第10話 えんぎ

「ちょっとおねいさーん?無視しないで!話し合いって大切だよ?」



 殊羽は笑顔で話しかけている。相手は敵で追いかけっこ中だ。はじめはギャラリーだったが飛び降りステージに移っていた。緑色の髪がちらっと覗く。緑の布をまとって黒いマスクのようなもので口元をかくし、鋭い瞳しか見えないため女性だとわからない。数メートル先で彼女はぴたりと足を止めた。



「お?わかってくれた?」



 くるっと振り返り槍を向ける。しかしお構いなしに殊羽が刃先ギリギリまで歩いてくるため、後ずさり距離をとる。殊羽はまるで刃先を見ずに笑顔で続ける。



「そんなに睨まれるとさすがにへこむんだけ 

 ビュンっ


「ど」



 槍の一撃を体を後ろにぐにゃりと折れ曲げ、ギリギリで刃先から逃れた。彼女は攻撃に備えるが、殊羽は今度は後ろへバック宙し距離を取り息をつく。



「うおー!あせったー」


「殊羽様、あなた正気!?危なっかしくて見ていられませんわ!もう一人を追ってきてみれば!」


「いやー、ごめんごめん。見失った?」


「あなたのせいで」


「すいません」



 真が殊羽の前に出る。



「殊羽様あなた様の方がお強いけれど、私にだって役目があります。ここは私が」



 そう言い切りポケットから取り出したのは鞭。



「!?」



 敵の反応も速いが足元に繰り出される鞭から逃げるのに精いっぱいで防戦一方になる。


 ひゅおんっビュビシっ


「ちっ!!」



 敵がもう一方の鞭に気づいたころには槍が奪われていた。しかしひるむことなく緑の彼女はナイフを投げる。三本同時に真へと向かっていく。飛鳥を狙っていたのも彼女だったようだ。真も器用に鞭を操りはじいていく。



「敵さん。なんか悩み事?」



 耳元で聞こえる声。大きく目を見開く彼女は殊羽を見ていたのではなかった。


 キイィイン

「俺もいるぜ?」



 殊羽の後ろから突っ込んできた少年に驚いていた。ナイフ同士が音を立てる。黄色いニット帽であまり顔は見えず、青いジーパン、白いシャツは腕まくりして、包帯をのぞかせていた。



「お?今度はニット帽君?」


「あんだと!?うっせーよ!」



 キンっ

 お互いにもう一度組み合う。帽子から少し赤みがかった毛先だけが見える。動きに合わせ少年の重ねづけのピアスと腕と足のブレスレットが音を立てる。



「いや、うるさいのは君だから」


「だー!!調子狂うな!写真の時はそーでもなかったのに、お前ドラゴンに似てる」



 緑の彼女が少年の横へ走り、頬を思い切り殴る。



「いってー!なにすんだ葉!?」


 ゴスッ

 今度は頭にゲンコツ。



「いた!ってんめぇー!!」



 頭を押さえる少年に、ニッコリ笑顔の殊羽がナイフを空で振る。



「ありがとーニット帽君、そのおねいさん ヨウっていうのか、あとドラゴンね」


「あなたのコードネーム、コウではありませんか?」


「な、なんで知ってる?」


「帰るぞ黄、挨拶に来ただけだ」


「ああ?ふざけんな!俺まだ本気見せてな」


「本気って?」



 言い終わる前に殊羽が質問する。



「ああ?それは言えねえよ、シュウ。見てからのお楽しみだよ。んで金のおねいさんはマコト、だっけか。シュウ!お前へらへら笑いやがって!似せたところで俺にはきかん!」


「ドラゴンね」


 ガンッ!


