアについて俺も階段をあがった。踊り場のような場所で二度方向を切り返して。恐らく全部で100段程あったしんどいそれを上がり終えると、そこにはーーー。
「おぉ…!」
俺は感嘆の声を漏らす。眼前には広大な敷地が広がっていたのだ。同時に奥に何かの本で見たようなお屋敷風の建物を見つけて、その敷地が全て庭であると気づく。さらに左には鯉が泳いでそうな池、右には噴水が取り付けられていて…。
いくら立地が悪いとは言え、もしこんな豪邸に住めるというなら考えものである。と、初見の数秒であればそう感想したかもしれない。きっと直後、多くの人が今の俺と同じ心象を抱くことと思う。
大きけれどその建物は、ひどく荒涼としていた。まず正面に立っているとんでもなく大きな屋敷。俺の知っている一般民家のゆうに数倍はあるだろう。それなのにこんな場所を選んだということは、別荘としてでも建てたのだろうか。なんでもいいがとにかくボロっとしている。初めは赤かったと思われるレンガも白かったと思われる二階の壁も、まるで黒いインクを零したかのようにすす汚れていた。
一階の壁に至っては、びっしりとへばりついた植物の蔦で見えなくなっている。いまや二階の部屋と思われる窓まで覆い隠してしまいそうだ。少なくとも数年。下手をすれば数十年、住むどころか誰も手入れをしなかったに違いない。
噴水も似たような植物が巻き付いている。池には鯉はおろか水が張られていなかった。一言で言えば廃屋。今は昼だが夜になれば背筋がゾッとする見栄えとなることだろう。
「まだ買ってから、二週間なんだ…。」
俺の心中を察したのか、弁明するようにアリアが呟く。
「言ったろ?ボロッちぃって。」
ややに留まらず衝撃を受け沈黙している俺に、悟ったような顔でそう続けた。
****
屋敷に向かい中央に見えるのは屋根のとりつけられた二枚扉の玄関。間もなく扉の片方が内側からギィと開く。中から出てきたのは女の人だった。紺色の服にピンクのエプロンを身につけ、ヘコヘコとこちらに走ってくる。
「おっ、きたきた。」
それを見たアリアも屋敷の方に歩みを進める。1歩踏み出す毎にアリアよりも長い茶髪を左右に振らし、声が届くところからその人が言った。
「アリア、クザさん、おかえりなさい!」
「たらいまー!」
「くるみ殿、只今戻りました、」
アリアは旧知の友であるように片手を上げ、クザは丁寧に会釈を返す。クザがくるみと呼んだ女の人は直ぐに眼を俺に向けた。そして笑顔で2人に尋ねた。
「この子が新しい子なの?」
「そうさ、アルっていうんだ!まだ詳しくは分からないけど、たぶん炎か熱系統の魔法だよ。」
「へー!」
すると人当たりの良さそうなその人は、すぐに中腰の姿勢をとって俺に手を差し出す。
「はじめまして!アリアやクザと一緒に頑張ってます、胡桃シホです!これからよろしくね、アル君!」
「よろしくお願い…ん、シホ…?」
初対面で名前を聞き返してしまった俺に、シホは当然不思議そうな顔をした。俺はシホという彼女の名前に聞き覚えがあったのだ。どこで聞いたのか…、モヤモヤしながら記憶を辿り始め、やがてピンと来た。その爽快なまでの気付きは意図せず声となってしまい…。
「あっ!ポー…」
「わああああ!!!」
瞬間、アリアが大声を上げ俺の声をかき消した。そしてそのまま俺の口に手をかける。シホにとってアリアのそれはよほど奇行に映ったのだろう。行動の真相を問うような視線をアリアへ向けた。
「びっくりした…!どうしたのアリア…?!」
「な、なんでもないさ…。それよりミナギはどこだい?アルを紹介しよう。」
俺の口に手で蓋をし、そんなことを言いながらごまかし笑いを浮かべるアリア。そんなアリアの様子を見てシホの表情が曇る。それから腹を探るように黙ってアリアを見つめた。
何かある…。
そんな疑念の眼差しを、シホはアリアに向けていた。
やましいことなんてありませんよ。
そんな具合の引きつった笑みを、アリアは顔に貼りつけていた。
そして。
「…ぽー、ってなに? アリア。」
ジトりと睨みを効かせるシホに、アリアの身体がビクリと震える。俺が言いかけた言葉の初めが、シホの耳にしっかり届いていたようだ。そしていま、クザがそんな2人から他所を向いているのは偶然ではないだろう。
「ぽぉ?なんだいそれ、私には何のことだか…」
「ポーチ…、」
ぽー、から心当たりを探ったのか。あるいはアリアの腰を見て無いことに気づいたのか。ついにシホは事の確信に触れてしまった。アリアの心境や如何に。
「私のポーチ、どこにやったの?」
「あ…、うん今度返すよ?今度返すからさ…。」
「いま、どこにあるの?」
冷や汗を滲ませながらもその場を切り抜けようとするアリアに、シホが王手をかける。
「大丈夫ちゃんとある!ちゃんとあるから…、ね?」
声を上擦らせて後退りを始めるアリアに、シホは今度クザを振り返った。
「クザさん!アリアは私のポーチをどうしたの!?どこへやったの!?」
「私は存じ上げません。」
早口、足早にその場を立ち去るクザ。意識か、無意識か。そのときアリアは自分のポケットの膨らみに触れた。後日、新品を探しに行けるようにと、アリアは今朝、例の亡骸をそこにしまったのだ。そしてそんなアリアの一瞬の挙動をシホは見逃さなかった。
「ポケットの中身、見して。」
「え…。」
証拠を付きつけられた犯人が如く、アリアの顔は青ざめる。
「はやく。」
有無を言わさぬ剣幕で手を突き出すシホ。首をうなだれるアリアも流石にそれを悟ったらしい。
詰みだと。
俺たちを虐げるこの世界。 @ho_nobo_no
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