第22話 きずあと

 戦っていると思い出す

 あのこどものころを

 きずあとをえぐるような

 きずあとに塩を塗るような

 きずあとをなめるような

 きずあとを隠すような

 きずあとを消すような

 そんなこの戦いを

 みんなそれぞれが思い出している

 いまだってこどもだけれど

 もっとひどく純粋でばかで

 遊んでばかりで

 意外と悩んだりして

 そんなあどけないころの

 あの頃を思い出している

 こどもはもうすぐ終わる

 こどもの国はもうすぐ終わる




 〇〇〇〇〇〇



「姉さん、僕は…僕はもう終わらせたいんです」



 そう言うと玲は青い光の玉を突然掴む。熱い光源のようで苦しんで手を離しそうになるが、右手首を左手で掴んでこらえる。



「「なにやってんの!」ですか!」


「ぐうううう、ねえ、さん」


「やめて、玲!!」



 光の玉は暴れるがなんとか押さえ込もうとする。暴れる手を押さえつけようとたいして大きくない体の全体重をかける。紫の玉は黒くなりながら、白くなりながら彼の手を焼いてしまっていく。瞬間風のように何かが中庭を通り過ぎる。



「ガウウウ」


「うっわ、なにこれ」



 空と殊羽だ。空は半獣の姿で倒れ込んだ3人の前に、殊羽はさらにその前に。そして眩しい光が漏れ出る玲の手を叩く。それだけで紫の光の玉はこぼれ落ちた。また急いでふわっと急上昇する。



「何するんだ!」


「こっちのセリフよ、玲!バカな子!!」


「姉さん、そいつに変えられてしまったんだ。姉さんだって考えていたことだろう、どうして止めるんだよ」


「玲が苦しんでるからに決まってるでしょう!」


「なになにきょうだい喧嘩してんのか!?」


「あー!!イライラする!!!」



 ガウウゥ、ううう、獣化をおさめた空が血まみれの口で怒鳴った。その声量に反して彼はピクリともしない3人の方へ完全に体を向け止血をする。



「おいこれ着てろ」


「サンキュ」



 殊羽の学生服を借りる空、下はボロボロのジーンズで手当をする。



「刀のお兄さん、やられたのか?なんだってんだここの匂い、施設と似ててイライラする。おうおう、玲様よ!派手にやったな。青い丸っこいそいつはお姉様か。お前のせいでイライラすんだよ、どうしてくれんだ?」


「私を殺してもイライラするよ」


「空くん、元気そうでよかった!!」



 急に赤黒くなる光にびっくりする。驚きは喜びに変わって涙になる。



「赤!お前、俺らがどれだけ心配したと思って、みんな、みんなよお!!」



 赤い光は嬉しそうに飛び回る。



「空くん!空くん!!」



 涙声の赤い光の玉に、しっかりしなくてはと空は目を拭った。



「今、ドラゴンも来てるからな。白やられちまったけど息してるからな。ちゃんとみんないるから!よくわかんねえけど玲もその姉ちゃんも食い殺してそこから出してやるから」


「それがね、空くん。そうすると私も死んじゃうの」



 今度は青が説明する。運命共同体のような私たちは今は離れられない。体は玲が隠している。そこに戻れればまた2人になる。ドラゴンは青の憎しみの部分をなんとか取り除こうと考えた。玲は赤を取り込んで邪魔できないようにしてしまおうと考えた。殊羽がうなりながら答える。



「だめだ、よくわかんねえけどお互いに殺したりなんだはしないんだな?」


「今はどうにもできない」



 玲がそう言って空をあおぐ、苦笑いの顔が雨に当たる。手は焼けただれてしまった。まるっきり以前と違うその姿に戦意はないと見て、2人はけが人の手当を続ける。



「じゃあ傷の手当てだ、血が出すぎてる」


「そうね」


「さあ運ぶぞ」


「先生!?いたんですか?」


「ああ、せんせいだからな」



 そうして戦いに陰ながら参加していた先生と殊羽、空が負傷した3人を運ぶ。玲はすっかり何かが抜け落ちたかのようにフラフラと歩いている。宗治の家がそう離れていないところにある。そこへ運び込まれ手当を受けることになった。殊羽はそのことをバッジで伝える。中庭には人が集まり宗治の家に行くグループと2つの体を探すグループに別れることになった。宗治の家には負傷した宗治、白、来羅、玲、裕太も残った。玲も横たわり、手の傷を消毒される。先生が見張りについた。手際のいい医師と看護師そして薫と真の姿もあった。飛鳥は殊羽を見つけて嬉しそうに駆け寄った。



