第3話 じょうほう


「追い出された者として、少し有名なんよ?」


「ゆうくん!!」



 ろいなが裕太を遮り、立て続けに玲も言う。



「裕太、こっちが頼みごとをするんだ」


「へいへい。とにかく情報を集めるのがオレの仕事。お2人さん今後ともよろしく」



 上機嫌な裕太に玲が咳払いをする。



「すまない。これが我が部員。そして君たちにもぜひこの部に入部してほしい」


「ぜひ」


「あ、飛鳥ちゃん…別に俺も暇だけどさ」


「じゃあ、らいらたちの仲間入りだね!ここではね学校のパーティとかもするし、ないしょ部屋であやしいこともするし、悪者もやっつけるのだよ!!」



 殊羽の戸惑う姿を気にも留めない来羅が、抱きかかえたニクスで猫パンチをしながら元気よく説明した。



「まあ拒否権、なさそうだしな」


「嫌なら断れ。遊んでいるわけじゃない」



 すぐ後ろの宗治が同じく呟いた。



「別に嫌とかじゃないんですけど」


「察しはついているだろう、お前たちで言う仕事だぞ?お前は嫌じゃないタイプか?」


「仕事…学校なのに?」


「教えてやれ」



 玲が組んでいた足を正し、表情のない声で説明した。



「そうだな…僕は命を狙われている。なぜか、国の経済を担う家だから。殺されては困る。なぜか、学校の経営もしてるから。だから執行部に守らせる」


「あなたの執行部。いや、生徒会ですね」



 全く変わらない飛鳥の大きな二つの目が玲を見つめる。



「ああ、一般生徒はこのことは知らない。もちろん口外禁止だ。飛鳥君、君は入るんだね?」



 飛鳥は瞳を閉じてうなずいた。視線を移された殊羽は笑顔で答える。



「俺っすか?飛鳥ちゃんに真ちゃんに来羅ちゃん、ろいなさん。女の子だらけだし入るに決まってますよ」


「きまりですねー」



 裕太がのんびりとした口調で割って入る。



「よーこそ。生徒会執行部へ」


「裕太、それは僕のセリフだ」


「いーじゃないすか。待ちわびたアタッカーなんすから、ねぇ会長?」


「そうだな。君たちは攻撃専門のアタッカーと呼ばれる。君たち二人が入ることを前提にこの制度を設けた。紅と裕太がアタッカーだ」


「オレは情報あーんど機械のほうでね~」


「防御専門は、わたしと真ちゃんに杉琳君。そーくんとゆうくんはアタックあーんどガードなんだよー」



 ろいなが説明しながら、棚の引き出しから何かを持ってきた。青地に白で月の模様が入っているバッジを二人に手渡す。



「証のバッジ!」


「生徒会執行部としての仕事も頼む」


「はい」「はーい」



 細かい部の説明を受け、その日は解散となった。その日の夜。生徒会室、ともう一つの部屋は壁が開いて今は大きな一部屋になっている。時計は21時半をさしていた。ほとんどの学校の関係者はいなくなり、電気も落とされている。この生徒会室のみ明かりがついている。外から校舎を見ればまるで目印のようにポツンと残る。もちろん事務員のミスで消し忘れたわけではない。そしてもちろん生徒が残ってるはずがないのだが、



