第11話 けいけん


「いい胸してるな姉ちゃん」



 施設が壊れてからも生きていかなきゃいけない。きょうだいを探すため、また一緒に暮らすため。サーカスをやっていたころを思い出して曲芸をやり歌を歌い、たまに夜の街を歩けば金は稼げた。そこでドラゴンに会った。



「その子は声もいいんだよ」



 最悪だと思った。三人でやるのは嫌いだ。苦しいから。



「そうなのか、いいな」


「あれ?歌声だよ。透き通るような、しみる切ない歌声だ」


「だからこれから歌ってもらうんだろ?」


「ばかだなあ。あんたを止めに来たのに」



 そう言って殴りかかる、一発で臭い男は倒れる。倒した男から龍と書かれた名刺を渡された。ドラゴンと自己紹介をしたそいつはチャラチャラしたホストだ。面倒なのでいつもばかな女のふりをする。そうしてご飯代を節約する。



「ありがとうございます。どこのお店ですか?」


「すぐそこのお店だよ。立てる?」


「いえ」


「はいよー」



 抱きついてみた。



「すいません、フラフラしちゃって」


「大丈夫だよ。もし間違ってたらごめんだけど、ようちゃんだよね?」


「何言ってるんですか?間違ってますよ。私は夜っていいます」



 こいつ関係者か?というかなぜ名前まで知ってるんだ?ナンバーではなく。



「そっかよる、ね?でもそこの男の子は葉芽ようがと自己紹介してるし、君のことも夜は仮の名前だって言ってるよ」



 思わず指差す方を見てみるが何もない暗い路地裏。名前をどこから仕入れたか知らないがからかって遊ぶタイプか。嫌いだ。無視して他をあたるのがいいな、面倒に巻き込まれるのも嫌だし。



「あ!ちょっと」


「ごめんなさい、用事を思い出して」


「弟さがしてるんだろ?」


「!?」


「時間はかかるかもしれないけど、会わせてあげるよ」



 ドラゴンとの出会いを思い出しながら、なかなか起きないドラゴンを覗き込む。その隣から起き上がってきたのは、



「ようが!?」


「落ち着け!残念ながら中身は俺なんだ、葉」



 あの時の服ではないけれど祖国の服、瞳、声。背格好は大きくなって、髪も伸びて、でもきれいに整えてあって。商品として整えられていた時の私もそうされた。今横たわっているドラゴンは魂が抜けていて、薄い魂だけの葉芽の中にいるというが、本当なのか?葉芽は私に近づいて倒れているドラゴンをまたいだ。



「すごいな、ここだと葉芽の声がもっと大きくはっきり聞こえる」


「ドラゴン!なんて言ってる?」


「っ!!分かった分かった葉芽!今言うから!!きょうだい似てるな」



 さらに近づいて座る私のそばにしゃがむ。ドラゴンがよくやる姿勢。だけどその姿は葉芽で。



「姉さんのせいじゃない。あやまらないで」


「っ!!」



 それは、あの時の答えだ。施設内で一度だけ交わした会話のその続きだ。



「よう、がぁ、うぅ…う、うああぁん!」



 ドラゴンに抱きしめられた。葉芽の髪のさわり心地が昔と変わらなかった。そうしてしばらくドラゴンは私の涙に付き合ってくれた。



「ドラゴン、もういい…早く戻れ」


「いいのか?」


「ああ」



 ドラゴンがいつものように笑って、葉芽はスウッと消えてしまった。倒れたままのドラゴンが残る。一度大きくビクッと体が跳ねて、そのあと一向に動く気配がない。部屋が、静かないつもの部屋がすごく怖い。だめだなぁ、一度泣いたせいか歯止めがきかない。今までせき止めていたせいなんだろうか?だから泣きたくないんだ。こんな、こんな涙が止まらなくなるなんて、弱い私を、ドラゴンは…