「殊羽、お兄ちゃんだよ」


「飛鳥ちゃんよかったね!ちゃんとゆっくり話しした?」


「ううん全然バタバタしてたけど。やっぱり懐かしかったよ。全部思い出しても、嘘だって分かってても」


「ああ、シュウ!?俺合わせる顔がないんだ、ほんとに」


「何言ってんの、お兄ちゃんもほら殊羽だよ」


「し、知ってるよ。飛鳥もしかしてお前」


「ふふふ」


「どうしたの飛鳥ちゃん、ずっと笑って」


「ふふ、秘密」



 そうしてきょうだいではない3人。いや4人は変わった会話を続ける。体を探すグループはきょうだいの他に、姉弟の葉と葉芽、空。そして紫になったり赤くなったり青くなったりする光り物。



「なあ殊羽、顔似てるだろ」


「そうかなあ俺もっとイケメンだから」


「はは、そうだな。俺もう若くないしな」


「その髪の色と長さも問題。飛鳥ちゃんより長いんじゃない?」


「お前だって結んでるだろ」


「これはおしゃれ」


「あの飛鳥さん、ちょっと話したいことが」



 その輪に入ったのが葉。ドラゴンも殊羽も驚く。ここは広い玲のお屋敷の廊下でいろんな部屋を空と葉芽が洗っている。連絡を受けたら行く予定で要は今少し時間を持て余しているのだ。実験施設もあったはずだというお屋敷の中は広く、こちらはさらに小チームに分かれていた。



「葉、飛鳥に何かあるの?」


「ドラゴンにも後で話すよ、まずは飛鳥さんから」


「なにそれ、女の子の秘密?」


「まあそんなとこ」


「よし殊羽、こっちは男の子の秘密の話をしよう!」


「なんだそれキモいな」


「じゃ」



 そうして葉と飛鳥は2人から離れた。光の玉もそのあたりをふらついている。男二人、苦笑いのドラゴンが殊羽へ声をかける。鏡をもう見てオシャレをするようになったのかと思うとあの実験ケースの、少年の笑顔が懐かしい。



「なあ殊羽、亜月ではどうだった?」


「あー、まあ顔が似てたから驚かれて隠されたよ。まあ、いろいろ」


「やっぱりそうか。ごめんな」


「謝るなよ、あんたはなにもわるくないだろ」


「いいや俺と俺の家のせいだ。俺、作り直されたんだよ多分」


「ああ?」


「親父にさ」


「ああ」


「俺は納得がいったよ、俺はお前に生きてほしかった。純粋にそう思った。まだ子どもだったけど。きっと親父はお前を愛する、飛鳥とお前を兄妹にするのかと思ってた。でもお前は兵器で、俺はさらに生きてほしいと思うようになった。俺はお前の代わりに消えたいんだって。別にそうしても何も問題ないことに気づいた。そう思って施設を壊した。俺は自分が死ぬためにあそこを壊したんだよ。別にみんなを助けたいとか闇月に復讐したいとかそういうことじゃない。少しくらいはあるけどそれにしたって考えなしに突っ込んだ。自殺行為だ。お前に初めて会ったあのとき、俺は生きているのがひどく申し訳なくて場違いな気がして、前よりずっと気持ちが悪くておかしいきがして違和感だらけで」


「多いよ」


「なんで俺は生まれてきたんだろうって」


「お兄ちゃん、それは俺らがみんな悩んでることだよ」


「そう呼ぶなよ」


「なんでだよ、フィフスとセカンドのお兄ちゃん」


「俺には、きょうだいなんて本当はいないんだよ」


「そうか、俺も飛鳥ちゃんもフィフスも。お前のきょうだいになるために生まれてきたのかもしれない」


「な!?」


「なんてね。そんな綺麗なものじゃないか、現実は」



 泣きながら語るドラゴンに釣られるように、殊羽も涙声になる。



「あんた死ねなくてよかったよ、また会えた」


「ああほんとに」





 〇〇〇〇〇〇





 僕はアスカ。この研究所の所長をしている。僕がいま開発しているものは何か。それは人間だ。進化を続ける人間は僕らが少し手を加えればきっとさらに進化する。僕は昔から生き物を観察するのが好きだった。たまごから生まれて成長して大きくなって生き物を殺して栄養にして、そうしてまたたまごを産んで、また命が生まれて。生きてるって奇跡なんだよ。生き物が生きている仕組みを知ることが僕の楽しみになっていった。そうしていつしか学校を出てそうしてこうしてこもって研究するようになった。よくわからない奴らが僕の研究に興味があるといった。僕はそいつらから金をもらう。そうして僕は今日もそいつらから実験体をもらう。別にどんなやつかなんて興味はない。開発した薬や注射、または…まだまだ上手くいかない。研究は続く。何人目かわからない名前は聞いていない実験体、30代、男から興味深い話を聞いた。



「ここは、なんだ?死刑場じゃないな?」



 目隠しで見えないため嗅覚と聴覚で自分の置かれている状況を確認している。ひょうひょうとした態度で、落ち着きがないといっても体を暴れさせるわけではない。そろそろ麻酔を打とうかと思ったところで口が止まらなくなった。



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