「いった!?」


「そうかそうか、ドラゴンは黄くんたちのボスなんだね?」


「な?って待て!葉!」



 スタスタと槍を拾い上げ歩き始めた彼女は何も言わず、軽やかに飛びながらギャラリーへと向かう。



「お、覚えてろ!!」



 捨て台詞の少年も後を追っていく。すぐに追いつき何やら文句を言っているようだがもう聞こえない。



「もう追わなくてよろしいのですか?」


「いいんじゃないすかね?殺せーなんて言われなかったし、いろいろ情報もらえたし」


「そうですわね」


「厚木くーん、麻間さーん!って、わあ」



 薫が体育館入り口から呼ぶが、ナイフが散乱していることに驚いたようだ。



「お怪我はないですか!?」


「はは、二人ともかすったぐらい」


「私苗字で呼ばれるのは嫌いですわ!」


「すいません先輩、」


「真さんでいいわ薫君、かおるんかしら?」


「真さんまで…えっと生徒と来客の皆様にはお帰りいただきました。もうじき執行部のみなさんもここに来ると思います」


「了解。かおるん」


「厚木君まで!」


「俺のこともシュウって呼んでよ」


「あ、はい。秋くん」



 はははと楽しそうに笑いながら殊羽は持っていた敵のナイフを空に投げキャッチする。



「ドラゴンね。会ってみたいな」



 ナイフの刃を見ながら呟いた。





 ○○○○○〇



 私は時雨葉。ドラゴンにコードネームも葉にしてほしいと頼んだ。私の誇りだから。私が私である証のたった一つの変わらないものだから。



「白てめえ、また食いやがったな!」


「黄が来るの遅いんだもん!」


「二人とも静かにしないと」


「ああ!?白が悪いんだよ!!」


「もう黄、ほら俺のあげるから」



 本当に騒がしい。ドラゴンはこんな家族の真似事をしていったいどうしようというんだ。ほんとあいつは嫌いだ。考えていることが読めない。そしてあの施設を破壊し、施設にいたものたちをほとんど殺した。そのままにしておけばいいものを。力もないくせに。お前がでしゃばったせいで、私のきょうだいは死んだ。分かってるんだ、ドラゴンのせいにしたいだけだ。きっともうとっくの昔に死んでしまっているんだ。会えないだけで生きているなんて、そんなことあるはずがない。



「あ、時雨さ」


 パシャ

 冷たい



「タオルとってきま」


「いい」


「ほら黄、あやまらなきゃ」


「いい、部屋に戻る」



 暑かったからちょうどいい。夏は嫌いだ。何故そんなに熱くなる?特に急がず部屋へと向かう。ドアを閉める前に白の声がまた聞こえた。



「葉ならかわすと思ったんだけど」



 私はいつからこんなに弱くなってしまったんだろう。強くなければいけないのに。シャワーを浴びる。冷たい水で。ここにいるみんなに言えることだが、私たちには足りないものがある。ニンゲンとして足りない。私には熱が足りない。黄は逆。私たちは対で作り変えられた。黄はそのことを全く覚えていない。あいつはホットやファイヤー言われ、私はコールド、クールと呼ばれた。そう呼んでいた研究員たちは死に、私たちを呼ぶ者はいなくなった。あれほど実験されたというのに商品だからか体に傷は残らなかった。だからこそ私たちの心には大きな傷が残った。それでも私のように記憶がはっきりとしているのは数少ない。ここにいる私たちと敵である向こうの何人かだけが、施設があった証である。なかったことになりそうで怖い。なかったことにしたい気持ちも少しある。けれど施設にいた無数の子ども達は過去の悲劇の物語とだけ片付けられ、誰にも知られず何もわからぬまま死んでいった。いっそ私も忘れたかった。酷だ、覚えているのも忘れられないのも、思い出すのも。だからこそ、みんなにあたたかくされるほど心の奥が冷たく冷え切るのがわかる。


 コンコン


「時雨さん」


「赤」


「お話、しませんか?」


「いや、ドラゴンと話したい」


「わかりました。時雨さんは私が嫌いですか?」



 嫌いではない。それなのに、



「私のことが怖いですか?」



 ほらな。



「ああ」


「世界中のみんな、私のことを怖がるはずなんです。そういう風に生まれたから。けれどドラゴンさんは怖くないんだそうです。強がりですかね?」


「絶対そうだな」


「ふふ、では、連れてきますね」



 ドラゴンは本当にただのニンゲンだ。ただの、ではないが決して私たちのようにはなれない。ただ傍で見ていただけだ。よく覚えている、フィフスが連れてきた時のこと。フィフスはいつも勝手にしゃべって走って笑っていた。へたくそな笑顔でフィフスと言った言葉。もう一度フィフスが来る時、それはあしたなんかじゃない。


