第14話 いつもの

「宗治」



 玲がいつもの通り俺を呼ぶ。いつもどおり?いや違う、こんなやつじゃない。ぱあん。俺の左頬が切れていた。赤い血が落ちる。玲の手にはしっかりと護身用の拳銃が握られていた。俺の前の机の上に立っていた。俺を見下ろす顔がいつもの玲ではない。



「じゃ、切るか」


 ゴクリ

 のどが鳴った。かわすことはできなかった。片手一本で俺の机まで飛び乗って、放った弾は俺の髪を落とした。また左頬が切れる。いたい。よろけて床に座った。うつむいた視線に床に散らばった自分の髪と鞄に入れている小刀が見えた。なぜこれをいつも持っていたのか、それも今思い出した。たった今。



「髪切れたぞ。さっぱりしただろう?」


「ああ、玲ありがとう」


「?」


「中学の時はカッター、今度は銃。殺す気だろう?」


「覚えてるんじゃないか」


「今思い出した、いろんな思いを」



 そういうと玲は満足そうに笑う。



「何故俺は殺される?」


「惜しいな、まだ完全に思い出してないのか?それとも?全く宗治はいつもこうだ」


「俺はお前を」


「いい、」



 玲が一歩前に出る。思わず後ずさる。体中の傷が痛む。いやそんな気がしただけだ。



「あの時は声も出なかったのにお前も成長した、本当に」



 怖い。



「僕が怖いのか?」


「そりゃな、お前は人間じゃないのか?」


「今日二回目だ。宗治らしくもない」



 玲の声が後ろから聞こえる。振り返り後ずさると追ってこなかった。面白そうに笑う。玲は笑い上戸だ、ツボに入ればの話だが。前に一度俺が後ろから驚かしたことがあった。そのときも涙をにじませ笑っていた。なんて昔のことをふと思い出した。



「来羅は知ってるのか?」


「知ってるもなにもあいつもだ。あれは僕たち化け物の脅威だよ」


「化け物って、」


「宗治気づいてたろ?僕のことを見る目がたまに鋭い」


「昔からずっと人間離れしていると思っていた。でもそれでも化け物だと思ったことはない」


「そうか?一度も?僕がいう敵はニンゲンじゃないんだよ。化け物なんだ」


「この間の敵も?」


「そうだ。そして今お前の目の前にいる」



 どうしてそんな話になる?今までお前と一緒だったのに。小さいころから友達だというのに、



「今日から敵?どうしてそうなる?」



 右耳に激痛が走る。ポタポタと血が流れている。


 バキッ、ベキン

「右側少し長かったな」



 打った銃を壊す。手の中から黒い欠片が落ちて教室の床に落ちる。話す声はなぜか急にいつもと同じになる。



「当たり前だろ?化け物は人間の脅威。だから宗治も僕と戦え。覚悟して来い」



 まるで学校行事のポスターをコピーしろと頼まれてるかのようだった。当たり前だろ?いつもの掲示板だ。貼ってこい。俺は本格的に耳がおかしくなったのかもしれない。頭が痛い気もしてきた。そうか頭がおかしいのか。俺は今いったい誰といるんだ?



「そういえば宗治、」


「なんだよ」


「お前」



 その先の言葉はもう知っていた。中学の時、痛くてどうしたらいいのかわからなくなっていた俺に玲が言った。



「なぜ髪を伸ばしているんだ?」



 その質問。



「思い出せ、宗治」



 そう玲は言うんだ。俺はまた何かを忘れたのか?それともまだ何かを思い出せないでいるのか?言うほどぼーっとしていないつもりなんだが、俺の記憶はいったいどうなっているんだ?



「お前は忘れてはいけないんだ」



 玲が苦しそうな顔をする。少し泣きそうだ。あいつは意外と感動系の映画に弱い。主人公が仲間を助けて、死にそうになる。しかしラストはハッピーエンドでみんなで笑って終わる。その主人公がヒロインの前に笑顔で現れるシーンで泣いた。よかったなと言われて俺はなんと返したらいいかわからなかった。あの玲が泣くんだぞ?