「ドラゴン?息を、息をして?私の…せいだ、わたしの、ごめ、ごめんなさいっドラゴン!」


「はっ、はあはあ」


「ドラゴン!?」


「はは!よう、やっと会えたな」


「っドラゴン!!」



 思わず胸に飛びついて抱きしめてしまった。辛いくせに、私を両腕ですっぽりと覆う。



「ごめん、ドラゴンごめんっなさい」


「葉?な、んであやまる?」


「あったし、信じてなかった。こん、こんなにいるのに、ずっと、疑ったままで」


「しょうがないよ。はあ、はあ、ふー、人間はそうやって生きるもんだ、遅くなってごめんな葉。俺がもっと、はは、強ければ、もっと早く会わせてあげられたんだけど」


「あやまるな、あやまるのは私の方だ」


「葉?」


「ありがと」


 ガンッ

「いたっ」


「大丈夫?」



 恥ずかしくなってドラゴンからどこうとしてテーブルに足をぶつけた。我ながらまぬけだ。



「いたい」


「ははっ、あははははっ!」


「笑うな」


「女の子らしくなったな」


「うるさい、からかうな」


「ははっ葉、俺は葉が大好きだよ」



 寝たままの姿で体を動かさないところを見ると、相当ダメージが大きいはずだ。私は目をそらしたままだが、ドラゴンは私のことを見たままなんだろう。強くなければならないのに、弱い私に。そんな風に笑うな。



「みんなにも言ってるんだろう」


「もちろん。みんな大好きだからみんなでいたい。ごっこじゃない。葉も葉芽も俺の家族だ。あ、」


「どうした?」


「知らないだろうな、葉」


「なんだよ」



 こういうもったいぶるところとか。



「赤にも白にも黄にも、葉芽のことは言ってあるんだぞ?」


「!?」



 こういうドヤ顔とか。本当に知らなかったけど。



「みんな見えないと思ったんだけどな、一人だけ見える奴がいるんだよ実は。誰だと思う?」


「赤だろう」


「ブー!はっずれー」



 こういう子ども扱いするところとか。ブーとかいうな、



「黄だよ!あの一番鈍感そうな奴に!」


「声がでかい」



 こういうはしゃぐところとか。つい口に出してしまったが声がでかいところも。



「すまん」


「いつもな」


「とにかく葉!お前は一人しかいない。葉の代わりはいないんだ、だから出ていくなんて言うな。そばに、いてくれよ」



 こういうありきたりなセリフとか、全部全部大っ嫌い。だけど不安にでもなったのか急に泣きそうなドラゴンの声に、思わず返事をしてしまった。



「考えてみる」


「おう」


「黄は、なんて言ってた?」


「おや?」


「なんでもない」


「まってまって!今度直接聞いてみなよ?あのね!『あの緑のお姉さんに付きまとってる緑の男はあのままでいいのか?ボスさんよ』って、俺が紹介する前に言いにきたんだよ!もう驚いたな」



 そうしてドラゴンの話をしばらく聞いた。もしかしたら起きあがれないから長話をしているのかもしれなかった。相変わらず寝転がっている。



「『紹介の時になんで飛ばしたんだ?俺、名前聞きに行ったらすげえ驚かれてさ、逃げられたんだけど』だってさ。葉芽がしばらくして寄っていって、ドラゴンから聞いてって言ったらしいんだけど、ひさしぶりに声かけられたって驚いてたよ。そうそう葉芽に黄の名前教えたんだけどさ、黄が倒れた時に葉芽が名前呼んだらキレてた。『黄って呼べって言ってるだろ葉芽のおにいさん!』って!ほんとあいつおもしろい!」