 コンコン


「入れ」


「おじゃましまーす」



 正座している私を見て、ならおうとするのであぐらをかかせた。低いテーブルを挟んで向かい合う。



「葉、君が何かため込んでることくらいは俺にもわかる。何かまでははっきりわからないが、俺は赤じゃないしな」



 そう話し始めた。白が黄にかけられた水をかわしたんだと一応説明された。必要ないのに。



「葉、話って?」


「ドラゴン、私はここを出ていく。今まで世話になった」


「理由は?」


「私は一人でいい。今まで暮らしてきて分かったが、私はほかの子どもたちよりは世の中を生きてきた。だからここで家族ごっこをする必要はない」


「うーん、ごっこをしてるつもりはなかったんだけど」


「私には、ほんとうの家族がいる」


「ほんとうとかうそとかじゃないんだよ、家族はいくらいたっていいんだ」



 そういうとドラゴンは私に近づいてきた。私よりは弱いが油断のできない相手だ。右斜めからあともう一歩近づけば、相応の対応をしよう、と身構えたところで止まりしゃがむ。



「葉」


「なんだ」


「俺が嫌いか?」


「ああ」


「どうして?」


「弱いくせにでしゃばる」


「うん」


「施設を壊した」


「ああ」


「赤を連れてきた」


「そうだな」


「私の姉を殺した、そのままにしておけば死なずに済んだのに」


「ああ」


「私の弟を殺した、そのままにしておけば死なずに済んだのに」


「…」


「会わせるなんて嘘をついて私をこうして生活させた」


「彼はそこにいるんだよ」


「ふざけるな、殺されたいのか?」



 さらに私に近づいた、のかと思った。



「ここ、にいる。今でははっきり見える。話を聞いた。体はあるそうだ。魂が薄いんだと、本人もうまく説明できないと話していたが、みんなには見えない。動物とか力のある人にしか。いろいろ調べてたら乗り移ればいいらしい」



 一気にドラゴンがまくしたてる。こいつは私がそんな話に騙されると本気で思っているようだ。もう、本当にここにいる理由はない。



「姉さん」


「!?っどれだけからかえば!」



 驚いたのは声だ。弟の声。そして私の右にいるドラゴン。彼はうつむき目を閉じ、体はだらんとしていた。微かに口が動く。



「姉さん、ぼく、は」



 ドラゴンの体に?



葉芽ようがなのか?」


「ああ。いつ、でも」


「なんだ?」


「いつ、も、そばに…よ」



 消え入るような声だが確かに弟の声で。息を大きく吸うとドラゴンの目が開いた。顔には苦痛と疲れの色が見える。息も絶え絶えに私に言った。



「っは、ここに、いて、ほしい」



 それだけ無理やりの笑顔で告げると崩れるように倒れた。それから目覚めるまでの間、私は今までのことを思い出していた。声は不思議だ、記憶が急に色をつけて音をつけていつもより鮮明に私に訴えかけてくる。




 〇〇〇〇〇〇




 私にはきょうだいがいる。姉と弟。私たちは家族で営むサーカス団をしていた。家族は父母、きょうだいと大熊だ。一緒にいろんなところを回った。私は歌を、姉は踊りを。弟は不思議な力があり、それを使って財布の中身を当てたり、手品のようなものをしていた。母は大熊使いだ。父は司会とサーカスの道具や飾り付けを担当していた。私と姉が渡るブランコも、移動式のサーカス場も父が作った。衣装は母が作ってくれた。そのうち劇もやるようになった。人を雇うようにもなりだんだんと大きくなっていった。毎日楽しかった。私たちきょうだいも役者だったり踊り子だったり、劇中歌を歌ったりした。その中で覚えているセリフの一つ。



「自由?幸せ?ここには何もないわ!私はいつも生きながら死んでいる!!」



 確か貴族生まれの女の子の役。彼女は外の世界に出たかった。サーカス団の私がやるには難しい役だったのを覚えている。外の世界を見て現実を知った彼女は驚く。今まで私は何をしていたんだろう?外のひどい生活は私たちの無駄に贅沢でばからしい暮らしのせいだと自らの家を壊し、すべてを外にばらまいた。そして彼女は家を飛び出す。外の世界で貧しい少女に出会う。主人公だ。その子と仲良くなるけれど、家を壊したことを恨まれ身内に殺されて一生を終えてしまう。そんな役だった。それを思い出してある施設で歌ったことがある。そこで私たちは元気になるはずだった。病院だと聞いていた。今思えばすべて仕組まれていたことだったんだろう。この施設では子どもが必要だ。しかもたくさん。



