第2話 あたらしいこと
巨大な校舎は完全に外と隔離されている。門番が東西南北に存在し、私有地の森と学校を守っている。ふもとへ降り切るとこの時間は満員電車が通過するがその音は全く聞こえない。ここ私立蒼井高等学校は老夫婦が校長と教頭をしている歴史と人気のある学校だ。昨日盛大な入学式が終わり今日から学校生活が始まる。飛鳥は昨日のうちに必要なものはすべて学校に揃えておいた。つま先をトントンとし、しっかりと上履きを履き終えた瞬間、いつの間にか後ろにいた男子生徒が殴り掛かってきた。飛鳥は驚くことなくしゃがみこむ。男子生徒のパンチは下足箱の『闇月飛鳥』の文字に当たった。すぐに体勢を整え、立ち上がろうとする飛鳥に2、3発目の突きを間髪入れずに繰り出そうとする。
「くそ!!」
やけくそになっているようだ。2発目は左腕だけで、3発目は右手で彼の左手首をぎっちりと握る。一瞬だった。手首を引き代わりに足を出してダイナミックキック。それは背の高い彼の腹に見事に決まった。彼はあらわになったスカートの中を見ることも叶わず、声にならないうめき声をあげ飛鳥より小さくなった。冷たい目で見下ろす飛鳥。特に何も言わずにその場を去ろうとした。しかし、
ぱちぱちぱちぱち
「?」
拍手とともにまたも学ランの生徒が現れた。へらへらした口調で飛鳥に近づいていく。
「やるね~流石、闇月のお嬢様!おっと、警戒しないでくださいね。そいつとはまるっきり関係ないっすよ。危害を加えるなんてとんでもない。俺は厚木 秋」
飛鳥は大きな眼を細めて彼を見る。明るい髪を小さく後ろで結んでいる。その耳元にピアスが揺れる。
「何の用?亜月 殊羽」
「あらバレてる。いや俺も新入生なんで挨拶を、です。同じクラスだし何より美人だし!よろしくね!!飛鳥ちゃん」
殊羽がそう微笑みかけた時には飛鳥はもう廊下を歩いていた。わざとらしくかくっと肩を落とす殊羽。撫で肩だ。
「ちょっと~どこ行くのさ?」
飛鳥の隣に並んで歩く。身長もほぼ同じだ。
「ね~飛鳥ちゃん」
「どこに行ったってあなたには関係ない、教室」
スタスタと殊羽の方を見向きもせずに言う飛鳥に、殊羽はにやにやしながら名前を呼ぶ。
「飛鳥ちゃんこわ~い!お~い!!あっすかちゃーん!」
飛鳥が殊羽の前に出た。
「だから何の用?」
長い髪が揺れ、急に大きめの声の飛鳥に驚いた殊羽が、思わず敬語になる。
「え、えっと、教室は二階の南側で今は一階の北側に向かってるんですよ。階段もそこにあるんだけど。だから呼んでたんですよ、飛鳥ちゃん?」
「へ?うそ」
今までのが嘘のようなすっとんきょうな声が出る。
「うん、本当」
そんな飛鳥をさも面白そうに見る殊羽。
キーンコーンカーンコーン
「「あ」」
ほとんど同時に二人が呟く。無言で殊羽を通り過ぎ階段へと急ぐ飛鳥。
「あ、ちょっと待ってよ飛鳥ちゃん!」
遅刻。お嬢様学校といえど、といっても揉み消せないこともないらしいが、そう出席簿に書かれた。明日は遅れないようにねと美人の担任が注意するだけ、ではなかった。
「遅刻した生徒二人は生徒会室に来るようにって、さっき生徒会長が言ってたわ。指導するって」
二人の席は飛鳥は廊下側。殊羽は窓側。もちろんアイウエオ順だ。クラスは20人ほどの少人数でA・B・Cクラスがある。二年生は一クラス少ない。もちろん執事含め20人ほど。執事がつかないものの方が多い。ホームルームで自己紹介、委員会決め、係決めなど、授業は明日から、校舎の説明はなし。先生曰く、
「この学校とにかく広いの!あ、みんなにとっては広くないのかもしれないけど。とにかく!自分に必要のあるところしか三年間で使うことはないから。はいこれ地図。一つ一つ自分で行ってみるのが一番!」
と、体を動かして笑った。お団子の2つ結びの姿は子どもっぽいのに、体型は大人のそれでコアやファンが多い彼女は、水島 緑先生。
