第13話 しんじつ

「今回の事件は以前から言ってきたとおり我が学園を狙う敵の仕業だ。もし今後このようなことが生じた場合は、生徒諸君には生徒会執行部の指示に従い冷静に避難していただきたい。我々も協力して君たちの安全を守る」



 校庭の中央に響く校長の声。各担任がそれぞれ生徒を家に送る手はずを組み始め、慌ただしくなる。それが収まったころ生徒会室で作戦会議をしようと玲が言った。はじめにドアを開けたのは宗治、その目に飛び込んできたのはうつぶせに倒れた裕太だった。



「裕太!?」



 宗治が駆け寄ろうとしたところを玲が止める。



「姉さん?」



 ろいなが奥のパソコン群の一つにいつもの裕太のように座っていた。



「いったい何があったんです!?」


「ごめんね、玲」



 振り返ったろいなは泣いていた。



「私、行ってくるね」



 そう呟き走ってみんなの隙間を抜けていく。



「ろいなねえさまっ」


「追うな!!」



 玲が叫ぶ。それでも真は走って部屋の外に出たがそこにはもうろいなの姿はなかった。叫んですぐ崩れ落ちるようにしゃがんだ玲に宗治が心配そうに話しかける。



「玲、」


「山本先輩?何があったんですか?」



 裕太の様子を伺い静かに話しかける飛鳥。その膝の上の裕太がうっすら目を開ける。



「はは膝枕。あすかちゃんだね、ドラゴンによろしく言っとくよ」


「ドラゴン?」



 裕太はゆっくり立ち上がり、あくびをする。



「ふああぁ、すいません会長。よくわからないんすけどろいなさんがまた作ってくれたコーヒー飲んだ後の記憶はないっす。頭痛いってことはたぶん椅子から落ちたか、突き落とされたか」


「ああ」


「起きてこんなとこまで飛んでるとは思わなかったけど」


「待ちなさい!ろいな姉様が裕太様を眠らせたというのですか!?」


「まーちゃんっ」



 真が来羅の制止を振り切り食って掛かるが、裕太はいつもの椅子に戻っていく。



「はぁー、俺が信用ないんで信じられないのも無理ないすけど、まこっちゃんホントに姉様好きだねえ」


「だれかが侵入してきた恐れは!」


「真。それが無理だっていうのは僕が証明するよ」


「でも玲様っ」



 そこまで言うとこらえていた涙がこぼれ、それを隠すように部屋を出ていった。来羅がどうしていいかわからないというようにおろおろしている。同じく動揺していた薫が呟く。



「真さん追います」


「一人にしてあげなって」


「駄目ですよ殊羽君。行ってきます」


「おお?うんわかったけど」



 薫も部屋を出て行った。玲が椅子に座りとりあえず、と前置きしてから話し始めた。



「とくに何かまずい物を盗られたわけでもない。頭を打ってはいるが裕太も大けがでもないことだし、今後の敵に対しての対策を立てたいと思う」


「玲、今はいいんじゃないか?心ここに非ずのお前じゃ話なんぞまとまらん」


「それにさっき手当てしながら聞いた限りでは、そこまで敵に警戒しなくてもいい気がします。それよりろいなさんが、」



 宗治と飛鳥。玲は苦笑いを浮かべる。



「実際に敵対した殊羽君はどう思う?今すぐ対策を立てるべきか?少し間を置くか?」



 殊羽は少し考え、笑顔で言った。



「本気隠してましたね。挨拶と言っていたんでこれから何か事を起こすようですよ?ああ、ガードとアタッカーの制度は変えた方がいい、対策練るのはそれからかなと思います。だからガードが3人もいない今はどうかなって」


