第8話 ひとり


 静まり返った部屋の中

 俺はもうしばらくここにいる

 一人で住んでいる

 だからもう、寂しいなんて思うことは

 ほとんどない


 今日はもう疲れた寝てしまおう

 そうして転がったベッドに

 深く深く沈んでいく


 夢を見た

 気がした

 思い出せない

 なぜか思い出したかった

 けれどきれいさっぱり忘れていた


 鏡を見た

 自分の顔を見た

 なにか思い出しそうだった

 鏡の中の俺は眉を寄せて首を傾ける


 朝はパンと作り置きのサラダ

 昼の握り飯を作った

 学校に行くか

 玄関を開けて驚いた



「おはようございます亜月様」


「ああ、おはようです。えっと」


「お送りいたします」



 きれいに忘れていた黒づくめの二人組

 俺は自分でも気づかないうちに

 ヘラヘラと笑っているみたいだ

 とりあえずごまかして笑う

 車の中で眠ってしまった

 まだ眠い耳に声が聞こえた



「昨晩はあまり眠れませんでしたか?」


「う~?そんなことないはずです」


「さようですか。学校までもう少しあります。どうぞごゆっくりお休みください」


「はは、ありがとうございます、そうします」



 まだ眠い耳に響く元気のいい声

 この二人には聞こえていない



「ねえ、シュー聞いてる?」



 俺を離さない声



「ああ、聞こえてるよ」



 だからそんなにケースを叩くな

 そんなに急いで走ってこなくても

 俺はここから出られないんだ


 よくこんな短時間で

 また夢を見た

 嫌な夢だ

 早く忘れたい



「ありがとうございました」


「行ってらっしゃいませ亜月様」


「行ってきます」



 夢ばかり見る

 眠っていたはずなのに疲れる

 きっと夢の中を歩いているんだろう

 走って出ようと暴れてるのかもしれない


 なにかを忘れている

 そんな気がした




「なーんてね」


「おはよう。殊羽、宿題提出してって日直が探して」


「忘れてた!!」





 〇〇〇〇〇〇




「晴れたね。そうだ、君の名前は空に決めた。どうだ?」



 空見て、今テキトーにつけやがって。



「おう」


「よし、あとコードネームは黄色でコウ。黄、行こうか」



 ドラゴンと名乗ったそいつは、楽しそうに笑う。さっき戦った。負けたらついていくって約束した。俺より強い。でも自分で龍とか名乗るなんて俺よりオカシイな。俺はオカシイ。施設のやつらにいじくりまわされて、それからイライラしない日はない。連れて行かれたのはホテル。古びたホテルの広間。通り過ぎるとおかえりなんてあいさつが聞こえたりする。何人かいるそいつらは仲間だっていう。皆、施設の出身者。しかもヤバい奴らばっか。驚いたのが施設出じゃないドラゴンがボスってこと。だってお前ニンゲンじゃん。施設のこと知ってるのか?そう聞いた。ホテルのドラゴンの部屋で俺はしばらく話した。



「俺はひどいことをした。今から君にそれを打ち明ける。ここにいるみんなにはもう言った。殺したいと思ったらそうしろ。だが俺も死ぬわけにはいかないからその時は全力で向かう。わかったか?」


「おう」


「俺は」



 そうしてドラゴンの話をひたすら聞いていた。さっきの戦いで疲れたからボーっとする。いつもこうだ。


「掃除屋だった、って意味わかるか?」


「?」


「いなくなってたろ?周りのやつら」


「ああでもしかたねえんだ。アイツらは弱かった」



 もうどうしようもないカタチにされたり、よくわからないものをつけられたり。



「そいつらを殺してた」


「お前が?白いヤツらは?」


「そいつらと。空、お前に一度会ってるんだけど覚えてないか?フィフス、」


「ああ、覚えてるぜ、うるせえやつだった。アイツは自由でうらやましかった。一度噛みついてやりたかった」



かすかに覚えてる。むなくそわるくて、たしか、俺、



「怒鳴った」


「ああ、空の牙にビビったんだ、だからよく覚えてるよ」


「イライラしてたんだ、ちょうど」


「いつもは?」


「いつも暴れたあとは眠るか、ボーっとしてた。フィフスがうらやましかったな。だけどあいつ死んでた。お前がやったのか?」


「っ!?フィフスの死体、見たのか!?」


「ああ?まっぷたつだったぞ?」


「そうか」



 施設がぶっ壊れて、フィフスみたいに思いっきり走れて自由になれた。でも白いヤツらとか、いろんなやつらがバタバタ死んでた。その中にいた。あんなに走っていた足はあのイライラする笑顔の顔とつながってなかった。少しショックを受けているようなドラゴンに俺は言った。ニンゲンは弱い。だって、こんな俺たちを作った。



「打ち明けることってのはそれだけか?たいしたことねぇな」


「いやもう一つ」


「おう」


「施設をぶっ壊したのは、俺なんだ」


「っ!?お前が!?うそ、だろ?」



 さすがに驚いた。俺を自由にしてくれたのがこいつ?



