化け猫だって恋がしたい!!
雛咲 望月
化け猫だって恋がしたい!!
あたしを見下ろす、あの人の顔。
暑い夏。
───夏がまた、やってくる。
「あんたもさあ、ちゃあんと化けてみなよぉ」
あたしの後ろで、
彼は名を黒狐と呼ばれている。呼ばれている、と言うのは、あたしたちには元々人間が呼ぶような名前が無いからだ。
「うるさいよっ。あたしは200年、ずうっと待ってたんだい。あの人に会えるのを。ちゃんと娶ってもらうまで、逃がさないんだからっ!!」
「そーいう景気良い台詞は、耳を仕舞ってから言いなさいよ」
「はにゃっ」
「あーあ、そうら。今度は、尻尾が出た」
と同時に、着物の下からぐにょんと張り出るモノが出た。長い長い、あたしの尻尾。ふぐぅ、と涙が滲み出す。
「あー、こらこら泣かないの。あんた一応大人でしょ? もー、なんでこんな子においらの商品、売りつけちまったかねぇ。おいらの着物なら、大体は化けが効くってぇのに」
黒狐は、ぷうと長ーい煙管から白い息を吐いて、あたしを見下してくる。悔しい。
あたしの名前は、化けたがりのミケ。化け猫の類なんだけど、化けるのが下手くそで、こうして化け古着物を扱う川越の古着物屋「福」に来たのだ。だというのに───また、あの人に会えない夏がやってくるのだろうか。
しょんぼりとするあたしを見て、黒狐は何かを言いかけ───速やかにこちらに近寄ると、持っていた白い着物をばさりとあたしの上からかけてきた!
「へっ!?」
「参ったね、お客さんだ。さあ、隠れて頂戴」
そのまま、レジの奥に引っ張り込まれる。すると、黒狐はまるで別人みたいな顔になって、玄関の方を見た。凛とした声で、
「いらっしゃいませ」
ミケも、思わず視線を追う。
追って───息を飲んだ。
「今日はいいモノ出てるかい、若旦那」
入って来た人間のお客さんは、すらりと大きくて、柔和な顔で。ほら、目が大きくて、口も鼻も大きくて……
あの人、だ。
200年。あたしが猫としての命が終わってから、生まれ変わり、ずっと探し続けていたご主人様が。───探していた人が、ここに、いる!!
あの人は常連らしくて、目当てのものはまだ入っていないのだと聞くと、「それじゃあ仕方ない、またくるよ」と言って、ひらりと手を振って戸から出て行ってしまう。
いやだ───もう、一人はいやだ!
「ん? ……え、ちょ、待ちなさい! あんたっ!?」
気付いた時には、黒狐の狼狽えた声も置いてきぼりにして、石畳を駆けていた。
駆けて、駆けて、大きな背中が大きくなって来て───こちらの足音が聞こえたのだろう、彼は足を止めて怪訝そうに振り返る。
「ご主人様───リュウジロウ様ぁっ!!!」
そのまま、大きな胸に超ダイブ。ものすごい勢いでダッシュしていたので、彼はあたしを包み込んだままひっくり返って、二転三転とコロコロ転がった。
「い、いたた……き、君は? へ、耳……!?」
目を白黒して、大きな目をもっと見開く。その黒い瞳には、耳も尻尾も着物から飛び出てしまったあたしが映っていた。
でも、もう、そんなのどうだっていい。あたしはもどかしく口を開きながら、言葉を捲し立てていく。
「200年! あたし、待ってたんだよっ!! あんたと会えるのを……あんたと、一緒にっ…!!」
「ちょっと───ちょぉぉっと待った!! 200年だって!?」
彼はいきなり静止してくると、こそこそとあたしの背を押しながら路地へと一緒に引っ込み、
「……200年? そんなん、人間だったら生きてないだろ」
「へっ……え?」
「リュウジロウ───川上竜二郎は、俺の爺ちゃんだよ。俺は、孫の仙太郎」
夕暮れ時に、全てが凍りつく。
赤い空から聞こえる烏の声は、それでも200年変わらなくて。
「嘘……」
「爺ちゃんなんて、とっくの昔に大往生して……え? お、おい?」
「ぶみゃあああぁぁぁぁ……」
ぼろぼろ、涙が止まらない。こんなに恋い焦がれて待っていたのに、相手はもう死んでるだなんて、あんまりだ!
「こ、こんなに、頑張って探したのにぃっ……うぐえ、へぐ。ずびー」
「おいおい、鼻水をせっかくの綺麗な着物で拭くんじゃねえよ、ほら」
彼がハンケチとやらを貸してくれた。液体をずびずび出す。うへえ、と仙太郎が呻いたが、気にしないことにする。
「まあ……なんつーか、ごめんな。物の怪がそんなに探してくれてたなんて、爺ちゃんも罪作りな男だぜ。お前、名前は?」
「う、ひぐ、ぶすぅ……み、ミケ。化けたがりの、ミケ」
「ミケか……お前、家に来ないか」
「……ひへ? なんで?」
「そんなに驚くこたないだろう。このまま放って置いちまったら夢見が悪い。どうせ行く宛も無いんだろ? だったら、少しの間だけでも、俺んちに来いよ。爺ちゃんの不始末は、孫の俺が面倒見るから」
「………」
その顔は、あの人と寸分も違わぬ笑顔で。
「……決めた」
「あん?」
「あたし、あんたのお嫁さんになる!」
「はぁっ!? お前、何言って」
「決めたの! あんたの体の中には、ご主人様の血が流れてるんだろ? だったら、その魂もきっとある」
もう、この世で一緒にあの人とは暮らせなくても。
「うん、決めた! きーめた!!」
「ちょっ!? ったく……とんでもない野良猫拾っちまったぜ」
頭を掻く仙太郎。しかし、その声に邪険さは無い。柔らかな光をたたえる瞳が、すうっと細くなっていく……
「仙太郎。この街、川越にはな。物の怪が一緒に生活しておる」
「物の怪?」
「左様。動物や付喪神が、人間に化けて暮らしておる。それが川越じゃ」
祖父は微笑みをたたえて、細い指を玄関先に向けた。
「わしは楽しみにしておるんじゃよ。娘っ子が、この家を訪ねてくれるのをな。ミケと名乗る、小さな化け猫がのぅ」
「ふーん……」
なんとも不思議な会話だった。もう遠い昔の記憶だったが……
(川越にずっと住んでいて、正解だったかもしれないな)
物の怪と人の住む不思議な街、川越に。
またひとつの、恋物語が始まろうとしていた───
化け猫だって恋がしたい!! 雛咲 望月 @hinasakiyu
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