「これくらいかな、はい本日はこれで終わり。ただし委員会の人はそれぞれの教室に向かうこと。ミーティングがあります。係活動は1-Cの教室。つまり私のところね!じゃ、日直~」
殊羽の前の席の起立!の声でやっと殊羽は起きた。そして立った。二人はどの活動にも入らなかった。部活の見学に行く生徒もいるようだが、基本的にはもう帰宅してもよい。飛鳥が席を立つと殊羽が寄ってきた。
「で?なんで君は後をついてくる?」
なんだか飛鳥は笑顔だけれど怒っているようで、殊羽が敬語になる。
「えっと、行く先が同じなのでついて行ってもいいでしょうか?」
「なんで付きまとうの?」
「美人だから!」
冷たい飛鳥の視線をもろともせずに満面の笑みの殊羽が即答した。
「飛鳥ちゃん?なんか、言った?」
急に廊下の一点を見つめだす。ボーっとしていた飛鳥の顔の前に殊羽のにへらっとした顔が飛び込んだ。
「わぁっ!っとかしてみたり」
「馬鹿なの?」
「ヒドイっ!」
オーバーなリアクションで泣くフリの殊羽を何のことなく無視し、生徒会室の方へ歩き出す飛鳥。
「ああ!ヒドイ!!」
言いながらついていく殊羽。
〇〇〇〇〇〇
ばか!お兄ちゃんのばか!!なんでつれてってくれないの?あすかもう大人だもん!行くの!!いっしょに行くの!!
「飛鳥!兄ちゃん帰ってくるから、次行くとき一緒に
こないだもそうやってだました!ヒドイわ!そうやってべつのおんなのところにいってるんでしょう!?わたしをあいしてないの?え~っとあと
「どこからそんな言葉を!?飛鳥!!」
お兄ちゃん?泣いてるの?
「うん。あすか?兄ちゃんすっごく悲しいんだぞ!?飛鳥と離れて仕事行くの。でも行かなきゃいけないの!」
くるしー!!!お兄ちゃんくるし~!あつくるしーよ!
「暑苦しいもどこで覚えた!?はははっ、ま、行ってきます!いい子で待ってろよ~」
うん。うん!いってらっさい!!
くるしくはなくなったけど
ばか
○○○○○○○○
「ばか」
「すいません!!ホントにごめんなさい!もうしないですから何か一つくらい返事してください!!!」
殊羽は必死だった。
「へ?ああ、別にいいんじゃない?」
「え?」
「え?」
「生徒会室につきましたよ~?」
「あ」
「話、何一つ聞いてないんだ」
殊羽は涙目に。しかし切り替え、一変して嬉しそうである。生徒会には必ず美人がいるよね、という話をさっきまでしていたのだ。聞いている相手はいなかったが。勢いよく金の取っ手をひねる。
「失礼しまーす!!」
殊羽の声にかき消されて飛鳥の声はほとんど聞こえなかった。そしてもう一つの鈍い音もかき消されていた。殊羽の目の前に飛び込んできたのは学ランだった。正確には人だ。無表情にそれを後ろへと受け流す。後ろにいた飛鳥はかわし、見もしない。攻撃したわけではないのだが、男子生徒は仰向けに倒れ、腹を抱えうめいている。二人は男には目もくれず、それが飛んできた部屋の中を見る。中にいたのは三人だった。目を引く学ラン姿の男は髪を結い肩に垂らしていた。木刀を手にしていることから、先程攻撃したのはこの生徒のようだ。こちらを見て多少驚いている。部屋の中央の机、そこには『会長』の札があった。椅子に偉そうに足を組んで座っていた。そしてもう一人。
「あ、来たんだね!新入部員さん!!」
生徒会長にコーヒーを持ってきた女子生徒。上の方で長い髪をツインテールにまとめている。それを揺らしながら二人に近づいてくる。珍しいものでも見るかのように殊羽と飛鳥を見回して言った。
「ちょっとびっくりしちゃった?いきなり人が吹っ飛んできたもんね。でもここじゃちょっとそれはひじょうちゃめしごとっかな?」
その場の全員が沈黙。しばらくして会長がコーヒーを置き、
「
「うん!!さはんじ!」
再び沈黙。会長が咳払いをし、気を取り直して話し始めた。
「本当は入学式に誘いたかったんだが担任の先生にお願いして今日来てもらった。君たちに我が執行部に入ってもらうことになった」