「お前は忘れられるわけがないんだ」



 昔のことを最近よく思い出すのは

 ここ最近いろんな出来事が起こりすぎて

 頭の中に詰め込まれて

 そして追いやられていく過去

 それを忘れないためなんだ、そう思う






「そーせんぱい!!早くそこから出やがれ!バカヤロー!!!!」


「裕太?」



 バッジから怒鳴り声が聞こえる。



「早く!!玲から離れろ!」


「だそうだ」



 玲はそういうと笑った。



「またな」



 そしてどこにも姿が見えなくなる。



「玲?」



 教室は何もなかったかのように元に戻る

 俺に傷ばかり残して





 ガラッ


「そーせんぱい!?」


「裕太!?」



 そこにいたのは汗だくで息も絶え絶えの裕太だった。驚いた顔が、



「生きてた」



 あまり見たことのない笑顔になった。



「よかった…って血!?」


「大丈夫だ」


「玲は?」


「もう、いない。いつの間にか消えた、教室も元通りだし、まるで夢でも見て」


「馬鹿っすね」



 俺を睨む裕太。大きな二重はいつも眠そうで、クマが目立っている。ハンカチをぐっと押し当てられる。こいつは、裕太は?



「おい、」


「先輩は大ばか者ですよ、なんでもいいや、とりあえず生徒会室でしっかり手当てしましょ」



 少し驚いたような顔をして、猫のように笑う。くしゃっとなる裕太の笑顔。



「お前は、」


「はは、俺は化け物じゃないっすよ」


「そうか」


「そうっすよ、いきますか」



 って、なぜおまえが俺に乗る?



「もー無理、一歩も動けない!いやーやっぱ慣れないことはするもんじゃないですね」


「お前は普段からもうちょっと走れ」


「えー」


「走れるんだから」


「それは一大事だったからで、先輩死ぬかもしんないって」


「お前が叫ばなかったら、我を忘れるところだった、ありがとう」



 背中のほうで裕太がびくっとする。



「お礼なんていらないです気色悪い」



 ま、そう言うだろうと思った。



「だれも死ななきゃ、それでいいです」



 こいつは、ほんといつも

 裕太も相変わらず



「ああ、そうだな」






 〇〇〇〇〇〇





 情報屋なんて

 いいこと悪いこと、嘘もホントも、

 全部集めて整理して教えて金とって

 ほんとに大嫌い


 そう誰かがいつだったか言った


 誰かが死んで誰かが得をする

 誰かが死んだ情報

 それが心から嬉しいヤツらが

 こんなにも多い

 悲しいんだかむなしいんだか

 当たり前なんだけど

 悪党でもヒーローでも

 


「あー髪短くなったんでかぶりますね、もっと切りやがれ」


「耳元でうるさいな」


「あ、すいません」



 なんだか調子が狂う



「怪我したからって遠慮はいらない、謝らずいつもみたいに軽口叩け」



 少し大きい声の先輩

 ああそうか

 変わられるのが怖いのか、

 オレは



「悪い。混乱してて、お前まで俺の知らない、いや、気にするな」


「そー先輩」



 自分の声なのに

 耳元だというのに

 声が出ない



「すいません先輩、おれ」


「どうした?」


「玲から伝言があって、先輩に全部教えます。玲のことも紅ちゃんのことも、ろいなさんのことも、闇月亜月のことも、敵のことも全部。もちろんまだ知らないこともあるんすけど、知ってること全部」



 早口で言いきった

 そーちゃんの肩は硬い

 少し肩叩き



「先輩。とにかくこれから混乱させます。覚悟はいーか野郎ども!!」


「俺は一人だ。わかったそのつもりで、こころして聞く。というか裕太にばかり仕事やら何やら。ほんとにいつもすまんな、俺は何も手伝えないし何も知らない」


「オレが知る役目だったんですよ。先輩は護衛隊、いや特攻隊ですかね?」


「そうかもな、いつもすまない、ありがとうな、お前にばかり辛い思いを」


「だー!!もう、聞いてらんないっす!先輩と長らく友達やってますけど、ホント先輩ってぶれませんね、そのキャラ辛くないすか?」


「別に普通だ」



 そうだ

 そのはずなんだ

 変わっても変わらなくても

 先輩は先輩

 オレが何をいっても


 ほんとにオレは

 オレが嫌いだ

 大嫌いだ







 〇〇〇〇〇〇




 一日の終わりに、いつも思い出すのは決まってあの頃の自分。俺はいまだに後悔してる。もう後戻りはできないというのに。こんな自分に腹が立つ。そうして眠れぬ夜を過ごす。そうしていつもこの場所に来る。星空。このホテルの屋上は風が吹きっさらしで、まだこの時期は寒い。俺の頭を冷やしてくれる。なんとなく切れずに伸ばしてきた髪が揺れ暴れる。もう切ってしまおうか。別にどっちでもいい。



「ボス?」



 この声は白?こんな時間にどうして?



