第23話 つきない

 尽きないのはあかりだけじゃない



 〇〇〇〇〇〇


 実験体は饒舌に喋りだす。



「はーん、分かっちまったぞ。ここは実験施設とかそんなとこだな。俺みたいな死刑囚使って実験してるんだな。いいぞいいぞ好きに使ってくれ。たくさん悪いことしたからな。少しくらいだれかのために働いてやる。全然こんくらいじゃ俺はびっくりしない。きっとここにいるやつらはそりゃあ、多少は頭のぶっ飛んでる奴らだろうが、真面目に勉強とか研究とかしてるんだろう。俺が驚いたとびきりな話、聞かせてやんよ」



 そろそろうるさくなってきたから麻酔を準備する。そのカチャカチャという音で彼は話をスピードアップさせる。



「麻酔、だろうなあ。俺うるさいもんなあ。とりあえず話し出すぜ、麻酔が効くまで聞いてくれって。空飛ぶ人間って見たことあるか?気球なんかじゃなく。俺は魔女に会ったことがあるんだ」


「嘘だ」


「ほうきで空を飛んでた。真っ黒な服の女の子。ほうきに猫なんかはいなくて。俺は気球に乗ってた。その子は気球に驚いて、俺に話しかけてきた」


「幻覚だ」


「違うが証明なんてことはできないな。そしてその子はこう言った『すごい魔法ですね、私に教えてください』ってな」



 僕はその男の話を信じなかった。男は実験された。そしてついに不死身になった。もう一度目を覚ました男は、目を開けて耳をすまして、勢いよく息を吸って、口を大きく開けて言ったんだ。



「魔法の力だ!」



 なんだこいつは。



「ふざけるな、科学だ」


「お?お前がここのお偉いさんか?俺はな、その魔女っ子が面白くてなあ、散々魔法の実験台になってたんだ。どうやら落ちこぼれだったらしくてな?練習がしたいんだと、俺は空を飛んだり、口から火を吹いてみたり、うまく喋れなくなったり、記憶を抜かれそうになった」


「嘘だ、ありえない」


「お前が証明してくれた!彼女に俺は死なない体にしてくれと頼んだ。答えはあっさりしてた。『定期的に魔法をかけなきゃいけないけど、いいよ』ってな。殺してみてくれと言ったら、もう二度と攻撃する魔法は使いたくないんだと」



 僕の研究の成果を、僕のやったことを、こいつは。殴りつけるも男は痛みを感じないと言われた。あたりまえだ。そうなるよう神経をいじった。俺はまたうるさくなった男をしばらく眠らせることにした。そうだ、麻酔も睡眠薬も効いてるじゃないか。こいつの言っていたことを信じるわけじゃないが、僕はその魔女とやらに会いに行かなくてはいけない。魔法なんてものありはしない。それを証明しなくちゃいけない。


 彼女がいるという森。実験のための道具や研究員を連れてこようと思っていたが、まずはこの目で確かめたかった。小屋があって、洗濯物が干されていた。ほらな魔法なんてものがあればすぐ乾くだろう。僕はその小屋をノックした。中から元気のいい声がする。ドアが開く、そこにいたのは美しい女性だった。



「こんにちは、ここに人が訪ねてくるのは久しぶりです」


「あの」


「お名前は?」


「僕は」



 彼女はとても美しかった。僕はアスカ、彼女はシューと名乗った。珍しくあまり聞いたことのない名だった。彼女は森の生態調査だという僕の嘘を何のためらいもなく信じ、小屋の中へ招いた。森に住んでいる君の調査だ、まるきり嘘でもない。僕は彼女の質問攻めに答え続けた。時折都合のいい嘘も混ぜながら。ペラペラうるさいあの死刑囚が頭に浮かんだ。彼のせいでこうなったんじゃないか?僕は歌の話になったあたりで彼女を止め、本題を切り出した。