 時折ドラゴンがものまねをする。それが全然似てなくて面白かった。しばらくしてドラゴンが起き上がる。



「もう、だいじょうぶなのか?」


「うん。それに、なんだかおにいさんいけないことをしている気になってきました」



 何の話だといったところで、私の胸元を指差す。



「女の子はそんなにボタンを開けてはいけません」


「暑いんだ。それに黄も白も別に」


「別にじゃないよ、特に黄の教育上よくありません!それに今ボスがいるでしょ?」



 そういうとドラゴンは立ち上がろうとしてしりもちをついた。



「いたたた」


「ドラゴン?もう夜だしここで寝ていけばいい」


「何を言ってるのかなこの子は?」


「いいだろう別に。そんな反応、まさか赤と一緒に寝てないのか?」


「寝るわけないだろ!?」


「まさかまだどう」


「ストープ!!!」



 私の口をふさぐ。そしてまっかっかだ。うそだろピー歳。赤に経験はあるんだろうか?ないだろうな。ドラゴンはふつうだと思っていたがそうでもないみたいだ。



「ドラゴン、わたしとしておくか?赤も経験のないヤツにされるよりましだろう。教えてやる」


「こら!葉、そんな脱ぐなって、だめだめ!女の人は大事な人にとっとかなきゃ」


「もう何人ともやってるんだ、最初に会った時もそうだっただろうに。そうか私とやるのは嫌」


「そうじゃない!むしろさっきからドキドキしております。でもそういうことは順を追ってだな?」



 この男は弱い。それがまたいいのかみんなに好かれる。私も心なしか惹かれている気がする。



「そ、それに葉芽がいるのに」


「なんだ、そんなこと気にしてたのか?でも葉芽も気にするなって言ってるんじゃないか?」


「言ってる…お国柄なのかな」



 立ち上がろうとするドラゴンに手を貸す。



「立てるか?」


「立てる。葉、」


「?」


 ちゅ

「!!?」


「ほんとだ」



 なにすんだこの男は!ほんとに読めない!



「いや、葉芽がキスには慣れてないよって」


「葉芽!余計なことを」


「うははは、いいなその顔!」


「うるさい」


「はは、じゃまたな葉」


「ああ」


 バタン

「びびったー」



 という声が聞こえて思わず吹いてしまった。



「ここにいてもいいのかな」


「いいよ」



 小さな声がドアの向こうから聞こえた気がした。今日はもう眠ろう。



「おやすみ、ドラゴン」


「おやすみ、またあしたね」



 足音が聞こえた。ふとゆっくりと眠れるところがあるんだ、ここには。そう思った。



「ほんとに。弱いな、私は」



 一回流れ出すとなかなか止まってくれない。



「葉は強いよ?」


「うるさい!もうねろっ」


「ははは」



 おやすみドラゴン

 またあした






 〇〇〇〇〇〇





 青い青い空に紙飛行機が飛んでいる

 僕の微かな記憶

 そして、それを追いかけていた


 急に方向を変えた

 風の向きが変わったんだ

 道路に飛び出して

 車につぶされた

 ぐしゃぐしゃになった紙飛行機

 まだ幼かった僕は泣いている



 僕にだって手に入れられないものはある。たとえばそうだな、あの時の紙飛行機。あれと同じものを作ることは二度とできないんだ。だって、僕は作り方を教えもらっていない。あとで教えてくれるって約束だったから。もうあとなんて来ない。この先僕がいくら長生きできたとしても、絶対に。



 赤い赤い空に紙飛行機が飛んでいる

 僕の微かな記憶

 そして、それを追いかけていた


 それが君だった






 僕は突然変わった。今までの僕は、ただ生きることしか頭になかった。いつもお腹を空かせていたんだ。ある日突然白い服を着た大人たちに連れて行かれた。それはジゴクだった。


