第5話 へんか
「おはよう」
「おはようございます飛鳥お嬢様」
いつもどおり。
「いってきます」
「いってらっしゃいませ」
メイドの佐藤さん、いつも朝は外を掃除している。いつもの車に爺と乗る。いつもの景色。
「飛鳥お嬢様、今日は殊羽ぼっちゃんはいらっしゃいますか?」
いつもどおりじゃない。あれ、ぼっちゃん?
「殊羽が気に入ったの?」
「ええ。メイドたちも喜んでおりました」
「そうね、彼はモテるみたいだし」
「大丈夫です!お嬢様のほうがお美しいですよ」
別に殊羽の整った顔に嫉妬なんてしてないんだけど。まあ爺だしな。
「今日は来ないよ」
「さようでございますか」
今日会ったらどんな顔すればいいんだろう。昨日は調子が狂ってばかりでいつもどおりじゃなかった。泣いてしまうなんて思ってもなかった。全然起きなくて、身動きもせずに涙を流す彼。どんな夢を見ていたのか想像もつかないけど、次から次へと。殊羽の顔と同じくらい私の制服の袖は濡れていく。ふと気づいたら、私も泣いていた。
「到着いたしました」
「ああ、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
爺が開けたドアから出て、門の前の階段を上る。きっと頭を下げているんだろういつもどおり。振り返りもせずに歩く私もいつもどおり。学校の門をくぐったところに殊羽がいた。よかったと思った。それは、
「あ、飛鳥ちゃん、おはよ」
「おはよう、殊羽」
それは、帰ってこないおにいちゃんを心配して、だけど帰ってきてくれたあの日と、ほんの少しだけ似ていて。
「昨日の帰り。さ、その」
「ああ、だいじょうぶ。昨日は2人とも少しおかしかったから」
「そうだな」
だけどあの日私は離してしまった
おにいちゃんの手を
二度とその手を握ることはなかった
「昨日帰ってから体調良くなった?」
「うん!てか、ごちそうで体調は戻った」
「昨日のディナーはいつもより華やかだったけど」
こんな顔しかできない私に
あなたは
「そのおかげでめっちゃ元気!!」
その笑顔が
ほんの少しだけ胸に刺さった
ほんの少しだけ胸に響いた
○○○○○○
「紅 来羅!」
ビクっと二人が反応する。敵サンズの一人だから当然だ。
「かわいらしい彼女に渡してほしいものがあるんだ」
「はーい!!俺がいきまっむう!!」
口をふさぐと不服そうに俺を見上げてきた、女の子に見える幼い顔。
「赤、君にお願いするよ。でも白、お前もついていくんだ。敵陣地じゃ何が起こるかわからないし、それに」
赤の心配そうな顔。
「白の記憶の手がかりかもしれない子なんだ」
白の表情が変わる。そして予想どおり、不敵な笑みをこぼす。
「わかった」
「じゃ、これを」
机の引き出しから真っ白な封筒を取り出す。赤がハッとする。さすがに幼稚すぎるかな?
「お!俺にそっくり」
「それじゃ二人とも頼んだよ」
「イエスボス!」「え?ええっ!?い・・・いえす」
「赤、やんなくていいから」
「っもう白ったら!!!」
「あははっ!」
〇〇〇〇〇〇
今日は少し。いえ、かなり心配な日です。
「赤!!遅いよ!早く準備して!!」
「は~い!あと少しです!」
私の部屋のドアを叩きながら可愛らしい声で私を急かす彼。白。そのコードネームを聞いて、本当に彼にピッタリだと思ったのは、もう何年前ことでしょう。彼の名前は泉。といってもドラゴンがつけた名です。泉のように湧き上がる力をもつ彼を、泉のように澄んだ彼の思いを表しています。
支度はもう整えたんですよ、白。でももう少し待って?今回のこの始まりがいったいどんな終わりを生むのか、私怖いんです。この写真を撮ったとき、本当は怖くて怖くてたまらなかったんです。なんだかみんないなくなってしまいそうで。
「あ~~~~か~~~~!!」
「はい!」
「もお!!」
今日は始まりの日。というほどはっきりしたものではないけれど、そのきっかけの日。行こう。私はみんなをまもるって決めたんだから。
「お待たせいたしました」
「うん、かわいいから許してしんぜよう」
「かわいくないですよ?」
「その服どうしたの?」
「時雨さんが、最近ミステリー物の小説にはまってらして」
「あ!その本の絵見たよ!!そっくり!」
うう、でもなんでマントにベレー帽なんでしょう?