「僕の話はこれくらいで、君のことを知りたい」


「私のこと?」


「そうだ、シューはなぜここにいるんだ?」


「ここで目が覚めたから」


「眠っていたのか?」


「そうみたい、そしたらまったく知らないものばかりで」


「あ、気球か?」


「気球知ってるの?あれすごいよね、あんなものがあれば魔法なんていらないよね、あ!」



 ハッと口を抑える。上品な見た目よりとても幼く見える仕草だった。彼女から初めて、魔法という単語が出る。



「言っちゃいけないんだった」


「それ、誰かに言われたの?」


「・・・」



 あの死刑囚だろうか、たしかに懸命だろう。誰かれ構わず私は魔女ですと紹介し、魔法を見せびらかすわけにはいかない。いいように利用されるだろう。



「うん連れて行かれちゃった人、優しい人」


「あの人は犯罪を犯したんだ。だから悪いことをした人が行くところへ行った」


「悪い人じゃないよアスカ。私がさらわれそうになって、その身代わりになった」


「君、魔法使えるんだろう?」


「うん、でも人前で魔法を使うなって、何回も何回も言われた」


「そうだね、君には優しかったみたいだ。君を守りたかったんだろうよ」



 シューは僕を見る。



「あなたは?アスカ、私に何かしてほしいんでしょう?」


「魔法見せてほしいんだ」


「使っちゃいけないって」


「彼はもういないよ死刑だからね」


「いいやそれはないよ。魔法をかけたから」



 きた。彼女の目が光出す。紫色がより澄んで透き通っていく。綺麗だ吸い込まれそうな瞳。



「彼は眠っているだけ」


「そう…だな」


「私ね、落ちこぼれ魔女だったの。だから彼が私にいろいろ教えてくれてね、もちろん魔法のことじゃないけど。魔法学校じゃ魔法の練習ばっかりしてたから、やっぱりここでも一応練習したくて。そしたら落ちこぼれじゃないんじゃないかって言われた」


「死け…気球の人に?」


「うん。チカラがありすぎるから落ちこぼれ扱いだったんだろうって。学校でコントロールを学んでたんじゃないかって」


「学校、そこに行けば僕も魔法が使えるようになる?」


「行けないよ。全然、行けないんだよ」



 彼女は急に泣きそうな声になる。仕草は子どもっぽいが見た目と声は大人っぽくて。なんだかさっきからちぐはぐだ。



「移動も時間もきっと世界ごと違うんだろう。でも来れたんだから帰れると思うんだよ。でも行けないんだよ。私なんかの力じゃ行けないんだよ」



 僕は君が怖い

 君のすることはありえない

 魔女なんて存在しない

 だけど君は自分が魔女だという

 確かにそうであるなら納得がいく


 洗濯物も乾いたし、ものが空を飛んだし

 ほうきも浮いたし、お湯もすぐ沸騰した

 でも君はご飯も食べれば、出すし

 体は疲れるし夜は眠る

 風呂好きの綺麗好きだ

 研究所に帰っていろいろ実験した

 また森へ行っては

 こうすれば科学的に証明できる

 実は君は人間で

 それは魔法じゃないと話をした

 彼女は笑った

 さらに上回る魔法を見せられる


 だが、どう考えたって魔女なんてもの

 存在しようがないんだ

 君の魔法は何かの手品だと思っていた

 どうしてタネが見つからない

 いままでのタネをいい加減教えてくれよ?


 いくら考えても実験してもダメだ

 ダメなんだ




 私は彼の目の前で羽をはやした

 ほうきで飛んでも

 信じてもらえなかったからだ

 そして空へ飛び立った

 私は大きな声で彼に声をかけた

 こんな私でもまともに話をしてくれた人間


 好奇心だけでなく、恐怖心だけでなく

 愛情だけでなく、友情だけでなく

 魔女の私ではなく、人間として

 私の人間らしいところをたくさん見つけた

 私を見てくれた


 輝くような、まるで子どものように

 私の魔法ではしゃいでいた姿を

 もう一度見たかった



「アスカ!私の魔法で空へ!いっしょに!!」


「自分の力で行きたいんだよ」



 彼は私を撃った

 衝撃でショックで私は意識を飛ばした

 私は彼が好きだったのかもしれない

 そんな私は彼に殺された

 体の方を実験された

 彼は泣いている

 しばらく泣いて

 私を埋めた

 しばらく研究をやめた

 ずっと私のことを考えているようだった

 しばらくしてそうではなくなった

 女の人と会うようになった

 私は彼を憎んだ

 彼と女の子どもが生まれる

 私は私は



 僕は僕は

 僕は彼女を撃った

 僕は彼女の体を実験台へ運んだ

 まだあたたかい

 彼女は人間だった

 どこをどうみても人間だ

 殺したのは僕だ

 美しい彼女の顔

 もうつめたい

 僕は僕は

 初めて好きになった

 この人を殺したんだ




 〇〇〇〇〇〇



「そうして、不思議な子どもが生まれた。正真正銘、魔女の生まれ変わりの子だ。男はまた研究意欲を取り戻し、女は気味が悪いと逃げた。そうしてできたのがあの研究施設。そしてみんながそれぞれの物語を経て、ここにいる。先生もそうしてここにいる」