 僕は突然変わった。今までの僕は、ただ考えることしかできなかった。いつも怖かったんだ。ある日突然黒い服を着た大人に連れて行かれた。それは桜家だった。


 僕は突然変わった。今までの僕は、ただただ嬉しかったんだ。いつもうれしかったんだ。ある日突然黒い服を着た大人が連れて行かれた。それはテンゴクだった。


 僕は突然変わった。今までの僕は、ただ青について行くことしかできなかった。いつも不安だったんだ。ある日突然瀬川宗治が連れられてきた。それは僕のそばだった。


 彼は突然変わった。今までの彼は、ただ純粋に本当に生きていた。いつも眩しかったんだ。ある日突然ある子が青のもとに連れられてきた。それは紅来羅だった。




 もういいんじゃないかな

 そう君が呟いた

 今にも消えそうな夕陽を背にした君まで

 消えてしまいそうで

 まぶしくて

 風もなく雲もなくあまりに周りが静かで

 僕はその景色を見るのが本当につらかった

 今でもはっきりと思いだせる

 あの時君の長い髪が走るたびに揺れて

 生き物のように動いて

 僕の悪夢に現れる

 だから僕の寝起きはたいてい悪い



「寝る、終わったら起こせ」



 僕は人を信じない。人も僕を信じないし、それが当たり前だ。すべてを人に任すなんてことはしてはいけない。そう思っていた。ここの生徒会のメンバーに会うまでは、なんて。人は程度はあるが裏切るから、たとえそれが不本意にしろ、綿密な計画のもとであろうとも。それは大きな損失になる。全く何の警戒もなしに人の言ったことを少しも疑わない奴の気がしれない。頭の中を本気で見てみたいと思う。



「寝たのか?宗治」


「・・・・・・」



 寝ている。寝息が聞こえくる。こいつも同じだ。よく人前で眠れるな。僕は仕事をしているというのに。こいつのバカなところは力が強いくせにすぐ騙されるところだ。何故そこで警戒を解くことができるんだ?ボーとしていて何を考えているのかわからない。そして見た目と違ってマメで器用でうじうじと悩むくせに、決めたら突き進む意外と熱いヤツ。僕はひそかにクラッシャーと呼ぶ。彼を好きな彼女たちから見れば悩み多き貴公子の横顔なんだそうだ。とある日宗治の友達とやらが僕に話しかけてきた。もちろん僕の友達ではない。



「宗治は君に、佐藤君に何かおかしなことでもしでかしたのかな?」


「そうなんすよ!えっと、玲様さんの前でも宗治ってあんな感じ?」



 この男は宗治の前の席の 佐藤 たける君。いわゆるチャラ男。玲様さんなんて初めての呼び名だな。こんなテンションの男と何を話してるんだあいつは。一度見てみたい。



「あんなって?」


「オカンみたいな」


「ああ、基本だな」


「やっぱりー!いやー思ってたイメージと違くて!!無視されるとか思ってたのに世話焼きだよな!」


「見ていて飽きない男だな」


「わかる!こないだ俺が寝てんの起こしてくれてさー」


「僕も一度あるな」


「消しゴムも貸してもらったし、そのうち小言を言われるようになって、こないだ説教された」



 あの男は本当にばかやってるな、こんなあほの世話までして何を考えているんだか。



「たいへんだな、佐藤君」


「武でいいすよ。玲っち様でも小言言われんの?」


「ああ、宗治の小言は長い」


「くどい!」


「あつくるしい」


「この季節はとくに、ってね、さすが玲様っちヒドイっすよーおもしろっ!」


「そういう武もなかなかおもしろいやつだな」


「お気に召していただけましたか?なんちて」


「うむ、くるしゅうない」


「あははっ!おもしろい!!あこないだ発見したんだけど、宗治って独り言多くね?」


「多いな、それによくボーっとしてる」


「してるしてる」


「武君よく気づいたねちょっと見なおしたよ」


「さっき武って呼ばれてうれしかったのに~玲様こそこんな話しやすいお方だったなんてってやつだよ」


「武、また宗治の観察報告よろしく頼むよ」



 僕は物語を早く終わらせるために青側についた。僕は悲劇が嫌いだ。話の最期がわかってしまうからだ。この物語は今までずっと悲劇続きで本当につまらない。だらだら続けていても何も面白くない。



「玲」


「どうした?」


「玲様っち!宗治に怒られたー!!」


「すまんまさか武が玲のところに行くなんて想像もつかなくて」


「いいんだ別に面白い奴じゃないか」


「そうっすよねー会長様!俺たち友達だよねー!」


「ああ、そうだな武」


「あ、そうだ!観察報告するであります!さっきの驚いた顔ったらハトが豆鉄砲で貫かれたみたいな顔でさ!!」


「それでは死んでるんじゃないかその鳩」


「あははは突っ込んでくれんのウケる!!」



 なんだか



「じゃ、今日の集まり遅れるなよ」


「ああ」



 もう悲劇はたくさんだ。だから僕は物語を終わらせるために。いや、早く終わらせてこいつらとバカやりたい。



 なんてな。





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