一夜があけて…


「ん…。」


 顔に落ちてきた落葉で俺の目は覚めた。景色がいつもと違い森の中だったので一瞬ドキッとしたが、すぐに昨日のことを思い出す。頭上のどこからか聞こえてくる鳥の囀り。空模様や気温からしても、まだかなり早い時間と思われた。


 上半身を起こすと同時、俺の胸から下にかかっていたらしい薄い布のようなものが滑り落ちる。俺はそれをつまみ上げた。なんだこれ…。


「おはようございます、アル殿。」


 そのときおっとりした声がした。見ると岩に腰掛けたクザが俺にほほ笑みかけている。俺の左側では横になったアリアがスースーと寝息を立てていた。


 クザはマントを身に着けていなかった。俺のうわがけとなっていた紺色の布はどうやらそれだったらしい。昨夜川で獲った魚を焼いて食べたあと、俺はいつの間にか寝てしまっていたのか。俺はマントを軽く折ってからクザへと返す。


「もしかしてずっと起きてたのか?」

「いえ、アリア殿と交代ですよ。」


 俺一人だけ布団被ってぐっすり寝ていたかと思うと、申し訳ない気持ちになった。俺だって何かあったときに二人を揺り起こすくらいはできただろう。


「言ってくれたら俺も手伝ったのに…。」

「お気持ちだけで十分です。それに年を取るほど眠る時間は短くて済むものです。」


 言いながらマントを身につけるクザ。そういう問題じゃ…と俺が口には出さずも思っていると、後ろからあくびのような声がした。


「んあ…、」


 振り返るとたったいま目を覚ましたのか、上半身を起こしたアリアが大口を開けて欠伸をかいている。アリアは顔をこちらに向け、トロンとした目をぐしぐしと擦ると。


「あれ、アルも起きてたんだね。何事も無かったかい、クザ?」

「ええ。アリア殿もよく眠れたようで何よりです。」


 するとアリアは両腕を頭の上に上げ、大きく伸びた。


「眠れたけど、うーん…、やっぱり地面は固いな。今日は帰ってベッドで寝よう。」


 身体が痛むのか準備運動をするように背や肩の骨を鳴らすと、アリアは立ち上がった。


「よーし!じゃあちょっと早いかもだけど出発しようか!」


 道中、朝ごはんの代わりに赤い果物をもいで食べた。間もなく森を抜けたあと、偶然通りかかった荷台の馬車にお金と引き換えで乗せてもらう。クザは馬の乗り手の隣に座り、俺とアリアは荷台へまわった。


「ラッキーだったねー!これなら今日の昼にはつけると思うよ!」


 満足そうにアリアは足を投げ出す。やがて馬車は動き出した。自分の抜けてきた森が、少しずつ遠くの景色に変わっていく。なんだか眼に焼き付けておきたい気持ちになって、俺はずっと森の方を向いていた。


「…寂しいかい?」


 そんな俺の様子に気づいたのだろう。アリアが気遣うように俺に聞いた。


 …寂しくないと言えば嘘になる。でもそれは帰りたいという意味では決してない。あの村にはもう俺の居場所なんてないだろうし、寧ろこの先忌々しいとすら感じるかもしれない。


 だけどそれでも、あの森の向こうは俺が育った場所なんだ。


「…べつに。」


 俺は少しだけ、嘘をついた。最後に今の景色を記憶に焼付け、振り切るように前を向き…


「見ときなよ。」


 そんな俺に少しだけ語気を強め、アリアは言った。そのとき道の凹凸に合わせ、そのとき荷台は小さく揺れる。


「何にせよもう暫くは…、ここへは来られないと思うからさ。」

「…分かった。」


 そうアリアに返してから俺は再度、後ろを振り返る。森が景色から外れてしまう最後の瞬間まで、ずっとそれを見つめていた。


****


 馬車の荷台を降り、数時間ぶりに地面へ足がつく。俺は周りを木々に囲まれているその場所を見渡した。特に何かあるわけではないが、強いて言うなら道がふた手に続いている。どちらも上に続く坂になっていて右の道は広く、左の道は狭かった。


「ありがとうおじさん!」


 アリアが手を振り送ってくれた主にそう伝えると、馬車は右の道を走って行ってしまった。…ということは恐らく、アリアたちが向かう先は。


「じゃあ行こうか!ここから先は山道で歩きだけど10分くらいでつくから!」


 案の定、左の道を指さす。左の道は右に比べると結構急な勾配になっていた。木々も密生しており、仮にも人通りが多いとは言えなそうな印象を受けた。


「この先に何があるんだ?」

「私たちの拠点だよ!と言っても仮のだから少しボロッちぃのは勘弁してくれよ?大安値で売りに出されているところを絶妙なタイミングで私が抑えたんだ!」


 親指を自分の胸に宛て、得意満面のアリア。だがそこには引っかかる言い回しがあった。


「『仮の』ってどういう意味だよ?」

「お金が溜まったらもっといいところに引っ越すのさ。…まぁ数年はかかると思うけどね。」


 そういうことか。だとすると残る不安要素は…。


「でも安かったんだろ、大丈夫なのか…?」

「住む分には問題ありませんよ。山道の奥で買い手のない物件だったのでしょう。先程馬車が通っていった道が、ここから最も近い街へ続いていますし。」


 なるほど。勾配の急な山道であるうえに人の足でなければ通れない、さらに街からは遠い。確かにそんな立地では、まったく買い手がつかなくても不思議はないかもしれない。そんなことを考えていたとき、脈絡もなく、クザが突然こんなことを聞いてきた。


「ところでアル殿は、年はいくつなのですか?」

「うん?12だけど。」

「あれ!それじゃあ今居るもう1人の子と同い年だね!」


 アリアがそんなことを言って…えっ、今居る…?


「俺以外にもう誰かいるのか?」

「言ってなかったけ?キミと同じように私とクザが連れてきた女の子だよ。キミで二人目だけど、これからも何人か増えると思うよ。」


 仲間を集めているとは聞いたが、もう既に誰か居るとは初耳だった。というかよく考えたら、俺はアリアとクザの名前以外何も知らない。


「じゃあいまアリアとクザで3人なのか…?」

「まさか、子供1人置いていくもんか! 初期メンバーは私とクザを含めて5人いる、いまホームに残ってるのは1人だけだけどね。後で紹介するよ。」


 手のひらの5本指を立てて、アリアはそう説明した。ってことは俺は7人目…?


「全員がその…魔導師って奴なのか?」

「そうだよ!今居るの人はもちろん、これから来る子たちもみんなね!」


 そんなアリアの話を聞いていて俺は不意に、無性に気になることができた。一抹の不安を抱えながら、さり気なく聞いてみる。


「へー。ところでリーダーは誰なんだ?」


 すると自分を指さして即答を返すアリア。


「わたし。」

「え”。」


 思わず声が出てしまった俺にアリアはキョトンとした顔をした。どう考えても思慮深さや物腰など、アリアよりもクザの方が上に思える。年齢的に考えてもリーダーの役職は恐らく別の人が就いてるものだと、そう思っていたのだが。


 アリアはそれから、何を今さらという具合に首を傾げて。


「私が設立したんだ。当たり前だろ?」


…そういえば言ってたな、そんなこと。



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