第3話 包囲

 スモークが焚かれた。その先に敵の影が瞬間的にだが見え、僕は素早く標準を合わせ正確に頭を撃ち抜く。煙の中で崩れ落ちる音がした。


 それとほぼ同時に煙の中から飛び出して来た敵兵。手にはコンバットナイフ、呼吸は荒く、その太刀筋はとても素直だ。なので此方も素直に彼の手を捻り、その痛みのあまり手放したコンバットナイフで彼の喉笛を音も無く切り裂いた。


[ウォンカ!伏せろ!]


 僕は言われた通りその場にうつ伏せになる。するとついさっきまで僕の頭があった所を銃弾が撃ち抜く。撃たれた位置を瞬時に割り出し、身体をひねってその方向を向いた時には敵の脳天にナイフが刺さっていた。


[ふーっ!危ねぇところだったなウォンカ、俺のお陰だぜ?]


[感謝するよ、怒髪天ドハツテン


[おうともよ、この怒髪天様と戦おうって勇気のある奴は出て来い!]


 怒髪天の獣の様な雄叫びが僕の耳に直接響き、身体中に鳥肌が立つ。それは敵も同じらしく、僕らのいる拠点にやあやあ我こそはと攻め込んで来る勇猛果敢な兵士は現れない。


 つまんねー奴らだ、と怒髪天は吐き捨てて左腕のホルスタからナイフを取り出した。


[もしかして、縛りか?]


[スリルを味わう為のな。心配すんな、死にはしねーよ]


[どーだか、僕と初めて会った時は死にそうだったけどなぁ]


 さぁ、狩りゲームの始まりだ。僕と怒髪天は少しずつ意識を集中させていく。深呼吸を数回繰り返すと辺りの音がよりクリアに聴こえ出した。


 刹那、僕達は切り離された。現実に引き戻されたのだ。自宅のリビングで僕は覚醒した。部屋中にもっともシンプルな警告音が鳴り響いている。


「なんだってこんな時に……」


 拡張現実ヴィジュアルオーグメントを介した通信コール、サザンカからだ。


[チャールズ、大変]


[落ち着いてくれサザンカ。状況は?]


 ごめん、と謝罪をしてぺこりと頭を下げるサザンカ。息を吐き一拍置いて、


[感染者よ、それもこれまで以上の数が現れたの。場所は……]


[場所は?]


[貴方の居る軍管理住宅街セーフハウスのすぐ目の前よ]


 呻き声が階下より聴こえた。よりにもよって此処に奴等が現れるなんて、上は何をしてるんだ。焦りと苛立ちをグッとこらえてリビングを抜け、ベッドルームへ移動する。さっきまでいたリビングルームの方向から窓ガラスが割れる音した。


[サザンカ、アビゲイルは?]


[連絡が取れないの、貴方達ゲームしてたんじゃなかったの?]


[してたさ、けれど、それからの連絡は来ていないんだ。連絡してみてくれないか?僕は此処から抜け出す方法を考える]


 拡張現実の通信回線を落とし、ベッドの横にある間接照明の電球を抜く。それに呼応して本棚が横にスライド、薄暗い洞穴が出現し、その中に素早く身を隠す。耳を澄ますともうそこまで来ているのが分かり、ゆっくりと洞窟の中を進む。少し行くと螺旋階段になっていてそれを下る。


[チャールズ、わたし。今アビゲイルと連絡が取れたわ。向かってるってそっちに。わたしも向かってるから何とか堪えて]


[わかった。被害は?]


[はっきり言って最悪。死者はもう百人を超えてる。感染者も増え始めたみたい]


 早くも感染者が出始めている。状況は芳しくない。何処から、どうやってここまで来たのだろう。それも軍関係者が住む居住区に。


[アビゲイルに早く来いと伝えてくれ]


[わかった、チャールズ]


[なに?]


[あまり無理はしないで]


 頷いて再び通信を切る。螺旋階段を降りきり、僕が辿り着いたのは僕のケイブ。此処までくれば後はやる事をやるだけで済む。通路正面にある扉に手を翳す、指紋認証をパスして中に入る。


「ホークアイ、状況は」


「ご覧ください、チャールズ様」


 中性的な声が巣全体に響く。そして液晶パネルが天井から一つ、また一つと花開いていく。


 そこには虐殺の限りを尽くす感染者と、逃げ惑う軍関係者達、そしてその家族達。まさに地獄絵図だ。


 手足を無理矢理に引っ張られ、バランスを崩し転倒。感染者が血肉を求め覆い被さる。肉を、血を、生の実感を。一人、また一人と食い潰されていく。


「何とかして皆を助けないと」


 これも全て人生の先輩達、僕等の遥か昔の人達が招き入れた災厄。彼等彼女等の罪を現代に生きる僕達が償うべく罰を受けている。


「理不尽にも程がある」


 愛国心からか、それとも偽善なのか、僕は拳を強く握りしめモニタを睨みつける。感染者は敵。虐殺の連鎖を止める。その為だけに産まれ、育ち、生きている。


[待たせたな。チャーリィ、着いたぜ]


 アビゲイルだ。遅い、とだけ答える。無駄口を叩いてる暇はない。


[上で合流しよう。先に始めててくれ]


[りょーかいっ]


 AIに武器を注文オーダー。その間にエレベーターに乗り込む。数秒後、エレベーター上部よりホークアイの腕が伸びてきて槌を差し出すと、僕はそれを手に取り、背中のホルスターに固定した。


 現実リアルでもゲームでも、僕は人を殺し続ける。サザンカの言いたい事も分かってはいる。現実でも行ってる事をどうしてするのか、その答えは簡単で、感覚を研ぎ澄ましておきたいから、だ。いつでも、何処でも、躊躇なく、寸分の狂いもなく、人を殺せるように。


 その他の理由としては、僕はそうする事しか知らないからというのもある。そして今も感染者殲滅の為だけに脳みそをフル回転ささている。


 この世界に感染者が存在して良い理由なんて一つもないのだから。












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