「おじょうちゃんたち!すごくよかった、お礼にチョコレートをあげよう!」


「あらいつもありがとうございます」



 常連のお客さんがそこのお店で買ったというチョコレートをくれた。すごくおいしくて、私はなぜか受け取らなかった弟にもチョコを渡した。



「葉芽!すっごくおいしいよ?お前も食べな!」


「おいしいよ!」



 姉と私がそう言うと、弟はチョコを食べた。



「あまい」



 たしか、そう、呟いた。それから私たち3人はちょうど一日後、高熱を出して倒れた。



「どうされましたか?サーカス団の方々、なんとこれはひどい!」



 倒れうなされている私たちを運ぼうとした時だった。心配そうにのぞく人ごみをかき分け白い服の人が言った。父と母はその人に私たちを見せた。



「これは外国の流行病です!この町に広めないために隔離入院が必要です」


「そんな!なぜこの子たちだけ!?」


「子どもに多くかかるもので。このサーカス団にはほかにも子どもたちが?」


「ええ、奥にいますわ」


「見せていただいてもよろしいですか?初期段階では症状が現れにくく、検査も必要ですね」


「お願いします!子どもたちは私たちにとって宝なんだ!」



 これは確か父が言ったんだ。そして白い人が私の顔をのぞきこんだ。あまりよくは見えなかったけど、気持ち悪い笑顔だった。



「ええ!世界の宝です!」



 そうしてこの施設に来てからもうどれくらいたったのだろう。昼も夜もわからない。初めは抵抗していた。3人いれば大丈夫。絶対離れない、そう言った姉の背中を今でも覚えている。前に盗賊に家を、サーカス場を襲われそうになったことがあった。父は私たちに稽古をつけてくれた。必死に戦ったけどよくわからない煙を吸わされ、バラバラに隔離された。そしてこの間、弟に会った。



「ねえさん?」



 髪も伸び放題で、服もボロボロだったけど祖国の物をまとっていた。そして白い服の大人たちを高くふわふわと浮かばせていた。私の実験ケースに気づいたようで、こちらに顔を向ける。大人たちは見えない糸が切れたように落ちた。葉芽がこちらへ歩いてくる。止めに入る大人たちも触れていないのに飛ばされていく。



「ようが!?」



 私の入っている実験ケースに触れようと手を伸ばす。



「葉芽、ねえさんは?」


「わからない」


「ごめんね」


「なんであやまるの?」



 そう弟が口にした瞬間、彼は消えた。実際には飛ばされていた。それから弟の姿は一切見ていない。たぶんもうこの世にはいないんだろう、そう思うことにした。それであきらめられたらよかったのに。私は施設で死にながら生きていた。カタチだけ生きていた。ここは病院なんかじゃない。元気になるところなんかじゃない。ここはジゴク。



「自由?幸せ?ここにはなにもない。私はいつも死にながら生きさせられている」



 そうして私は劇中歌を歌った。この貴族の娘の歌。すぐに研究員に止められると思ったが、喜ばれた。



「歌うまいなセブンス」


「ヘプタ、また歌ってくれ、そうだ今度オクタにも聞かせよう」


「やめろやめろアイツには何をやっても熱くなって暴れるだけだ、ホットだからな死人が出るぞ」


「さすがクールだな、よかったよ」


「笑うんだなコールドも」


「ふん、どうせサーカス時代の演技だろうよ、お前ら仕事に戻れー」



 私はNo.7。呼び名はいろいろあった。セブンス、クール、コールド、ヘプタ。好き勝手呼ばれていた。私など何名かはほかの幼い子どもたちとは違って、外の世界の言葉や記憶、習慣を身につけている子もいた。つまりは成長が進んでおり実験しにくい対象であると教わった。教わったのだ直接、研究員から。どんな実験をしているか、質問に答えてくれる研究員もいた。実験をやめてくれと頼んだ子を見た。研究員は殺された。その子も殺された。私はある研究員に紹介された一人の少年を見て驚いた。



「見てんじゃねーよ女」


「見せてんだよオクタ。彼女がヘプタ、君と対の能力で作り直された。紹介だけだ。よろしくなへプタ」


「ああ」


「またな、ほらもう行くぞ」


「待てよ。お前強いな、強い奴は好きだ」


「お前まさか、」


「俺を殺してくれよ」


「行くよ、オクタ」


「俺に指図すんじゃねえ!」



 そしてその研究員は倒れた。他の研究員たちに囲まれ睡眠薬をかがされ、オクタと呼ばれた少年は眠りに落ちた。少年?いや、子犬のようだった。小さい体に獣の耳としっぽ、そしてそれに見合わぬ鋭い牙と爪。その後しばらくしてその研究員を見た。素敵な笑顔に大きな傷跡が残っていた。その少年が黄だ。私のことも自分のこともあまり覚えていない。頭に血が上りやすく、暴れてばかりだった当時を彼は今と変わらないというがそんなことはない。見境なく暴れる。そのせいでナンバーの上位者ではあったが、いい扱いは受けていなかった。研究所のやつらは私たちをよく商品として扱った。ナンバーの上位者で話の分かるやつは高値で売れる。そう聞いた。だから私は気に入られるための術を学んだ。

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