デジタル墓地

@ryuko_tei

デジタル墓地

「おい次郎、墓参りに行くぞ。」

 夕刻、昼間から散々酒を飲んで怠くなっている俺に父は呼びかけた。毎年8月15日、親戚が集まって昼間から酒を飲み、そのあと墓参りに行くことがうちの恒例行事だ。いつこの恒例行事が始まったのか、俺は知らない。

 墓は家から車で15分の山の中腹にある。父は慣れた手つきで車のキーを回し、エンジンをかけた。

「いや、あんた、酒飲んどるやろ。」

「よか。」

 父は俺の制止を適当に受け流し車を転がし始める。無駄の無い運転で車は県道に乗り入れられ、南下を始めた。飲酒運転で墓参りに行くことも、もはや恒例行事なのだ。

「飲酒運転したらまた川に突っ込むよ。」

「すぐそこやろが。シートベルトはしとけよ。」

「はいはい。そういや、Sおじさんのとこもデジタル墓地にしたらしい。さっき言いよらした。」

 飲酒運転を咎めることをあきらめ、俺は話題を変えた。

「うちもそろそろデジタルに移行した方がいいかもな。」

「墓持つのも金かかるけんね。永年供養と言っても、支払いが止まった時点で更地にするんでしょ。罰当たりやろ。」

「うちは月賦の支払いだけでいいが、月賦は年々高くなっている。」

「そうやろそうやろ。維持するのが大変やから、初期費用だけのデジタルに移行した方がいいと思う。」

 とっくの昔に、日本の世帯数より墓の数は多くなっていた。そして25年ほど前、墓バブルとも言うべき墓地需要の高騰に日本は沸いた。どこもかしこも霊園ができ、撤退したイオンの跡地は必ず墓地になった。終活という言葉が流行し、1世帯1墓から1人複数墓が当たり前の時代となった。

 そして、墓バブルははじけた。「墓地引き締め政策」が行われたからだ。

 過剰な墓供給により、国土の有効活用が行われず、日本のGDPが前年比-5%という勢いで落ち始めたため、「墓地引き締め政策」は行われた。というように社会の教科書には書いてあるのだが、俺はよく知らない。政策以後、新しい墓地や霊園の類は整備されなくなり、納骨堂は10階建てのビルばかりになったことは事実であった。

「着いたぞ。」

 うとうとしている間に墓地に着いていた。車から降り、深呼吸をする。山の中腹だけあって少し空気が美味しい気がした。蝉のうるささも8月になれば気にならない。持参した掃除セットで墓石を磨く。

「いやあ、暑い。お墓参りも楽じゃないわ。うちもはよデジタルにしよう。」

 俺は自販機で買った三ツ矢サイダーを飲みながら独り言を吐いた。

「まあ、そう腐れるな。そう頻繁にあるわけじゃなかろうが。ご先祖様は大切にしろ。デジタル墓地のことは考えとくが、なんか気に入らん。」

 父は缶コーヒーのプルタブを起こしながら、そう俺を宥める。

「まあ、そうやけど。デジタルの方が楽よね。それに墓石もデジタルも先祖を大切にすることとは別問題やろ。」

 自分でも屁理屈だと思いつつ、俺は父をその気にさせようと何故か必死になっていた。

「こんにちは。」

 墓地の住職がいつの間にかそこにいた。父と俺も「こんにちは。」と返す。

「デジタル墓地にご興味がおありのようで。よければ少しお話しいたしましょうか。」

住職は物腰柔らかに話しかけ、我々をお堂の方へ案内した。3人は履物を脱いで板張りの廊下を歩き、角を3回曲がって少し進んだところの部屋に入った。部屋の中は薄暗く、金属製のラックが整然とならび、ラックに設置された頑丈そうな機械には無数のLEDランプが赤や青に点滅している。

「住職さん、ここは?」

「サーバールームです。新しい墓地が作られませんからね。今は、デジタル墓地のバックアップや復元サービスも墓地運営の一環で行っているんですよ。」

「へえ、そうなんですね。それにしてもこのサーバーの数は多くないですか?」

俺は不思議に思って訊ねた。

「デジタル墓地はもともと、故人の写真や日記、年表などのデータを保存していたのが興りです。それで、ちょっと前に生前葬が流行ったでしょう。その時、人間一人分のデータを保存する方もいらっしゃったんですね。」

「そうらしいですね。でもそれって何でそんなことをしてたんですかね。」

「故人の人格をデータとして残しておけば、遺族はいつでもパソコンを介して故人と会話できます。最初のうちは、データ量が莫大なので一部のお金持ちの方しかやってなかったんです。しかし、すぐにそれを商売にする会社ができまして、最近では割とリーズナブルなものですよ。」

「へー!知りませんでした。お詳しいですね。」

「うちは代理店をやっております。」

「ああ、それで。」

「今なら入会費0円のキャンペーン期間中です。」


 家に戻ってきた俺は、住職からもらったデジタル墓地のパンフレットを読みながら、またビールを飲み始めた。酒宴の片付けがひと段落した母にお茶を差し出しつつ、さっき住職から聞いたことを受け売りした。

「そいで、今では故人の人格が電子データんなってて、故人同士が会話することもできるんやって。すごくない?」

「なんかよう分からんけど、すごかねえ。」

「すごかろうが。」

「こんばんわー!遅うなりましたー!」

 玄関で豪快な声が聞こえた。「社長さんだ」と言ってすぐに母は玄関に向かった。社長さんとは建設関係の会社を営んでいる親戚のW伯父のことだ。

「よういらっしゃいました。ささ、こちらです。」母がW伯父とその奥さん、息子の真之兄さんを案内する。

「おう次郎!帰ってきとったんか!たまにはこっちにも顔出せえよ!おう女はできたんか!ガッハッハ!なんやもう墓地のこと考えとんか、そんかチラシ読み漁って!女の1人でもこましてから死ぬこと考ええよ!ワッハッハッ!」

相変わらずの豪傑っぷりに俺はたじろいた。

「そいやWおっちゃん、かなり昔にデジタル墓地にしとったですよね。あれ、どげんですか?」

「あれな、うちの親父が好きもんやったけんなあ。この前、デジタル墓地のサービス会社からアップデートの電話がかかってきたな。」

「アップデート?」

「なんや写真や映像を現世とシェアできるとかなんとか。ま、よう知らんわ!ガッハッハ!」

そう言ってW伯父と奥さんは仏壇の方に向かった。

「次郎くん、ちょいちょい。」真之兄さんが俺に話しかけてきた。

「なんね、真之兄さん。」

真之兄さんはスマートフォンを取り出すとインターネットにアクセスした。

「さっきのデジタル墓地の話な。続きがあるんや。これ見てみ。地獄のライブカメラや。」

「なんそれ。」

俺は、真之兄さんのスマートフォンを覗き込んだ。

スマートフォンの画面内では、鬼が人間をつかんで熱湯や剣山に放り投げたり、人間の舌を引きちぎっていた。まさに地獄絵図そのものではないか。

「なんこれ!」

「死後の世界や。デジタル墓地が売り出されて以降、インターネットの世界には地獄が出現したというか、あの世と繋がってしまったというか。実はそういうことになってたらしいんや。」

俺はデジタル墓地のパンフレットをその場で破り捨てた。

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