「こんな突然?入ってもらうことになったって?」
殊羽の陰から飛鳥が疑問を口にする。
「突然じゃないんだよ。立ち話もなんだ、中で話そう」
二人が応接室に入り、長髪の男がドアを閉めそのまま寄りかかる。
「でもいったいどういうことですか?あなたたちのことも、あの先程の男のことも、なぜ部に入らなくてはいけないかも」
飛鳥が椅子に座りながら言った。殊羽も隣で続ける。
「それにそこの可愛らしいお嬢さんのお名前も聞いてませんし」
笑顔で返す女に、にっこにこの殊羽。視線を移し正面の男を見ながら続けた。
「それに、後ろで陣取ってる怖そーなお兄さんのも、偉そーなあなたのも。どこにいるのかしらねーが、なぜかこちらをじろじろ眺めてる人達のもね」
「ええ、気になりますね。会長さん」
飛鳥がうっすらと微笑んだ。おお可愛い、殊羽がそう思った。
「ふむ、やはり敵わないな。別に僕が命令したわけじゃないんだが。覗き見するなんて」
パチン
ガコン!ガガガガ
会長が指を鳴らすと東側にあった壁が左右に開いた。部屋が現れる。壁にはぐるっとカウンターテーブル。その上にパソコン3台、一人パスコンの前に座っている。さすがに南側に窓はなかった。棚の方にはテーブルがなく、折り畳み式のベッド。部屋には男女2人ずつと一匹がいた。女子一人はカウンターテーブルで猫を撫でている。もう一人女子が抗議しながらこちらに出てきた。
「玲様ったら、覗き見ではありませんわ。こういうのは審査というものでしょう?私たちだって気になりますもの」
少しウェーブのかかった肩までの金髪を振って、会長をむすっとした感じで見、腕を組む。玲と呼ばれた会長はため息をつき、話し始めた。
「もう言われてしまったが、自己紹介をしよう。僕の名前は桜
「こんにちは!!生徒会副会長と新体操部員のらいらです!!で、こっちのこわーいお兄さんは」
「瀬川 宗治。三年。そこのメガネの男は
ビシッと指を差された、天然パーマの彼は少しドギマギしながら言った。
「あ、あの、えっと、お二人と同じで一年です。柔道部とかけもちしてます、よろしくお願いします。こちらの方は
先程のウェーブの子が髪をかきあげて前に出る。
「まったくもう、私は真。よろしく飛鳥さんに殊羽さん。この部で唯一の二年ですわ。書記を務めています」
「よろしく。真ちゃんに来羅ちゃんね。二人ともすっごくかわいいっすね!もう一人の女の子は?」
殊羽が真に手を振って答えた。それに来羅がありがとーっと手を振り返し、真も礼を言う。
「ありがとうございます。あちらは桜 ろいな様。玲様のお姉様ですわ」
「わたしはろいな。ここの卒業生、ここにいるのは秘密なのです。何もできないけど応援してるから頑張ってね!新入部員さん、あ」
立ち上がったろいなの足に猫がすり寄ってきた。ロシアンブルー。きれいなグリーンの目をこちらに向ける。
「この子は二クス。オスでーす!本当はゆうくんの子なんだけど、なんかわたしに懐いちゃって。ああゆうくんは奥の子。山本裕太君。情報屋さん」
まあ、わたしも同じようなものなんだけどと言いながら、奥のパソコンの方に寄っていく。飽きてしまったのか来羅が二クスと遊び始めた。
「ゆうくん?」
「はいはい。オレの説明はもういいねー?わざわざ紹介の仕方まで決めて。そんなことより、オレが教えたいのはここのこと。会長はもったいぶるから」
そこでぐるっと椅子を回転させこちらを向く。ぼさぼさに伸びた髪が揺れた。
「財閥の中でただ一つ。当人が殺しの技術を代々受け継ぐ『闇月家』。分家も数多くある。だけど『亜月家』ここももう何年も前に闇月と敵対し生き残りはほとんどいない」
「「!?」」
飛鳥と殊羽はお互いに驚いた。何も知らない。それは二人が
「追い出された者として、少し有名なんよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます