第4話 まぼろし
「だろーと思った」
〇〇〇〇〇〇
完全にスルーされました。だと思ったよ、そんなことだろうと思った。
「情報屋さんの影響?」
なんかまだ調子狂ったままだな、あのときからずっとだよ。ついてきたのは俺だし、俺が悪いんだけど。
「そうね、あなたのこと知っておきたくて」
「育ちのいいお嬢様が俺を?」
「ええ」
「理由は?」
「ふと、あなたと話したくなった。それでは駄目かしら?」
うーむ。ま、いいか。
「ねえ飛鳥ちゃん。演技してるつもり?俺のことじゃない、違う何かが知りたいんだよね?何をお望みだ?」
「…私、兄を探しているの。あなたなら知っているかもしれないと、そう思って」
「情報屋さんに聞けばーなーんて」
「私を釣るためのエサをそう簡単に渡してくれるわけないし」
「もしかして」
「ええ、始めから全部ウソで私は騙されたのかもしれないわね」
「俺もそのタイプかもよ?」
「たしかにあなたはいつも冗談ばっかり言ってるイメージがあるわ。それなのになぜかしらね?」
さりげにひどい印象持たれてたんだな、俺。そして、無表情ならぬ霧氷情でそんなことを言う闇月の氷の姫君がひどくわからない。
ふと話したくなっただけ
それじゃだめ?
ねえシュー、聞いてる?
「ねえ殊羽、聞いてる?」
ふと似てる、そう思った。そしたらそうとしか思えなくなった。
「あ、ごめん」
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい」
「で?お兄さんはなんて人?」
「信じるの?」
「飛鳥ちゃんがここで嘘ついてもメリットないもん」
「闇月 羽月」
聞いたことない。そもそも亜月にいたのもそんなに長くないし、
「ごめん、全然聞いたことなかった」
「そう。わかった、ありがとう」
そう言ってベッドに腰掛けようとしてふらついてしまう飛鳥ちゃん。支えようと俺は座っていた腰を浮かした。
「触らないで!」
「あ、すかちゃん」
そのままベッドわきにへたり込む。うつむく間際の表情が俺を固まらせた。
「ごめんなさい。本当は…本当は少し、いえとても怖かったのよ。あなたの言うとおり育ちのいいお嬢様。私、あなたのような関係者と話したことないの」
一瞬見せたあの人間の顔にすぐさま仮面を被る。表情がなくなっていく。それがひどく残念だと思う。サワラナイデ。言われたことがある言葉とおびえた様子。だからとくにだいじょうぶだったけど。ふと思い出してしまった。アイツの時は、全然大丈夫じゃなかった。
「未だに思い出すのよ」
心に刺さるなにかがあった。
「私、闇月として登録されてはいるけど、一度も集会に参加したことはない。仕事をすれば、ただそれだけでよかったから、集会とか交流は全部兄の役目だった」
ただ淡々と流れるように。
「小さいころは見ているだけ。追い出される前もほとんど分家や関係者と話したことはない」
立ち上がって俺に近づく。悲しいかな身長は俺がちょっとだけ大きいってくらいだ。
「だから身構えていたのは確か。あなたにどう質問すればいいのか、さっぱりで」
「そう。俺も癖が抜けてない。身構えてバリバリ警戒してたよ」
「そうね、私芝居臭かったものね」
微笑む。自嘲なんだろうが無表情以外の表情が出る。原因は全部それ。だから、俺はそれから逃げ出した。
「こんな話一切する必要はない。そう思ってあの高校にも来たし、飛鳥ちゃんの部屋にも。って、まあ予想はしたけどさ」
といつものように笑って見せたら、微笑み返してくれなかった。
「へらへら笑うのやめてくれない?」
こわ!なんかすごい睨まれた。確かに場にそぐわなかったかもしれないけどなにもそんなに
「…から」
「!?」
ポツリと、本当に小さな声で呟いたその声を、聞かせる気などない、聞こえないように呟いたであろうその声が、聞こえてしまった。
お兄ちゃんに似てるから
未だに思い出す
俺へらへらしないようにしようとか、でも俺にそんなことできるかとか。どうしよーもないことを。俺、ホントばか、
「殊羽?」
「ん、何?」
その時すぐ、しまったと思った。なぜかそんな予感がした。
「「どうしたの?シュー?私にはわかる。私もそうなるときがあるから」」
「あなたは私とは全然違うけれど。あなたはそういう時、笑うのね」
飛鳥ちゃんはそう付け加えた。けどまさか、一字一句同じだとは思わなかった。そして何より驚いたのは、その声をその姿をこんなにも鮮明に覚えている、俺自身に対してだった。
未だに思い出す
そうか
バタン!
「え?殊羽?っちょっと殊羽!!?どうしたの?ちょっと!爺!!!爺来て!!」
〇〇〇〇〇〇
「ねえ、シュー?なんか言ってよ」
「ねー」
何も言えるわけないだろ、俺は今ケースの中なんだよ
あ、やっとおきた
いきなりなんだ?頭の中に声が流れ込んでくる?なにこれ?
「知らないの?君の思うこと、私わかる」
へー!で?なに?ねむいんだけど
「話したくなっただけ。それじゃだめ?」
「ねえシュー?聞いてる?」
なんで口で話すの?
「だって頭使うと疲れるよ?シューは疲れない?」
よくわかんない。それよりシューってなに?
「きみ」
?俺はNO25だ
「ううん、シュー。なんとかシューなんとかって黒い人がそう言ってた」
黒い人?そんなのいるの?
「いた。走っておっかけたら白い人がなんかして走れなくなった。そしたら黒い人いなくなってた」
どこか痛くない?