「なるほど。どうしてガードの制度が必要ないと思う?」


「いなくても勝てる!むしろ邪魔!」



 そう言ったのは裕太だ。殊羽は苦笑いで続ける。



「そこまではっきり言いませんけど、ぶっちゃけると。ワンマンプレイで来た身ですし、かばいながら戦うのは難しい」


「でもお前らが切り札なんだよ、俺たちにとって。だから守る」


「そー君の言うとおり。もう後には引けないのだ!」



 元気よく言った来羅を見て飛鳥が表情のない声で言う。



「たしかに」


「協力プレイしたいんですけど、守られながら戦うってなんだか」


「互いに守りあって戦えばいい」



 宗治の声に裕太と玲が同時にため息をついた。そこで玲にいつものような笑顔が戻る。



「お前な昔からそうだけど」


「せんぱい話聞いてますー?」


「聞いてる」


「はぁ、ホント病気!」


「うるさいぞ」



 そこで殊羽が飛鳥に耳打ちする。



「先輩たちって仲いいよね」


「そうね」


「とりあえず殊羽君」


「あ、別にいいっすよ?制度そのままでも、なんかやり取り見てたらバカらしくなってきたんで。協力して頑張ります!」


「よかったな宗治、賛同者が」


「殊羽、」


「あ、はい」


「俺らはそんな仲良くない」


「聞こえてたんすか?」


「そんな!なかよしでしょ!?」



 来羅の圧力にまけわかったわかったという宗治に笑う一同。玲がまた仕切る。



「とりあえずはあしたまたここに集まって対策を練ることにしよう。あ、裕太」


「はい?」


「今日は仕事はなしでいい」


「らっきー!」


「ゆっくり休め。今日は僕も家にすぐ帰る。もしかしたら姉さんも家にいるかもしれないし」



 少し自嘲気味に微笑むと息をついた。



「それじゃみんなまた明日」





 ○○○○○○









「真さん」


「な!それ以上こっちに来ないでくださいます?」



 涙声で薫に訴える。真がいたのは屋上の柵の手前しゃがみこんでいたが驚いて立ち上がる。こちらは向かない。



「真さん、こういう時は一人にならない方がいいですよ。何も話さなくていいんです、僕だって勢いできちゃったけど何を話したらいいかわからないので」



 薫がいつものように苦笑いを浮かべる。今日は風が強い。真の緩いウェーブの髪が暴れる。



「いいえ!こういうときは一人にするものです。顔も髪もぐちゃぐちゃで」


「僕の髪なんていつもぐちゃぐちゃみたいなもんですけど」


「・・・」


「すいません」



 しばらく沈黙する。



「まったくあなたは何がしたいのかさっぱりですわ」


「僕もよくわからないですけど、僕だってろいなさんのこと信じたいです」


「あなたはろいな姉様を知らないでしょ?」


「はい」


「私のことを助けてくれたのよ、女ってだけでいろんなことを我慢して耐えてきたわ。今でもことあるごとに思う。でもあるパーティで彼女に会ったのよ。こんな人が世界にいるなんて信じられなかったわ。凛々しくて、存在感があって、それでいて女らしくて」