「ああ、俺だ。殺したくなったか?」



 なんで殺すんだ?自由にしてくれたのに。でもたしかにすこしだけ、



「俺が何かを壊すのに理由なんてない、イライラしたら、テキトーに。あそこにいてイライラしない日はなかった。でも今でもイライラする。あそこが壊れても、とくには変わらなかった」


「そうなのか」


「でも俺を自由にしてくれたのは、お前だったのか」


「イライラするか?」



 俺の様子を確認するようにそばにより、顔をのぞかれる。近い。こんな距離に生き物がいたことなんて今までなかった。ぜんぶ、殺してたから。それか、俺が倒されていたか。それか、俺の意識がなかったか。



「どうした?また戦うか?」


「いや」



 俺よりでかい。年上だから当たり前だ。俺が腰かけていたベッドのはしにドラゴンも腰かける。近い。



「具合悪いか?さっきので頭うったか?」


「!?」



 頭を触られた。なでられ、ぼさぼさの髪をかき分ける。すぐ突き飛ばそうと思っていたのになぜか体が動かなかった。さっき疲れすぎたのか?



「だいじょぶか?」



 わかんない。わかんなくてイライラする。けど、この男を殺そうとは思えない。なんでだ?



「大丈夫じゃなさそうだな。あ!そうだ腹減ってないか?おーい!!赤ー!メシ」



 ほんとに、なんなんだ?



「は~いっ!って、わ!」



 完全にビビられた。まあいつものことだけど、というより俺のこの姿を見たらそれがフツーの反応。



「お二人ともドロドロじゃないですか!?どこで何してたんですか?もー、ごはんより先にオフロです!あ、床もベッドも汚れてるー」


「えっおなかすいてるよな?空?」



 なんなんだこいつら。



「いやすいてねぇし」


「空くんっていうんですか?よろし」


「なれなれしくすんなっ!」


「きゃっ」



 ドアのところまで戻って隠れる女。



「あードラゴン。俺はよろしくなれ合いっこするつもりはねえ」


「ああ、わかった。とりあえず、フロ行くか?」


「ああ」


「いっしょに」


「ああ!?俺の話聞いてたか?」


「ああ!」



 そしてぐいっとひっぱられ、抵抗したらひょいっとかつがれた。くそ、こいつなんでこんなに背高いんだ!揺れる、地面が遠い、



「っおい!俺、高いとこダメ、おろせ!」


「そうなの?」



 降ろされたけど今度は引っ張られる。



「ひきずんな!」



 くそ、ばかぢから。そして俺はいつぶりかわからない風呂に入った。



「なんだこれ!?」


「ひ!すいません、すぐさげま」


「やめろっ!」


「ひゃ!」


「あ、えとすんげーうまい!だからくわせろ」


「あ、」



 ポカンとする女。みるみる泣きそうな顔になる。



「お、おい」


「ありがとうございます!!」



 飛び切りの笑顔で深いお辞儀をされた。それからそのままずるずると一年が過ぎた。あの日俺はドラゴンに助けられて、そして今日もこうして生きてる。あたりまえ?いやいや、生きてていいわけねえんだ、俺らみたいなバケモンは。そう思っていたのに。赤の作ったうまい飯を食い終わったところでドラゴンにつかまった。



「遅いよ起きるの!今から学校行くぞー!」


「はあ!?お前ふざけてんのか?」


「いやいやほんとに」


「ことわった!!!この話は終わり!」


「ま、そう言うと思ったよ。だから俺は考えた!」



 そう言ってドラゴンはホテルの広間に全員を集め、言いやがった。



「俺、今日から先生になる!!」


「!?」



 みんな俺と同じ反応と思ったが、白だ。



「せんせいって何?」


「ほらなー先生必要だろ?」



 そして今までだらだらと、たまにドラゴンが借りてくるでぃーぶいでぃーを見たりして暮らしていただけの生活が変わった。俺より年上のお姉さん二人も白も、一緒にさんすうをやっている。