「赤はみんなの分の服作ったでしょ?だから赤の分はあたしがって、葉がはりきってたよ!!!」
「はりきってたんですか!あの時雨さんが!?」
「うん!戦ってるとき見たことある眼だった。かるものの眼ってやつだよ!」
そんなに必死にがんばったんですね、時雨さん。そんな素敵な服に包まれているなんて幸せです。
「でね!!すごい集中力でね!黄が必死で似合わないとか、下手くそとかちゃかしてるのにさ、いつものうるさいって言わなかったんだよ!?すごいでしょ!!!」
「ええ、ほんとに。あ、時雨さん!」
いつものポニーテールに大きな眼。あまり感情を表に出してくれない。ふふ、今日も本に夢中になってる。可愛い女の子です!
「赤、に白か。出かけるのか?」
「はい。時雨さんの作ってくれたこの服で、私頑張ってきますね!!」
おお!あの時雨さんが照れている。きょとんとした顔。下向いて赤くなって本に目を落としてしまって。か、可愛い!
「…ああ」
「いってくるね、葉」「行ってきます」
「いってらっしゃい」
よいしょっと、地下通路に続く重い扉を開けて時雨さんと別れる。薄暗い通路、耳をすませば私たち以外の足音が聞こえる。地下だからすごく響く。隠そうともしない足音が私たちに気づいたのでしょう、音が止みました。
「ねえ、赤?誰だろう?」
白が小声で私に聞く。もう相手にバレていると思うんですが、私も乗せられて小声で話します。
「大丈夫です。敵ではないですよ?」
「なんで?」
「ここは安全なんです。それにこの」
ダダダダダッ!
「誰だ!?」
大きな声でそう聞いてきてしかも走ってきたのは黄くん。みんなまちまちに生活してるし、この通路で誰かと鉢合わせなんて滅多にないからびっくりしたのね、きっと。でも敵だと思って飛び出すなんて。危ないことを相変わらず。それにこの、におい。
「なあんだ、赤のお姉さんに白か」
「黄おかえり~」「おかえりなさい」
「ああ?おう、ただいま」
照れてる。可愛い!私たちは年齢はあいまいにしか、正確になんて調べようがないから微妙なところだけれど、感情の激しい繊細な年頃の男の子です!
「って!あのホテル別に家じゃねえだろ?それにここまだ通路だし!」
といいつついつもここに帰ってくるくせに、ここしか帰るところなんてないのに、素直じゃないなぁもう。やっと最近になってただいまって言ってくれるようになりましたね。
「今日のごはん、時雨さんに任せておきましたから」
「え!葉に!?」
「私が作っておいたチャーハン、温めるようにって」
「なんだ、よかった~!!」
へなへなっとしゃがみこんだ黄くんに白が近寄っていう。
「赤のごはん大好きだもんね!葉のごはんはちょーっとねぇ?」
「ああ、そうだ好きだ、って!何言わすんだ!!?」
「好きじゃないの?じゃあ、食うなよ?」
「っ!!す…き、嫌いじゃない、だけでうまいから食うだけだかんな!!っこの!変なこと言わすな、てるてるぼーず!」「うわっ」
赤くなってそういうと目の前の白のフードをかぶせた。本当にこの二人は微笑ましくて兄弟みたいです!
「ありがとうございます!」
「あ、おねえさん、俺こそうまい飯あんがと。あとこの服も、あ~くそ!!あといってらっしゃいっ!!てめえまでちゃかすな!」
背中を向けて怒鳴られました。今日初めてですよ?嬉しいものですありがとうにいってらっしゃい。二ついっぺんに初です!!
「はい!いってきます、空くん!!」
「「「あ」」」
「空って名前なんだー!!かっこいー!!」
「んなっ!!赤っ!ってめ、なんでバラすんだよ!?」
「すいません!ついうれしくて本当にごめんなさい」
お名前とコードネームを聞いたとき、ピッタリだなって思ったんです。空のようにのびのび生きてほしいって、ドラゴンさんが言ってたんですよ?白のきらきらと輝きだした黒い瞳に見つめられながら何度も名前を呼ばれてイライラしている空くん。でも空くんはいつも言う。俺はイライラしない日はない。アイツらのせいだって。だから今日も変わらず出かけていく、そしてこのにおいをつけて帰ってくる。
「っ白!!てめ!次呼んだら!」
「空!」
「この、」
「呼んだよ?何するの?ねえ何するの?」
ボロ負けですね。
「殴る!!」
「あはは、できないくせに~!」
ひらひらとかわす白にやっぱり敵わな、
「じゃ、赤を殴る」
「っえええ!?」
急にこちらを向いた空くんは、眉間にしわをよせ牙を見せて笑う。宿る獣はやっぱり空くんの言うアイツらのせい。頭に血が上りやすい体なんだ、俺はなんでも食っちまうぞと空くんが説明してくれた日も覚えてる。その拳が目の前に見えて…すいません、空くん!
「なんで?」
ほっぺたを赤くして地面に倒れて、ああ本当にごめんなさい。白がうつぶせの空くんの上にまたがり、ツンツンの頭をぺしぺしと叩きながら説明します。もう、白ったら。
「あっはっは、ばっかじゃねーの!赤は俺より強いんだよ?触れずして勝つ!!!自分のパンチでおねんねしてなっ!」
「っくそ、赤い目か」
「ごめんなさ「あやまんな!」
そういうと空くんは走って行ってしまいました。
「あーあ黄、負けず嫌いだからなー」
「手当、どうしよう」
「葉がいるしだいじょぶだよ!あ!」「あ」
「ふたりっきりだね!」「ですね!」
ぜひ陰から見守りたいけど、もう時間がないですし急がなくては、
「行きましょうか?」
「うん!ゆーゆー!!!」
「なんですか白、それは?」
白の目が輝いた。
「とにかく!らいらちゃんの前ではそう名乗ること!いいね!?」
「え、どうして?」
「いーから!!行くよ!」
「あ、ちょっと待ってください!」
ばさばさとだぼっとした服をばたつかせて走る。本当黄くんの言った通りてるてるぼうずのようです。私はてるてるぼうずを追いかけます。地上に出るので、白は先程のフードを、私はベレー帽を目深にかぶって学校へ。地上は眩しくて、白い君もそれはもう眩しくて。その笑顔も見ているこっちが辛いです。もう始まってしまう、君の涙は見たくありませんでした。この戦いはいったいどんな結末を迎えるのでしょう。それとも、終わらない?未来まではこの呪われた赤い瞳でも見ることができません。とても不安で、心配です。みんなの成長がいい方に向かうのか、それとも。それが怖くて怖くてたまりません。ですがその恐怖でも私は生きていることを実感してきたのです。みんなといること、いっしょに生きているということを。驚いたことに怖いけど楽しみなんです。嬉しくて、ほんの少し寂しい気もします。こんなにたくさんの気持ちがいっぺんに味わえるなんて思ってもなかったんです。ねえドラゴンさん、あなたって人は、いったい私をどれだけ幸せにしたら気がすむんでしょうか?
「もう~赤!!ボーっとしない!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい、白。」
「よろしい!では参ろうか、ゆーゆー!!」
「それホントにやるんですか?ちょっと!」
いってきます
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