第7話 いろ

 殊羽は運転手にドアを開けてもらい車に乗り込む。



「遅かったじゃない、殊羽君」



 黒ずくめに挟まれたろいながいた。驚いて固まる殊羽に早く、と急かす。



「あれ今朝は黒づくめの人だけだったのに」


「あなたの安全のためよ、薫君はガードだからついてないけど、飛鳥ちゃんの車にも真ちゃんが同乗してるわ」


「安全ってなんでまた?」


「今日の手紙、来羅ちゃん直接もらったみたいで会議のあと倒れちゃったのよ。原因はまだわからない。それで直接敵さんに会った時のためにガードの私が来たのです」



 殊羽が手を挙げる。



「いくつか質問いいですか?」


「ええもちろん」


「敵って俺らの家とか知ってるんですか?」


「たぶん。玲なんて狙ってくれって言わんばかりに世間にさらしてるわけだしね。でも基本的に学校にいるときしか攻撃を受けたことはない。各個撃破すればいいのにね」


「今回は可能性があるってことですか?」


「ないと私は断言するわ」


「どうしてです?」


「学校にこだわりがあるのよ、きっと。もちろん勝手な考えだけど。でも一人だけ狙われたのは今回が初めてよ。だから、念のために」


「なるほど。もう一つ、ガードの仕事って護衛と雑用と、」


「違うわよ。雑用はあなたたちにもお願いするわ」



 ニッコリ笑顔のろいな。間が開き車の走行音がしばらく響いた。すれ違う車のライトで笑顔が照らされる。



「そうね、表向きは生徒会をまもるためそのために事務などの仕事を優先するわ。もう一つ」



 ろいなは人差し指をピッと挙げた。それは殊羽を指差す。そしてまるで銃のように撃つふりをする。



「あなたたちアタッカーを殺させてはいけないの。玲なんて言ってたけど、生徒会と国を敵から守るのがアタッカーの仕事。わたしたちはあなたたちを敵から守るのが仕事。盾ってことよ」



 車が止まる。殊羽の住むアパートの手前の信号。二人の顔が赤く照らされる。



「じゃあガードの薫とか真ちゃんとか、」


「私とか?」


「もし」


「アタッカーのためになら死ぬわ」



 瞬間、信号が青になる。ろいなのいつもの笑顔と殊羽のいつもの苦笑いが青に染まった。車が動き出す。



「はは、そんなこと聞きたかったんじゃ」


「もうすぐあなたの家ね。部屋の前まで行くわ、ガードマンを二人玄関の前に置くわ」


「らじゃーっす」



 それから無言で部屋の前に来た。520号室。



「そうね、あ!子連れ、で覚えておくわ」


「ふははっそんな覚え方せんでくださいよ」


「もう覚えちゃった。おやすみなさい」


「ありがとう送ってくれて。あ!これ薫から」



 ポケットから先程もらったルビーを取り出し、ろいなに渡す。



「これ」


「あー俺の分はまたもらっとくんで。じゃっおやすみなさい」



 笑顔でドアを閉める殊羽。



「ふー」



 どこか悲しげな彼女の瞳はくすんだ青。



「ろいな様、それではお気をつけて」



 大柄な男二人がサングラスの目で少しだけろいなの青い瞳を写し、頭を下げた。



「ええ、ありがとう」



 ろいながその場から見えなくなるまで、頭は上げなかった。それから車が桜家に着くまでの間にろいなは眠った。運転手は眠っているろいなを見たことがなくかなり驚いたが、到着を伝えた。



「ろ、ろいな様着きましたよ」


「ふえ?」




 ○○○○○○







 あなたたちも守る役目があるんだっけ


 こんな私を



 あなたたちの大事な家族を守るために

 わたしを守る


 本当、面白い



 ねえ、赤い石

 赤を見ると思いだすの




「あなたの赤い目がほしい」



 私の声が響いてくる

 私は誰と話していたのかしら

 その人も私に言った




「あなたの青い目がほしい」





 ○○○○○○


「来羅ちゃん大丈夫?」



 声が耳に響く。この声はろーちゃん?だいじょうぶ?らいらどうかしたのかな?



「ああ。よかった」



 やっぱりろーちゃんだ。安心してる。ハッとするって言うんだっけ?らいらベッドに寝てたんだ。あれ?でもここはどこ?



「あのね、来羅ちゃんここ生徒会室のベッド、そーくんに作ってもらって。どこか具合悪いところない?」



 首を振った。ろーちゃんがまたハッとした。



「よかった。会議のあと倒れたのよ?原因もわからないし、敵と直接手紙交換なんてしたことなかったから」



 そっかおぼえてない。ちょっと頭が痛いのはそれでかな。眠い。



「毒か何かじゃないかって。あ、来羅ちゃんっ」



 フラフラする、今支えてもらったのかな?