 真の横顔を見ながら薫も柵へと手をかけた。かなり距離を開ける。



「僕は真さんに対してそう思いました」


「え?」


「こんな人が世界にいるなんて信じられませんでしたよ?凛々しくて、存在感があって、それでいて女らしい、ステキな人だなって」


「…よく、そんな恥ずかしいこと本人を目の前にして言えますわね?」



 また顔をそむける。



「すいません、でもそう思いますよ?」


「っ!うるさいですわ!!もう、話はありません!」


「す、すいません、そうですか。じゃあ、その、僕、戻りますね?」



 真を気にしながらも屋上を後にする薫。そむけたままの顔で真が赤くなった顔を隠す。



「男の前で泣かないって決めたのに、こんなの、信じられませんわ」






 ○○○○○○







 ここは秘密の部屋。



「裕太?お前、どこまで知ってる?」



 珍しくカウンター席に座る玲が、いつものようにパソコンの前に座る裕太に話しかける。壁は仕切られ一つの狭い部屋になっている。



「どこまで、だと思います?」



 裕太はパソコンの手を止めない。組んでいた足をほどき玲が近寄る。



「僕がどんなやつかは?」



 それでも裕太はいつもの調子で返す。



「会長すか?えらそ、」


「いいや、ノーナンバーのこと」


「え、」



 さすがに黙る裕太。はははと玲の笑う声が後ろで聞こえる。



「オレここで殺される感じですか?」


「いいや、てことは結構知ってるみたいだね」


「いやだからここでオレ、死んじゃうんですか?」


「死にたいって言うなら殺すけど。ってそれじゃ困るんだ、なんでかわかる?」



 楽しそうな様子の玲に裕太もおどけた調子で言うが、



「なんですか?」


「桜玲の居場所だから」



 裕太は玲の顔を見る、いつものように笑っていて、ぐだっとカウンターテーブルに顎だけ載せた。



「オレっすか?そーせんぱいじゃなくて?」


「宗治も」


「紅ちゃんと、ろいな姉さんは?」


「はは、知ってるくせに。化け物同士だからね、人間としての居場所を作ってくれてるのはお前ら二人」


「どうしてそんなこといきなり」


「裕太」



 裕太は今度は立ち上がった。それを見て楽しそうに微笑む。



「怖いんだな。なんか謝りたくなったよ、すまん今まで脅しすぎたな」


「っははホントっすよ。会長、なんすか?」


「頼みごとがある」


「そういうのはそーせんぱいにお願いします」


「僕のいない間宗治に任せるから、お前が知ってる全部をいい加減教えてあげてくれないか?」


「教えるってアンタが!…いない間?会長はどこ行くんすか?」


「うーん。まあ計画の立て直しかな」


「そーすか、学校のみんなにはなんて言うんです?」


「旅行」


「宗治先輩にはもう言ってあるんですか」


「まだだよ、いつ言おうか。実際もう少しで行こうと思ってるけどいつ行くかしっかり決まってないんだ」


「なんかだらけてません?」


「ははは、そうだね」



 そこで玲が立ち上がり、珍しく立ったまま話を聞いていた裕太と並ぶ。



「小さいな」


「オレが死ぬとしても一瞬殺したくなりました」


「はははは、じゃ、またな」


「あー、いつ戻るとかは?」


「そうだな。冬かな」


「まだ夏、始まったばっかすよ?」


「すぐ終わるよ」



 玲がいつもの椅子へと向かう。



「じゃ、俺帰ります」


「またなユージン」


「はは、ノーナンバーまた今度」





 ○○○○○○




 俺は走っていた

 けれどそこは

 きっと夢の中だったんだろう

 いくら走っても先がなくて抜け出せなくて

 今はもう夜遅い

 月明かりも尽きて

 辺りは暗い

 いくら走っても焦っても

 どこへも行けないなら

 何も見つけられないなら

 あるこう

 君を探してさまよう夜は

 きっと夢の中

 ユメノナカヲアユメ

 まだ嫌な夢は覚めてくれない



 私は飛んでいた

 けれどそこは

 もちろん夢の中のできごとで

 いくら飛んでも先がなくて自由だ

 今はもう羽は消え

 夢の中を歩め

 辺りは暗い

 いくら飛ぼうとあがいても

 どこへも行けない

 何も見つけられない

 あるこう

 君を探してさまよう私は

 きっと飛べない鳥

 つきあかりもつきて

 まだ嫌な夢は覚めてくれない





 ○○○○○○






「今日も暑いな」



 そうして俺はいつもの通り教室でボーっとする。今日も会議があるからその時間までの暇つぶしだ。相変わらずここの生徒はすぐ帰る。部活をしている生徒たちもいるため教室はすぐがらがらになる。セミの合唱がかすかに聞こえた気がする。日差しが照りつける校庭、窓側の俺の席。まあもちろん冷房も効いていて、UVカット加工までしてある。だからとっても快適だ。俺は半袖でネクタイもしていない。ここの校則は案外緩い。玲が会長になる前はもう少し厳しかったらしいが。

 玲が会長になった頃、いろんなことを玲から聞いた。今まで小学中学と一緒に上がってきたが『敵』の話は初めてだった。ただ恨みつらみで襲いに来るやつら、または雇われた殺し屋ではない『敵』だという。そしてこの間そいつらは本当に現れた。去年までは生徒だった。一人の生徒から聞き出したところ、学校の裏サイトから恨みを持つものを集めているやつがいるんだという。待ち合わせ場所にいる誰かはわからないそいつは決まってこう送り出すらしい。



「今は準備が整わないから、先に君たちにお願いするよ。来たるべき時のために」



 そして生徒はこの執行部を襲う。学校で事件にならないよう、うまく事を運ぶ。それも謎の男が手助けするそうだ。生徒だけでなくあるときは腕の立つ執事が、あるときは先生が玲を狙う。ある生徒が俺に抑えられながらこう言った。



「桜家の犬が!なぜそんなやつをかばう?」



 犬か、それはそうかもしれない。ただそんなやつ?玲はいろいろと問題があるが、彼がいないとお前らはここにいられないんだがな、そう思ってそう言った気がする。あいつの代わりはいないと。実際に俺の家は桜家に逆らうことができない。桜家からの仕事を瀬川家が引き受け、各家々に振り分けるなど仕事のサポートをしている。今はもう亡くなってしまった玲の叔父と俺の親父は仲が良かった。俺も幼少期から遊ぶようになった。それだけの話で、別に従っているつもりもない。

ただ、友達と一緒にいるだけなんだ。なぜか周りからはそうみられない。俺にはそれが不思議でたまらない。ろいなさんにも一度言われたことがある。



「そーくんは損してるね。もっと違う生き方があっただろうに」



 別にそうは思わないんだが。そういえばろいなさん、いったいどこにいったんだろう。前一度行きたいと言っていた海でも見に行ってるんだろうか、なんてな。そういえば玲も行きたいと言っていたし、みんなで海に行こうと言ってみようか。しかし今日も暑いな、呟いたかもしれない。それにしても昔のことを最近よく思い出すのは、この数ヶ月で変化がありすぎたからだ。



