第21話 あいたい

 ろいな姉さん、姉さん!



「会いたい」






 赤!

 ねぇ、優!これ、見てよ



「会いたい」






 早く会いたい。私たちを変えた2人に。私たちはもう1つには戻れない。





 〇〇〇〇〇〇







 会いたいなあ



 俺はお前に会いたい。


 なあ来羅、

 お前は俺に会いたいか?

 お前は俺のことどう思ってる?

 お前は自分以外の存在をどう思ってる?


 俺はお前に出会って変わった


 それが俺の運命を変えた


 俺はお前を守る

 そのためならなんだってする

 そのためならなんだってする


 そうして俺は刃となって

 そうして俺は今日まで

 生きてきたつもりだった


 ずいぶんふぬけた刃だよ

 自分の記憶さえあいまいなまま

 お前への想いだけで生きていたらしい


 自分の兄貴のことすらやっと思い出した

 あの風来坊は今どこにいるのか

 それよりみんなで遊んだあの時を

 今突然思い出すのはどうしてだ?


 頭に流れ込んでくる映像に気を取られ、少し態勢が崩れる。弾が肩をかすめる。痛い。まあこれくらいなら剣を振るうのになんら差し障りはない。人を殺す、そのことになんら感情がわかないのは、目の前の親衛隊がまるで人のようでないからなのか。ろいな姉さんの連れてきた軍隊、今思えば施設の実験結果の1つなんだろう。今日改めて対峙すると、数が多く人というよりまるでゾンビのようだ。はたまた俺が人のようでないからか。今までの自分ではないようだった。来羅が突然髪を切って現れ、どこかへ消えてしまった。玲が帰ってきたんだ。戻ってきたんだ、あの馬鹿野郎が。俺が変わることを恐れていた裕太は怒れと言った。怒ることは別に悪いことじゃないと。だがなあ裕太、俺は怒っちゃいけない生き物だったのかもしれない。




「刀のお兄さん!」


「なんだ?」


「あんた!強いな!」


「そうかな?」


「俺はやっぱりまだ弱いから。もし俺が暴走したら切っちゃってくれ」


「な、何を言って」



 グゥゥ、ガ、ガゥゥ

 唸ったかと思えば隣にいたジャラジャラした飾りをつけた男が獣になる。話には聞いていたが、すごい。手当たり次第噛み付いて、ぐんぐんと廊下を奥へと進んでいく。あっという間に見えなくなってしまった。

 改めて俺は自分の考えの甘さを思い知る。獣のようになってまで守りたいものがあるのに、自ら拒んでどうする。俺は彼が進んだ方とは逆に中庭を目指す。雨が降っているんだ、俺も一度雨に濡れたい。この馬鹿みたいにぐるぐる回る思考回路を一度、


 あれは玲?

 足元に横たわるのは白と呼ばれていた少年。上半身裸で傷だらけだ。少し視線を移して目に飛び込んだ赤で俺はあっという間に化け物になる。



「馬鹿野郎!!」


 ガッシャーン!!!

 玲、玲、あの馬鹿野郎!俺の、


 俺の、



「くそっ!なんでなんだよ」



 ギリギリギリギリ、



「なんだよ?」


「なんでお前なんだよ」




 俺の剣は玲の体を突いた。しかしなぜか俺の腹も痛い。ギリギリと締められるように。もう短くなったから髪が雨で張り付いてこない。いつものように顔を隠せない。



「お前こそそれで人間のつもりか?」


「こっちのセリフ、だ!」


「させないよ」



 両手で剣を抜こうとするが玲がさらにギリギリと深く自分の腹に沈めていく。痛い、とても痛い。俺が痛がるのを玲が笑う。



「ぐぅっ」


「ふっ、宗治思い出したか?髪が長くなったら」


「ああ、願掛けして特訓してた。髪が長くなったらお前を殺してやる。俺はそのうちなんのためにやっているのか、誰を、倒すのか忘れる」


「実は紅もそうなんだ。何度2つの髪の毛を撃ち落としてもまた伸ばす。ヴェニエラが教えてくれたよ、願掛けだって。伸ばしては嬉しそうに跳ね回る」


「お前は昔からこいつが嫌いだよな」


「お前は初めて会った時から好きだよな」



 そう言われて、初めて会った時のまだ武器のような彼女を思い出す。泣きながら叫びながら、人を殺すことしかできなくされた彼女。長い髪もボサボサで服もぼろぼろで赤黒く染まっていた。そうだ、だから俺は。



「俺は一緒に遊びたいと言った」


「そう、だからメイドにしてあげただろう?姉さんと僕とで頑張ったんだ」



 そしてよく遊んだ。子ども5人が楽しそうに会社に入っていっては重役でのさぼってるオッサンを殺す。血が飛び散らないように指紋を残さないように、全部遊びだった。それを指示していたのは玲の叔父さん。