「どうしたんだ?」


「眠れなくて。ボスも?」


「ああ」


「うわ、さむーい」


「おいで、あっためたげるよー」


「わーい」



 そうしてこちらにパタパタとやってくる。かわいらしいピンクのブタのスリッパのままだ。俺はジャンパーのチャックを開けて中に白を入れる。



「あったかい?」


「でもごつい」


「赤のベッドにもぐりこむんだったな」


「できるわけないじゃん怖いよ」


「そうか?」



 みんなそういう、赤が怖いと。俺だってあのころの赤は怖かった。でも今は違う。



「ボス?赤が怖くないの?」


「今は怖くない」


「ふーん」



 白は子どもの身体に似合わず冷たかった。はたして敵を倒したところで呪いとやらは解けるのだろうか。一生このままだなんて。と思うけれど本人自体はどうなんだろうか。聞いたことはない。それを聞く方が少し怖い。本当の意味では俺にこいつらの気持ちはわからないから。同情というかなんというか。今まで俺のしたいようにしてきた。もちろんこいつらのためになるだろうと思ってだけど。それで本当にいいのだろうか。葉の話を聞いて改めて思った。俺は、こいつらの未来を信じてる。他に行くところがないからここにいるだけでみんなほかの居場所を探してるんだ。それを見つける手助けをできればいいなと思う。だから俺は今頑張らなきゃいけないんだ。このままでもいいだなんてそんな悲しいことを言わせるのは嫌だ。たとえそう望んでいるならそれならそれでもいい。でも嘘をつかれるのはごめんだ。無理されるのも嫌だ。自分の夢を口に出して語れるように。