「あれ、葉、なんでそんなにわかるんだ?」


「私はサーカスの一団だった。家族で経営していた。一通りは問題ない」


「そうか!何をしていたんだ?」


「…」


「すまん。話せるようになったらでいい。じゃ、葉にも先生役をお願いしよう」


「ああ」



 たしざん、ひきざん、あとかけざんを少しやった。



「できた!」



 俺はドラゴンの手作りの問題に書いた答えを見せに行く。初めはわけわかんなくてイライラしたけど、問題が全部埋まった。答えが合っているか、思っていたよりドキドキする。



「あ、ごめん黄。今白で手が離せないんだ、葉のところに」


「ねえ!なんでいちひくいちはぜろになって、いちたすいちはにになるの?」


「だからーここにリンゴが一個あるだろ?」



 葉のお姉さん、正直苦手だ。というか怖い。いや、白の方が、赤の方が。うう、この中で一番弱いのは俺だからな。



「どうした?」



 赤を教えていた葉がこっちを向く。



「あ」


「できたのか?」


「おお」


「見せてみろ」



 ドラゴンから聞いた話だと、それほど年は違わないだろうって。でも大人っぽいし胸がでかい。



「おしいな。黄ちょっとそこに座れ」


「なっ命令すんな!」


「うるさいな、命令じゃない。その方がいいだけだ」



 いつも俺にうるさいって言ううるさいヤツ。仕方なくそばの椅子に座る。



「ここはな」



 そうしてしばらく教わって、だいたいできるようになってきた。数が大きくなっても慌てずに一個ずつやればいいんだ。あと、くくざんという歌を聴いた。



「とりあえず、2の段は覚えろ」


「ニノダン?」


「にいちがにににんがしにさんがろく、」



 変な言葉ば並んでいる。変なメロディーだ。よく聞いてみたら数字だ。へーっと言いながらドラゴンが寄ってきた。



「葉、いいなそれ。それにいい声だし歌うまいな」


「九九算知ってるだろう?」


「俺は歌って覚えなかったんだ。あとで俺にも教えてくれよメロディ」


「ああ」



 俺はニノダンを覚えた。カンタンだ。数字を一個飛ばしにすればいいだけだ。ドラゴンのところで何か荷物をもらってきた葉が帰ってきた。紙袋に入っていたそれを開けた。ラップで包まれたサンドウィッチだ。人数分、5つ。もう一人いるけど食べなくても平気だから問題ないらしい。



「腹減ってるだろ」


「おう。こんなバカみたいなことやってて、もう昼になった」


「けっこう楽しんでたように見えたけどな」


「うるせ」


「さっきドラゴンからいろいろもらってきた。黄、昼飯の買い物してみろ」



 渡されたのは紙。いや知ってる。お金はドラゴンから教えてもらった。人の顔が描いてあるのはなぜか聞いたら、偉い人は価値のあるものになってみんなに顔を知られるんだって言った。そしてそのボブってやつの話を聞いた。たしかにすごいヤツだった。そしてもう死んでると聞いてちょっと会ってみたかったなと思った。買い方は知ってる。フラフラして歩き回ってた時、陰から様子を見ていた。丸いコインとかお札を出して、そうするとうまいもんとか、よくわかんない紙の束とかと交換できるんだ。パンを食べながら、その紙の束を読んでいたヤツがいた。パンだけ盗んで逃げたこともある。