「ううん。今は歩ける。まだうまく走れないだろうって白い人も言ってた。それよりさ、あ。そろそろだ」
うん
「またあした」
なにそれ?
「また来るよってこと」
「「ちょっとシュー、なんか言って?」」
ああ、まただ!!
飛び起きた。ということは寝ていたんだな、俺。
「殊羽!!?よかったっどこか痛くない?熱はなかったけど体、だるくない?」
取り乱した様子で目が赤い。飛鳥ちゃん?
「私が変な話をしたせいね、ごめんなさい」
「それよか飛鳥ちゃん、泣いてた?」
「いいえ」
そんなきっぱり!?顔と袖はなんで濡れてるんだと突っ込みたくなったが、やめた。ベッドサイドに立ち膝で、俺を見上げる飛鳥ちゃん。
「とにかく具合の悪いところはないのね」
そう言ってベッドに腰掛ける。俺は空気を壊しにかかった。
「うん!びっくりしちゃったね、ごめんね?」
「ねえ、もしかしてあなた気づいてないの?」
「何、に」
飛鳥ちゃんは無言で自分の袖を俺の目元に押し付けた。うそだろ?俺の手は自然と顔を覆う。そんな俺にいつもの声で飛鳥ちゃんが聞いた。
「泣いてた?」
ホント、俺バカだな。
「いいや」
こんなときにも笑って誤魔化す。
「車、出すわ」
「ありがと今、何時?」
「19時半に、なるところ」
そんなに寝てたか、俺。そりゃ心配にもなるわ。って、俺は驚く。あすかちゃんなんで人が寝てるのに、思いっきりベッドに腰掛けたんだろうって思ったけど、これ飛鳥ちゃんのベッドじゃん。
「飛鳥ちゃん?」
「あ、ごめんなさいつい癖で、失礼したわ」
俺は飛鳥ちゃんがどけてくれたおかげでベッドから抜け出た。そのあとごご馳走を頂いて。とりとめのない会話をしながら、別に気まずくもない。こんなでかい別荘で一人でなんて特に思わないけど。話しながら食事するのなんてって飛鳥ちゃんが言ってた。俺は玄関先で靴を履く。飛鳥ちゃんが見送りしてくれた。しかしもう何年も泣いてないのにな。なんてことを何度も繰り返し。なんで?なんて、もう答えは出てるんだけど。
「じゃーねー」
「それじゃ、殊羽、また明日」
っ!!?まただ!
「へっ?」
って、な、にやってんだ俺は!?
「いや、ごめ、また、あしたね!お、おやすみ!」
逃げた。逃げるしかなかった。
バタン
爺と言われてた教育係って人が車のドアを閉め、動き出す。飛鳥ちゃんの方なんか見る余裕がなかったから。そうだ、あの氷の姫はいったいどんな反応してたんだろう?
「おねがいします」
「はい、それでは」
気まずい!これから行く俺のアパートまでの道のりを教えながら進んでいく。
「そこ、左です」
「はい。あの亜月様」
「はいどうしたんでしょうか?」
うわずった。な、何をおっしゃるのか教育係。整った顔立ちに、先程からなんだか眉間のしわをきっちりつけていらっしゃる。
「どうぞ、飛鳥お嬢様の心を惑わしてください」
「はいすいません!!…へっ?」
突然すぎて変な声が出た。ちょうどさっきの飛鳥ちゃんみたいに。
「あのように、抱きしめること、このような爺にはできませぬゆえ」
「いや、そんな年じゃないでしょう」
「亜月様。私、木下と申します。どうか、お嬢様をよろしくお願いいたします」
「はい…」
なぜ、返事をしているのだろう。勘違いをされている。まあ、別れ際のハグにしか見えなかったわけで。またあしたってどんな顔して会えばいいんだ?
あ、あの、時も
くそフィフス、なんでよりにもよってアイツなんだよ。俺が初めて
始めて殺した相手
「亜月様、やはり顔色がすぐれないようですが」
「いや、だいじょうぶ、だいじょうぶです」
「殊羽様とお呼びしてもよろしいですか?」
「え」
思わず沈黙してしまった。木下さんがすかさず言う。
「失礼いたしましたあつ」
「殊羽と呼んでください」
思わず言ってしまった。木下さんはしばらくしてから言った。なんだか悲しげな声だった。
「かしこまりました。またいらしてくださいね、殊羽ぼっちゃん」
「あのぼっちゃんは、ちょっと…」
「申し訳ございません」
狂わされてばかりで
「殊羽様、到着いたしました。ここでございますか?」
「ああはい」
いつの間にか到着していたようで、わざわざ車も用意してもらって、この車なら目立つこともない。もちろん自分でドアを開けて振り返ると笑顔の木下さんがいた。
「本当にありがとうございました、えっと木下さん」
「いえ、お礼をするのはこちらの方です。飛鳥お嬢様からも、私からも、ありがとうございます殊羽様」
やさしそうな笑顔で、
「それでは失礼いたします」
お辞儀をして、笑顔のまま走り去る車。
なんだかな
ここはアパート。公園のわきを通り街灯の下を歩く。少しだけ寒い。春の夜風が吹き抜ける。なんか狂うな。普通に過ごそうと決めていたのに。すぐに闇月の姫のハイキック。あの時に話しかけなきゃよかった、好奇心だらけで。あの施設の出身が普通に過ごそうなんて無理なんだろうな。
バカだなあ、ホント
ふと顔を向けたブランコに
アイツがいた
楽しそうにこぎながらこちらを向く
そして
まばたきをしたら消えた
あるのは風に揺れるブランコだけ
「ほんと調子狂う」
呟いてみた
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