「ボス?俺赤じゃないけど、なんとなくボスがくるしいのはわかる」


「白、そんなんじゃないよ」


「ボスは優しいよねーボスが大好きだよ、でもちょっと泣きすぎだよ?ここあったかいね、ほくほくしてきた」


「ははっ、ほくほくってじゃがいもかって、」


「えー?ちがうの?」


「こういう時はぽかぽかしてきたとかっていうもんだよ」


「ふーん」


「なあ白?」


「なに?」


「俺が嫌いか?」


「う~ん」


「俺が好きか?」


「びみょー!」


「ったく。そういう言葉ばっかり先に覚えやがって」


「うそうそ大好きだよー」


「おうおう」



 白がチャックを中から自分であけて出てきた。そうすると屋上の柵の上に座る。



「あぶなっ」


「だいじょーぶだよ!シンパイしなくても」



 そういうと柵の上に立った。風はまだ吹いている。両手を広げてバランスをとって、俺よりも背が高くなった。



「ボスが下だ!」


「白っ!」


「ボス?」


「降りろ…」


「なに?ボス、聞こえない」



 嫌だ。白、お願いだから危ないことをしないで。



「おいで!」


「うん!」



 両手を広げた俺の腕に遠慮なしにダイブする。白いもこもこパジャマの男の子。しりもちをつく俺の上でいつものように笑う。



「ボス!?くるし」



 怖いんだ。お前らが死ぬことが。だから俺本当は戦いたくなんかないんだよ。死んで動かなくなったお前らを見たら、あのときみたいに、俺は、おれは、



「死ぬー!」


「死ぬな!!」



 思わず肩をつかんで叫んでしまった。



「ってボスのせいでだよ!?…どうしたの?」



 そうだ。俺はお前らをまた戦いの場に送り出したというのに、死ぬななんて、俺のせいなのに。俺のせいで、またひとがたくさん。



「おーいボス?」


「もう危ないことはしないでくれ」


「いつもやってるじゃん。どうしたの?今日変だよ?」


「怒鳴って悪い」


「ボスだいじょーぶ?泣いてるの?おしりいたい?」



 本当に大の大人が何度泣いたら気がすむんだろう。



「!?」


「いたいのいたいのとんでいけー!」



 俺の頭を撫でながらそういって、人差し指を満天の星空に向ける。



「どう?いたくない?」


「ああ」


「さすが、黄のまほーはきくねー」


「黄が白にしたのか?」


「ううん?このあいだテレビ見たあとにつぶやいてた」


「そっか」


「よかったやっと笑った。ボスの暗い顔気持ち悪い」



 ホントにここに住むやつらは。



「言ったな、この!」


「だからボス、俺こちょこちょ効かないって」


「あしのうらはどうだ!!」


「あははははっやめて!ボスっははは!」



 ピンクのブタのスリッパを急いで履いて逃げるようにドアに向かった。



「ボスやっぱり嫌い!!」


「おやすみー!」


「おやすみなさい!」



 声だけが返ってきた。俺は弱い。笑っちゃうほど。泣いちゃうほど。俺は今日も一日の終わりをここで過ごす。夏になったら蚊に刺されるし、冬や雨の日や嵐の日やそんなときは来ない。そしていつも決まって思い出すのはあの頃の自分。そしてあの頃の俺の周りのみんな。俺は弱い。今も昔も大して変わってない。変わったのは俺の周りのみんな。俺は今も昔も、みんなを助けたいと思う。たとえ俺のせいであの頃のみんなが死んだんだとしても。俺はそうしないといられないんだ。



「大好きだよ、みんな。おやすみ」








 〇〇〇〇〇〇





 このホテルは広くて地下室にもいくつか部屋がある。赤の彼女が呟いた。赤い目が少し光る。



「時雨ちゃん行くって、ドラゴンさんに伝えます」



 また光る。彼女には伝達能力もある。彼女の名前は優月冬花ゆうづきとうかこの名前を知っているのは、白とドラゴンだけだ。白は身体が小さい。年齢と身体が見合っていない。白井泉という名前をドラゴンがつけているが、呼ぶものはいない。皆、白と呼ぶのはその見た目から。白い頭はピョコピョコと動く。



「私はドラゴンさんとは違って君の記憶を取り戻すのにはあまり賛成はしたくないです。でも必要なんです、あなたの心はあなたのものですよ。だ…て」



 地下に響くドア。葉が出て行ったようだ。赤の声が少し掻き消える。



「ここまでこうして生きてきたあなたは、一人きりなんです。あなたの笑顔は私の涙です。無理してるってわかるから。でも私の涙はあなたを守ります」






 ○○○○○○




 あかあかあかあかあかあか



 ひびくドアの音

 葉行ったのかな

 皆はいつもウルサイっていう

 俺は別にいつもは思わない

 けど今日は赤の声が聞こえない



「あなたの笑顔は私の涙です。無理してるってわかるから。でも私の涙はあなたを守ります」



 俺はおぼえてないことだらけ

 たぶん赤は知ってる

 でも聞けない

 赤は怖い

 それはおぼえてた

 あかはこわい

 なにかをおもいだす

 思い出したかったのに?

 怖い


 ゆうやけを初めて見たときみたいだ

 青い空が赤くなっていく

 すごくこわかった

 苦しくなる

 ここなんて名前だろう?