「ろーちゃん。なんか、眠い」



 らいらがそう言ったら、ろーちゃんはほほえみした。



「大丈夫よ、『白』か」



 ろーちゃんの顔がなんだか怖い。



「話をしましょうヴェニエラ」



 何かにつつまれる?


 あおあおあおあおあおあおあお

 あれ?青い空?ここどこ?

 空が青い、雲が白い。空の中にいるみたい

 アオハコワイ

 ナニカヲオモイダス

 あれ?

 でもそれって怖いことじゃないはず

 思い出したかったのに

 どうして?

 らいらはだいじょうぶ

 きけんじゃないよね



「いいえあなたは危険よ」



 空から声が落ちてくる

 青色が強くなって

 胸が苦しくなる

 胸かな、ここなんて名前だろう?



「あなたは危険すぎるの怖いくらいに」



 らいらはきけんじゃないって言ってた

 らいらは何も知らない何もしてない

 なんで危険なんて言うの!?



「だから怖いのよ、あなたは何も覚えていないわ。それほどあなたの壊した何かは大きすぎる」



 ろーちゃんの声がだんだん近づいてくる

 まるで空の中にいるみたい

 らいらまで青くなってしまいそうで

 すごく怖い


 らいらはなんなの?それを知ってるの?

 あなたがどこにいるのか見えないよ!



「私には見えるわ。あなたの声が聞こえた。何かを思い出す、怖いって。私には見えるわ。あなたの泣き顔が見えた。だから私はここに来た」



 らいら泣いてないもん!!

 その言葉を言うことすらつらい

 なんで?

 泣いてる人はなんだか怖い

 きっとあの目からこぼれてる水のせい



「じゃあここはなに?ここはあなたが作る夢の世界。あなたの世界、青い世界、





 っ!!

 はあはあ

 さっきのベッド?夢?

 誰もいない、だいじょうぶだいじょうぶ


 起きる。制服ぐちゃぐちゃだ

 ベッドの上に座って、びっくりした

 顔が濡れてる!?

 泣いてる?らいら、泣いてるの!?

 嫌っ!!!!いやぁぁぁぁぁ!



「来羅っ!!!!」



 瀬川宗治くん



「来羅!!どうした!?何かあったのか?」



 そーそーに聞いた。声がフルフルする



「ねぇ、宗治くん、私泣いてる?泣いてないよね!?」


「大丈夫だ来羅、大丈夫だよ、泣いてない」



 そーそー安心させようとしてる

 くりかえしくりかえしだいじょうぶ

 らいらはだいじょうぶ

 そう思えたら笑えた

 笑う

 泣くことができないから

 だって

 怖いから

 ワタシハナケナイ




 ○○○○○○



 俺は生徒会室にいた。裕太が珍しく外に出ていて、玲は先生に呼ばれている。いつもならこんなこともないのだが。本当に来羅が倒れたあと、この生徒会室に寝かせておいて正解だったな。あの来羅が取り乱すなんて。体中汗ばんで、オレンジがかった髪も制服もぐちゃぐちゃで、俺が来るや泣いていないかなんて。今はだいぶ落ち着いたようだ。いつものように笑っている。その笑顔で俺に笑いかけた。



「宗治くん大好き!来てくれてありがと」


「…なあ来羅、」


「うん?」



 俺が言いたいのは何も好きって単語の方じゃない。来羅はだれかれかまわず好意を持つ、そしてあだ名をつける。あだ名をつけるのには理由がある。そうしないと名前を覚えられないのだ。どうしたんだ、



「お前、俺の名前、わかるか?」


「むー!!お前じゃない!私の名前は紅来羅!よろしくね!!そうだなー瀬川宗治くんだからそーそー、って呼ぶね!!」



 それは。


 俺と来羅がこの生徒会室で再会した時のセリフ。ヴェニエラから紅来羅になった日。嫌そうに青色のセーラー服を着て、嬉しそうに赤のリボンをろいなさんに結んでもらって、そして元気よく自己紹介をした。