「玲、来羅ちゃんなんて言ってたの?もーいっかい!」



 ろいなが玲に質問をする。とてもめんどくさそうに棒読みで答える弟。



「紅にちゃんと言葉教えてやってください」


「早く」


「らいら、家のおしゅでんで今日かえるね」


「あー!お手伝いね!音聞けば分かるみたいなんだけどなぜか音読みばっかり覚えちゃって、訓読みはまだまだね」


「姉さんわざと仕組んでませんか?」


「んなことよりろいなさん、だからってなんでそーちゃんが」


「誰がそーちゃん、だ」



 ふざける裕太をにらみつける宗治。



「ジョークっすよ先輩怖いってば」


「ああ、ちょうど生徒会室に来てて目についたからだよ、そーくんが」


「ろいなさん。そーくんもあまり好かぬのだが」



 どこかおずおずとした宗治の様子を楽しむようにきっぱりと断った。



「嫌。ずっとこうだし、わたし年上だし!」


「だから姉さん、他の生徒に見つかったら危ないので家に」


「大丈夫よ万が一のために事務員としての登録もしてあるのです!それに」



 ろいながノリノリで秘密の生徒会室の机の引き出しから出したのはこの高校の制服。



「ほら、わたし背も小さいし年もあまり違わないでしょ?だから、ねぇゆうくん?」


「オレからはなんとも…てか、なぜオレ?」


「なんとなく」


「ま、今日は大丈夫だろう。裕太閉めろ」


「ホント会長ってお姉さんがきら」


「早く」


「へいへい」



 ガコンと動く壁。



「じゃ、またね」



 ろいなの笑顔が閉じた。ふーっとため息をつく玲。にやにやとするのは宗治。



「気持ち悪いぞ宗治」


「悪かったな。全校生徒に見せてやりたいもんだな。お前のその苦い顔」


「宗治だって、姉さん苦手だろう?」


「ああ」


「僕もお前がそーくんって呼ばれてるところを校内放送で流したいよ」


「やめろ。お前ならやりかねん」


「なら笑うな」


「ああ、わかったわかった」



 そこでふと、玲が思い出す。



「あれ、いつだかお前姉さんが好きだって言ってなかったか?」


「お前はよくそんな昔のこと覚えてるな」



 普段学校ではめったに見せない笑顔だった宗治が苦笑いになる。応接室のふかふかしたソファにごろんとしてあくびをする。



「もうむかしむかしの話だよ」


「はは、もう眠いのか?」


「いや、何時に帰るんだ?」


「僕と裕太と姉さんが仕事を終えるまで」



 眉間にしわを寄せ、ソファから身を乗り出し振り返る。玲は学校書類のハンコ押しを終え、書類をまとめているところだった。



「玲」


「毎日やってるんだ。説教するな」



 手をシッシっと振り、宗治が話し出そうとするのを制止する。今度はよくわからない英文の文書に目を通し、机の引き出しから何かをを探し始める。



「もういい。何も言わん。そういやいつも閉めるのか?」


「いや、今日は紅がいないから、ろいな姉さんつまんないんだと思う」


「裕太、大丈夫なのか?」


「たぶん」


「とんだ会長だな」



 一方、秘密の部屋。



「じゃオレ仕事ラストスパートかけますね」



 そういって再び画面を見つめ作業し始め、カチャカチャと言う音が早くなる。そこにはたくさんの情報が表示されてた。この国の財閥たちの一覧表、外国の輸入企業、政治のスキャンダル、どこかの国の内戦の現状報告、今入ってきたのはパスワードでロックされたメッセージだ。



「ないしょ部屋ね。さすが来羅ちゃん、そのとおり」


「はは、一日中ろいな姉さんがいりゃーね。まあ他にもたくさんないしょがあるけど、現に俺が今見てる画面とか」


「ゆうくんに姉さんって言われるのなんか嫌なのよね」


「昔からそう言ってますね、聞いていいすか?理由」



 コーヒーを作りながら呟いたろいなと、画面と会話しているかのような裕太。その質問に答えずブラックコーヒーを混ぜている。



「えーと、ろいな姉さん?」



 珍しくへっぴり腰での裕太のおちゃらけ。ろいなはコーヒーを一口飲み、ポツリ。



「嫌だから」


「答えになってないすよ」


「いやー私の弟は玲だけだから」


「そーすね。あれ真ちゃんも姉様って」


「妹はいいの」


「うーぬ」


「妹になる?」


「いいえ」


「つまんなーい」


「・・・・・・」



 無言になっていったん静かになる。もう一口飲み、ろいなが裕太のそばにそのマグカップを置く。



「どうぞ」


「ありがとうございます…」


「さーて仕事するか」






 〇〇〇〇〇〇


 私立蒼井高等学校、生徒会執行部。桜家の御曹司が入学し、それまでの執行部は身を引いた。学校行事もテキパキこなす、学校から独立した秘密だらけの組織集団。



「あ、バッジ!!」


「ホントだ!すごい!」


「かっこいいよね玲様。いつもビシッとしてて。でもたまーに微笑むところ!


「「いーよねー!!」」


「一年の子入るらしいわ、いったいどうやったら入部できるのかしら」


「紅ちゃん、かわいいよなっ!」


「ああ。ずるいぜ玲様ってのはさ。こんな俺たちよりもさらに上にいんだぜ?」


「ぜーんぶいいもん、もってくもんなー」



「このバッジまるで自己紹介してるようなもんだ」



 あたりまえのように並んで横にいる殊羽に、もうあきらめたのか飛鳥が答える。



「そうみたいね、通る人大体見てるみたい」


「集まり、明日だっけ?」


「そう。あなたとこうして並んで歩いてるのも見られてる原因みたいなんだけど?」



 殊羽と飛鳥コンビを恨めしく見る人も少なからず。



「あすかちゃん、美人だから~」


「あなたもじゃない?」


「え?そう?うれしーな!一つ欲を言えば、名前で呼んでほしいかなーなんて!」



 そんな殊羽を見て歩みを止める飛鳥。表情は変わらないままだ。



「殊羽。今日の帰り、私の家に来てくれない?」


「へえ、わかりました、あ、俺チャリンコなんすよ、どこですか?」


「今日は私が送る。明日は迎えの車を出すわ」


「わかりました!…って!はい!?」



 殊羽が妙な声を上げた。声の大きさに飛鳥が眉を寄せ、気まずそうに耳打ちする。



「しー、なんか用事とかあった?」


「めっちゃ、暇ですけど?いや、どしたの?」


「殊羽のこと、知りたいの」


「え?」


「なんてね」



 最後の授業中、殊羽はひたすら考えていた。



「うーん最後笑顔だったしな」



 そして放課後。



「殊羽、帰ろう」



 なんて飛鳥が言いに来た。下に降りると爺がいつものように待っており深々とお辞儀をした。



「今日はこいつも乗っていく。亜月の家のものだ」


「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「亜月殊羽です。すいません、お願いします」



 車に乗り込み数十分。飛鳥は自分の家について話した。海が見える家で風が強い日もあるが眺めが綺麗なこと。父親の別荘であること。家ではメイドしか雇っていないこと。



「なんで?執事は?」


「なんか嫌で。理由はとくにないけど」


「ふーんそうなんだ?」



 到着。客間に通そうとした爺に、部屋に行くからと告げた。飛鳥の部屋は二階。大きな窓から夕陽に染まった海が見える。



「さてと飛鳥ちゃん?」


「殊羽のこと知りたい。いろんなこと」


「いろんなことって…あ、スリーサイズ?」


「亜月で、仕事、してた時のこと」


「だろーと思った」



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