 先生が長々と話をしている。むかしむかしのアスカとシューのお話だ。同じ名前の飛鳥と殊羽はポカンとしている。先生は続ける。



「さて闇月家の話もしようか、羽月の父はこのおとぎ話と施設とを結びつけた。俺がいつだったか彼に話したんだけど。その時は掃除してたかな、厨房だったかな。それか施設の事務だったかな。まあそれで君のお父さんたちは君ら飛鳥と殊羽という名前をつけた。フィフスは番号だからね」


「先生っていったい?」



 思わず飛鳥が呟いた。せんせいは大きく口を開けて大笑いした。



「あっはっは、せんせいだよ。最近はそう呼ばれてるな。呼ばせてんだ、子どもたち。別に俺が産んだわけでも育てたわけでもないけど。俺はずっと見てきたんだ。

 シュウは女、魔女。アスカは男、研究者。俺、先生は男。そして囚人で実験体で不死身。はじめに魔女を見つけた男、それからこの物語をずっと見てる。俺の気配、薄いみたいでシューにもっと薄くしてもらった。不死身の力と一緒にきっともうじき尽きるだろう。一気におじいちゃんになって死ぬのか、ダメージ与えられて死ぬのかはわからない。まあいたるところに忍び込んでは玲よりも青よりももっと長く、ずっと見てる。いろんな人に姿を変えながらずっと見てる。俺はどうして魔女がいたのかもわからなし、なんでそんなものを見つけられたかもわからない。だけどそれで俺の悪いことをしちゃ逃げるだけの人生は変わった。だけど俺は少しも後悔しちゃいない。今は楽しんでる。とあることから不死身になっちまったとある男さ。変身の力は呪いなんかじゃないぜ、ただの思い込みとマスクの力を借りてるだけ。どっかの情報屋とかと協力してな」


「裕太先輩?」


「いいや、そのお父さんさ」


「なぜ赤と青の体を探している今、その話をするんです、せんせい?」



 そう聞いたのは羽月と呼ばれたドラゴンだ。警戒しているが一歩前に出る。せんせいはまた大笑いしながら指差す。



「俺は見てるだけでたいした力はないがなあ、だから今度こそ殺されるかもしれないとビビりながら喋ってんだ。そこのお二人さん?ふよふよ浮いてるお二人さん。元は呪いの魔女の生まれ変わり。思いの強い場所へきっと体は歩いて行ったさ。赤ん坊じゃないんだから。体がどこにあるんだか、検討ついてるんじゃないか?」


「そうなんですが、そんなはずないんです。だってここに運ばれたことを知ってるんです」


「そうよ。それにここの方がアスカの研究所の跡地だし、私の生きた家で思い出もある。それにどうやってあんなところまで」


「そうです。私だってそんなにそこに思い出はないですよ」



 混乱する紫の玉にドラゴンが聞く。



「赤、いったいどこなんだ?」


「ドラゴンさん、私どうして?学校なんて何度も行ったわけでもないのに」


「学校?葉と行ったあの?何でそこなんだ?」



 空もびっくりして言う。葉も空と同意見のようだが、



「そういえばドラゴンと学校ごっこしたな、ほら空が来てしばらくして」


「懐かしいな」


「無意識にお互いにどちらも行きたいと思っていた場所に、お二人の体が自ら行ったんだ」


「そんな」


「みーんなー!マジでいらっしゃいますよ!簡易ベッドに二人並んで寝てる。ないしょ部屋の監視カメラにバッチリ映ってる」



 マイクをオンにしていた生徒会バッジ無線から裕太の気の抜けた声がする。



「そんなことってある?」


「ろいな姉さんの寝顔、撮っときますね」


「やめて!」

 


 こんな時でも茶化す裕太にみな笑う。さっそく学校へ行ってみることになった。せんせいは一人帰っていった。



「また明日、まだまだ話は尽きないからな」

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