「そーそー、さっきはごめんね、私、泣いちゃうことが怖いんだ。涙ってなんだか、怖い」



 玲の家で初めて会ったヴェニエラではなく、生徒会室で生まれ変わった紅来羅に初めて会ったその時と同じ。


 まただ、

 泣けない少女は壊れんばかりの笑顔で

 俺を壊した



「ねえ、どうしたのそーそー、泣かないで?泣いちゃ、だめなんだよ?」



 だけど今回のはもっとひどい



「来羅、俺もお前が好きだよ」


「うん!らいらもそーそーのこと大好き!」



 お前のその笑顔は俺の涙だ

 だけどそれはお前を守るんだな

 なら俺はその笑顔を守る






 〇〇〇〇〇〇









「いや、ならいいんだが」



 宗治の声だ。ここは生徒会室応接室、昼休み。午後から総会があることもあり廊下は騒がしい。



「昨日も言っただろう。敵に何をされたかは知らんが、一時的な脳の記憶障害だろう。名前なんていたるところで目にするわけだし」


「そうだが来羅が自分のことを私、とも呼んでいたんだ」


「それだって周りの真似だろう。宗治、ちょっとおかしいぞ?」


「心配なんだ。発症するとどんなことがするかわからない、と昔玲が言っていたのを思い出してな」



 ソファーに座り背中だけの宗治。いつもと同じで2人はここにいるとたいてい顔を見ずに会話をする。玲は少し間を開けて呟いた。



「うろ覚えだが確かに言ったな。だが、ヴェニエラを焼き殺すことに成功したときお前もいたよな?」


「ああ、隣にいた」


「もう大丈夫なはずだ」


「これは俺の想像、いや妄想だが、来羅は自分を、ヴェニエラの症状を抑えたまま生きているんじゃないのか?」


「必死で燃やし尽くして、それでもなお灰の中に横たわっていた少女。正直ぞっとした」


「俺はあの時死ぬかと思った」


「はは、僕もだよ。だけど結局徹底的に検査したが全く別の生命体という結果が出て、我が家の研究員達としてはヴェニエラだけを殺して、元の自分を守ったのではないかと。まあ、こじつけなんだけど」


「ああ、そうだよ、こじつけなんだ。でもそれ以来彼女が暴走することは全くなくなった。だから、ヴェニエラはもういない。そう信じて、いいのか?」


「宗治、どうしたんだ?」



 玲はは腰かけていた椅子から立ち上がりソファに手をかける。宗治はこちらを向かずに答える。



「来羅が言ったんだ。泣くことが怖い、涙が怖いと。ヴェニエラは泣いていた。来羅は自分の中の彼女の存在を恐れている。なんて考えたんだよ」



 キーンコーンカーンコーン



「チャイムだな。今日家で紅を調べてみることにするよ。お前はいつも深く考えすぎだ。これから総会があるんだぞ?」


「分かってる。お前こそそうだろう、働きづめで。生徒会長とそれにこっちの頭でもある」


「去年も聞いたな」



 2人とも少し笑った。じゃまた、そう言い去っていく宗治。


 バタン



 部屋のドアが閉まる音、足音が遠ざかり誰もいなくなった部屋に静けさが走り、



「まったく、宗治はいつもこうだ」



 また椅子に腰かけ机の上で手を組みあごを乗せた。



「裕太、お前もいつもそうだな」



 玲から向かって左の壁が動く。現れた部屋のカウンターテーブルには猫の二クスが。そして奥のパソコン群にはぼさぼさの髪と肩にかけるだけの学生服。



「呼びましたー?」


「お前も話たいことがあったんだろう?」



 裕太が小さく息を吸う。



「宗治先輩に隠し続けるなんて無理ですよ」


「そうかな?あいつは意外とぼーっとしてるぞ」


「会長ったら。自分でそうしたのに」


「そうか僕のせいか。それより聞きたいことは別だろう?」


「オレのいつもってなんなんですか?オレ相手のことばっかで自分のこと分からなくなるんすよ。知らないすか?会長?」



 玲が小さく息を吐き微笑む。



「相手のことを知ろうとすることじゃないか?情報屋の父と同じく。そしてそのかわり自分や誰かをないがしろにして独りで死んでいく。寂しいな」


「玲、」



 裕太が椅子を回転させ横顔を見る。そしてまた呟く。



「オレはあんたが、いや会長、オレ会長が嫌いです」


「ならついてこなきゃいいんじゃないか?別に嫌なら去ればいい」


「それが脅してる人のセリフですか?」



 こちらを見てにやりと微笑み、全く分からないというオーバーな手振りをする玲。



「僕がいつ、お前を脅したのかな?」



 裕太もわざわざ悩むようなそぶりを見せ、棒読みのように言う。



「んーそーですね、何度もありますけどたとえば今ですかね。いいですよ、またいつものように親父の秘密守るためにあなたの下につきますよ、喜んで」



 回転いすを回し後姿になった裕太に話しかける。



「僕のいつもってなんだろうな?教えてくれよ」



 裕太は少し大きめの声で言った。



「会長ですか?会長は会長らしく、エラソーにそこの椅子に座ってすべてを知ったような顔して命令してるのが、そーじゃないんですか?それ以上とか、必要ないっすよ」


「そうかもな」


「あれれ、チャイム鳴りましたから午後の総会始まりますよ?今年の総会気をつけた方が、らいらちゃんが大変でしょう?」


「ああ来羅、いや紅がまた倒れたら困る」


「そういやなんで会長、紅って呼ぶんですか?」


「あいつが赤が好きだからだ」


「はあ」


「ま、いってくる」


「いってらっさーい」



 先程の仕掛けで壁が動く。玲はドアの手前まで行き振り返った。閉まりかかった壁に向かって言う。



「いつもありがとうな、裕太」


 バタガコン


 ドアの閉まる音を消すように壁がくっ付き、秘密の生徒会室には自動的に明かりがつく。パソコンの前で肘をつく。いかにも不機嫌な様子だ。



「うっわ、うざった!嫌いだ」


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