「叔父さん、あれは何者なんだ?」


「あ、僕らのお父さん。施設から外に出してくれたひと。まあ姉さんは外に出ても施設を支配してたけど」



 そこで玲は少し笑う。



「お前の兄貴が怪我した時も兄貴に駆け寄る俺らと違って、敵に向かってったな」


「そうかな、そうだったかもな」



 倒れてる中で立っているやつ、つまりは強いやつだ。そいつを倒れさせる、同じ目にあわせてやる。


 来羅、俺はそんなやつなんだよ


 こいつを許さない

 殺せば終わりだこんな茶番も

 こんなに傷つくこともきっとなくなる

 俺がふぬけなまぬけになることも

 お前が自分を必死に抑えることも

 俺が自分を必死に抑えることも

 全部なくなる

 忘れなくなる

 覚えていられるはずだ



 引き抜こうとしていた剣に力を込める


 苦しそうになった玲

 その瞬間、玲の後ろにあったモニターから突然光が漏れる。青白い光。



「玲は殺させない!」





 ろいなさんの声だ。ろいなさんが怒ってる。俺は一気に力が抜け、よく見えない青白い光に飛ばされる。高く上がって、ああこれは落とされるなあと思った。


 グシャ、


 下には来羅がいた。わざとだろう。俺が痛みに顔を歪めたのに、ああもうそんな眠るような顔で、血まみれになって。鎮静剤を打たれた昔の来羅にそっくりで、俺はそんなことする玲が嫌いだった。意気地なしだと思った。戦って勝って負かしてやれよ、そう思った。俺はそんな性格を実験対象にされていた。武器として利用するために。それはかつての施設と同じだった。そのうち手をつけられなくなって記憶を抜かれたのだ。

 来羅の頬をなでて、俺の手も血まみれだと気づいた。守る、なんて簡単じゃないなあ、俺なんかが言うセリフじゃないんだ、もともと。



「そーくん!玲になんて事してるの!ぶっ刺さってるよ、これ!?」


「ねーさん、ちょっとどうなってるんですか、遅いからもう死んじゃってたかと思った」


「そう思って、泣いてたでしょ?」


「泣いて、ましたよ」


「そうですね、以前嘘つきと言ってすいません。意外と素直なところもあるんですね」


「な、な、なんで?」


「なんで?ぶっ刺さってる自分の腹に聞いてみて?我が弟ながら、バカ」


「私を取り込むなんて無理ですよ。それにドラゴンさんにも謝らなくちゃ、彼女は私の話を聞いてくれないのでそもそも無理でした」


「ドラゴンもすごいこと考えるよね、私の悪い部分だけを殺すって、二重人格じゃないしそんなことできないよって」



 ろいなさんの声を聞きながら意識が遠のいていく。来羅は死んでないようだけどとてもじゃないけど手当をしなくちゃいけない。俺は来羅の肩の血だまりを手で押さえる。雨で血が全部流れてしまう気がしたから。その手だけは離さないでいようと心に決めて、玲の嬉しそうな声を聞いた。




「姉さん、じゃあ僕がそいつを殺しますよ」





 俺は目をつむってしまっていたから、その声は幼い玲の顔で再生される。なああの頃からずっと一緒だったのに、あの頃からもうずっと狂ってたんだな。



 守れなくてごめん、来羅

 だいっきらいだ、こんな自分

 会いたかったのに








 〇〇〇〇〇〇













「残念、そしたら私もまっぷたつだよ」


「え?だって1つにはなってないって」


「ええ、ただ運命共同体のような存在になりつつあります。根本的なところで私と彼女は同じ1つだったものですから」



 玲は青白くなったり、赤黒くなったりする丸い光と話している。そしてその光はときおり紫の美しい光となる。輪郭のない光の玉は大きくて両の手を輪っかにしたくらい。それがふわふわと浮かんで楽しそうに笑っているように見える。



「あの、姉さん?どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」


「玲に会えたから」



 即答だった。



「あなたは私にとって大事なひとなんだよ。さっき自分で死のうとしたでしょ。施設にいた時もそう。ノーナンバー、自殺はバカのすることだ。玲はバカな子じゃないでしょ?」



 玲は姉の声に自分の腹の剣を抜く。



「はい、姉さん。僕も会いたかった」



 青白い光と玲はしばらく再会を喜ぶ。しかしすぐに、



「体を返しなさい」


「姉さん、僕は」


「人間になんてなれっこない」


「玲さん、そのままでいいんですよ」



 玲はまるで駄々をこねる子どものようだ。



「もうこんなこと嫌なんです。やだ、もう、宗治や紅や他のみんなと楽に過ごしたい。僕には何一つできやしない。作られた自分を演じることも、嫌なんです。死なないならせめてこのチカラを消したい」


「だから呪いを消しましょう?」


「本当にそれは成功するんですか?赤の姉さん?青の姉さんが被害を受けないですか?僕らにはチカラしかない。これに頼って今まで生きてきた。これがなくなったら人間になれるの?」


「成功するかなんてわかりせん。ドラゴンさんに言わなくちゃ、呪いを解くには殺すんじゃだめだと」


「姉さん、僕は」

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