「めずらしいな。こんなに近いのに」



 後ろから玲の声が聞こえる。



「まあどうせいつものように余計な考え事だろ?」



 お前のことをな。



「あまり考えすぎるな」


「ああ」


「ところで」


「なんだ?」



 お得意の間。いつもの笑顔。これはどちらかというとイライラしてる。



「暑くないのか?見てるこっちが暑い」


「暑い」



 俺の髪のことを言っている。肩まで来る髪を何となくおろしていた。確かに暑い、邪魔だ。何か理由があったわけでもないのでいつも通りに結わえる。



「今やろうと思っていたんだ」


「そうか椅子借りるよ、武君」



 そこにいない相手に声をかける。俺が髪を結ぶ。玲はたいてい髪を結んでいるときは話しかけない。多分とくに理由もないんだろう。それほどおしゃべりな方でもない。



「あ」



 またこいつは。



「お前な」


「なんだ?」


「人の椅子に偉そうに座るな」


「そうか?つい癖で」



 別にいいかもしれないが俺は気になる。全く悪びれない、こういう態度が問題だ。似合いすぎるほど似合うその姿、それがまたいろんなところで大勢の気に障るのだろう。



「全く。本当に相変わらずだな」


「お前もな」



 ニッと笑った後はたいてい、



「お前はおせっかいだし、口うるさいし、やたらと図体でかいし、そしてなによりあつくるしい」



 思ったより一気にいろいろ刺さった。でかいのはしょうがないだろうが。得意げに笑う玲がまた俺を呼ぶ。



「なあ、宗治」


「ま、まだあるのか?」


「いや?楽しいなって」


「ほんと相変わらずだな」


「髪、切らないのか?」



 ドクン

 

 なんだ今の?



「あ?いや、何となくただ惰性で」


「じゃ、切ってみるか」



 ドクンッ


 ナンダコレ


 ドクン、ドクン

 昔どこかで聞いたような



「こうバッサリ僕が切ってやるよ」


「切るって言っても」



 そんなデジャブ

 今日みたいな夏の空



「別にいい。このままで」



 そして俺は言う



「それにお前、はさみ持ってないだろ?」



 そしてお前はいつものように



「はさみ?」



 笑うんだ



「別になくても切れるじゃないか、そんなもの」



 俺は思い出す

 あの日のことを





 ●●●●




「誰にやられたんだ?」


「何だって?ありえない」


「あのぼっちゃんがそんなこと」


「証拠もないんだろう?」


「あなた、きっとやきもち焼いてるのよ」


「本当は誰にやられたの?」


「あの方々は素晴らしい人たちなんだ、お前もよく知ってるだろう?」


「友達でしょ?」



 親に信じてもらえなかった日

 桜家とどういうつながりか知った日

 友達が友達じゃなくなった日



「その方が似合ってるよ」



 化け物だ






 ●●●●






 あんな思いを、想いを、重いをどうして今の今まで忘れていたんだろう。忘れられたんだろう。


 忘れ、られたんだろう?




 ○○○○○○






 先輩がいない。二人していない。瀬川宗治は一度、桜玲に殺されかけている。カッターで瀬川宗治の身体を切り刻んだ。彼の身体にはその生々しい傷跡が残っている。だが玲に対する感情がぽっかりと抜けているのだ。なぜついた傷なのか疑問にすら思わない。それが彼のノーナンバーの力だから。彼らが中学生だった4年前の8月。いったい何があったか知るすべはなく、ドラゴンの情報と玲からごくわずかにしか語られなかった。ドラゴンから宗治の保護も頼まれている。ろいなさんが消えたのは先週。そして今日秘密の部屋の監視カメラから二人の姿が消えた。そして玲の机の引き出しから拳銃が一丁消えた。



「先輩、どこっすか?」



 周りを歩く生徒がオレをもの珍しそうに見る。今すれ違った女子生徒は幽霊でも見るかのようだ。屋上散歩はしてたんだけどな。そうか走ってるからか。走るオレはかなりレアだ。



「会長に見せてあげたいよ」



 呟いたところで思い出す。玲のあのけだるそうな顔を。いつもの会長の自信たっぷりな様子から離れていた。思い出すと背筋が凍る。あんなに脅されていたのにオレは今まで全然わかっていなかった。だから今また彼に会うのが、ノーナンバーに会いに行くのがすごく怖い。

 だけどそれより、


 俺は本当に久しぶりに走った。

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