 ぜんぶぜんぶ赤くなってしまった

 俺まで赤くなってしまいそうで


 でも泣かなかった

 泣いてるやつはなんだか怖い

 きっとあの目からこぼれてる水のせい

 だから俺は泣かない



「違います。君は泣けない」



 俺は驚いて赤を見る。ひょっとした。



「な、泣いてるの?」



 赤い目からこぼれる水。なみだ。赤は笑ってない。微笑みしてるけど水がこぼれる。



「はい。ごめんなさい」



 そこでやっとわかった。見たんだ。それで。俺の気持ちを。



「君は泣けなくなったんです。自分を守るため。それは君のカギです。それを使ったら君のなにかが壊れてしまう。私は何度だって泣きましょう。君の代わりに」



 やっぱり俺は赤が怖い。






 〇〇〇〇〇〇




「赤、遅いな」



 そう呟くのはドラゴン。そこへ白い頭の小さな子がぴょんぴょんと飛んでくる。



「ボスー!!ひまー!」


「ああ、そうだな。よし赤来るまでにボスと一緒にごはん作るか!」


「えー」


「そこはワーイだろうが」


「わーい」


「よし。なにがいい?」


「カレー!」


「よっしゃ」



 そうして二人がキッチン、実際にはホテルの厨房へ向かった。その途中の廊下。



「あ。ドラゴンさん」


「赤!?なんでこんなところで」


「おかえりなさーい」


「白、ドラゴンさん。ただいまです」



 赤いマント姿でうつむく彼女にドラゴンがおんぶしていた白をおろし、近づこうとする。



「待って!すいませんドラゴンさん」



 赤の両目から涙があふれ出す。



「っ!」



 白とドラゴンが何か言おうとした瞬間、



「私、行ってきます」


「赤!?」



 赤の姿はもうなかった。呆然とするドラゴンに白が横から聞いた。



「赤もう帰ってこないのかな?」


「いや、帰ってきてくれるって、俺は信じたいな」


「ボスまで泣かないでよ?」








 ○○○○○○




「ただいまー!」


「ただいま」



 せっかくだから言ってみた。赤の笑顔のお帰りなさいがあると思った。いや別に何もそのために言ったとかそういうわけじゃなく、ただ言いたくなったってだけだ。



「おかえりー」



 白とドラゴンがカレーを食べてた。赤はまだキッチンにいるのか。



「ドラゴン、赤はいるか?私、カレーの作り方聞きに行きたい」



 おお?葉がそんなこと言うなんて、そう思ったのはドラゴンもいっしょだったみたいだ。すごい驚いた顔をする。それからすぐ泣きそうな顔になった。



「しばらく赤は帰ってこないんだ」


「うそだろ?」



 いや、ドラゴンが泣くってことは間違いなく本当だってわかってるけど、聞かずにはいられなかった。



「どれくらいだ?」


「分からないんだ。これ、葉にって」



 葉に渡されたのはノート。料理の作り方の。ふせんがはってある。



「理由は?なんだ?なんかケンカでもしたのかよ!?」


「黄うるさいよ」


「うっ!」


「白やめなさい。赤が悲しむよ」


「うん」



 赤がいなくなったらこうなるのか。俺、赤に言いたいことが、葉芽と葉のこと、向こうのドラゴン似のシュウのこと、弁当うまかったって今日は言ってみようかなんて。あ、にんじん結局残したんだったな。


 あれ?



「黄?泣かないで?」


「泣いてねえ」


「みんな!別に一生帰ってこないわけじゃないんだ」


「っんなのわかんねえんだろ?」


「黄、だいじょうぶだ」



 そう言って俺を後ろから抱きしめる声は。



「私も赤がいなくなって悲しいけど、頑張ってごはん作るから」



 葉の涙声で。なんでこんなに落ち着くんだ?



「葉、俺にもー」


「ああ」


「ぎゅー!!へへ赤みたい!赤より柔らかいね」


「「ぶっ」」



 ドラゴンといっしょに吹いてしまった。



「すごーい!」


「こら!白!!やめて、」


「「やめろ!!」」


「?わかった」



 なにしでかすかわからないなこのてるてるぼうず!!びっくりしたなんて葉が笑ってて、笑い事じゃねえと思った。



「と、とりあえずみんなで協力して頑張るぞ!ボスは立ち直れそうにないけど、葉も、黄も白も、みんないるしね、赤が戻ってきたらびっくりさせよう!」



 カレーはおいしかった。泣きながら作ったからにんじんを切るときにドラゴン怪我したって、ばんそーこを巻いていた。



「よし!」



 ぱく

 俺はにんじんだって食える。



「食えたな」



 葉に笑顔で言われた。葉芽も笑顔で言ってきた。



「よかったね」



 俺は二人に返事する。



「ああ」



 片付けは俺とドラゴンでやった。弁当に残したベーコン巻のにんじんも食べた。



「黄もちゃんと手伝うようになれば、赤絶対喜ぶね」


「たまにならいい」


「うん」


「週一回くらいなら」


「えー?」



いつもどおりじゃないけど

それでもいい

いつもの暮らしを守るために

ここを守るために

いちばん弱いままじゃいられない

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