「お前は客で、サンドウィッチをとりあえず三つ買うんだ、私が店員役をやる。わかったか?」


「お、おう」



 緊張する。いつも見ているだけの景色だったから。



「サンドウィッチ」


「おひとつ200円です」


「くれ」


「おひとつでよろしいですか?」


「みっつ。って、だあっ!いつもどおりやれ!!なんだその笑顔は!?」


「それじゃ練習にならん。店員は物を買ってほしくて客にこびるんだ」


「コビル?」


「ああ、へらへら笑って機嫌をとるんだ」


「ああ、なるほど」


「お会計700円になります」


「これで」


「おい、お前もちゃんと計算してみろ。200円がみっつだ」


「はあ?えっと0はおいておいて、にさんがろく。あ、600円じゃねーか!だましたな!」


「ああ、だから気をつけて、金出せよ?」


「あ、おお」


「1000円おあずかりいたします。こちら商品です」


「ああ」


「ありがとうございました」



 くそー、なんかこう嘘くさい笑顔だけど、見慣れてないせいか変な感じだ。あの葉が俺に向かって頭を下げてる。笑顔で。



「おお」


「お前、おつりっていって、残りのお金を受け取らなきゃ」


「ああ?」


「いくらだ?計算しろ」


「よ、よんひゃくえん?」


「あたり」



 さっきとは違う笑顔。なんだ、これ?とりあえず顔をそむける。心臓がなんだかうるさい。



「やっぱ若いからか?のみこみが早い。よくやった」



 なんだ?なんでこんなにやさしい声で言うんだ?いつもの葉の冷たい態度はどこ行ったんだ?顔も見れねえ、心臓うるせぇ。



「どうした?具合悪そうだぞ?」


「ああ少し」


「…すまない」



 急に謝られる。声と表情が戻る。心臓のうるさいのが消えた。思わずほっとしてため息をつく。


「私少し、」


「んだよ?なんであやまる?」


「いや。なんでもない」



 そう言う葉の表情もいつものむすっとしたような顔で、俺はなんだかもったいないと思った。すごいキレイなのに。でも心臓がうるさいからこのままの方がいいか。



「ま、それじゃ、いただきます!」



 口の中に広がったのは、トウガラシとアンコの味。甘辛。



「っな!赤!なんだこれ!?」


「ひぇっ!?」


「あー!黄、それ葉が作ったんだよ?俺も手伝った!!ボスの大好きなアンコと俺の大好きなトウガラシ!」



 となりで葉が黙りこくっている。いや混ぜちゃだめだろう。味が、甘さに負けない辛さが、痛い。無言で立ち上り、一言。



「部屋に戻る」



 くるっと後ろを向いた葉にあわててドラゴンが言う。



「あ、ありがとねー葉!!」


「時雨さんっ!!待って!」



 赤は葉のあとを追いかける。そして残ったのは男三人。



「葉の料理は食べちゃいけない。わかったか?」


「っああ、身に染みてわかった」


「白、お前もおもしろおかしく葉と料理作るな!傷ついてたろ?」


「うん、でもさ!好きなものしか入れてないのに」


「くみあわせってもんがあんだよ!味見しろ!」


「ごめん俺が禁止したんだ、全部食うから」


「ったく」



 俺なんでこんなやつらといっしょにいるんだ?こうやって誰かと暮らすなんて思ってもなかった。イライラする。



「黄?体調悪いか?」



 イライラするのになんだか、なんだかよくわからない



「だいじょうぶだから、いちいち心配すんな、どいつもこいつも」


「なあ黄?」



 俺を上目遣いで見上げる白、こいつはヤバい。今まで何とかかかわらないようにしてきたけど。って、だからなんでいっしょにいるんだ、俺!?



「んだよ?」


「いちひくいちってなんで0なの?」


「まだそこだったのかよ!?」



 思わず突っ込んでしまった。殺される、と思ったがそんなこともなくくりくりの目が俺を見つめる。ほんとになんなんだこいつら。



「ねえ?」


「ああ?おんなじもんからおんなじだけとったらなくなるだろ?」


「あーそっか!すげー」


「おお!」



 なんだか、いろいろ考えてるのがばからしくなってきた。行くあてもない。学校なんてもってのほかだ。それに何をするために生きてるかもわかんないし、のんきに生きてるやつがうらやましくなっていった。許されるのならこのままここにいるやつらと暮らしたい。そう思うようになった。

 それでも、



「ドラゴン、俺出かけるわ」


「どこに?」


「そのへん」


「帰ってこれるとこまでにしなよ?」


「ああ…悪い」


「悪いのは君じゃない」


「黄、いってらっしゃ~い!!」



 そして今日も出かけていく。俺はあの施設を出てからあてもなくぶらぶらしていた。そのくせが抜けない。どこに行くわけでもない。前はこんなボロホテルみたいに同じところにとどまらなかったから、帰り道を覚える必要なんてなかったのに。



「夕飯までには帰っておいで」


「おう」



 いいんだか、悪いんだかわかんねえ。むしゃくしゃする。俺の頭はオカシイ。どうでもいいことですぐ頭に血が上る。だけどその分反動でボーっとなる。この間はホテルまでの地下通路で寝ていた。ドラゴンと赤にものすげえ心配された。俺もここにいる奴らもみんなバケモンだ。ニンゲンじゃねえ。だから生きていちゃいけないんだと思っていた。うとうとしながら聞いた泣きそうな声がどうしてか忘れられない。



「帰ってきてくれてありがとう、死んだのかと思って俺、死にそうになったよ。おかえりなさい、空。早く目を覚まして、ただいまって言ってくれよ」



 俺、いつもただいまなんて言わねーじゃんかよ。だからその日ももちろん言わなかった。

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