つきあかりもつきて

新吉

第1話 はじまりのはじまり

 あなたはわたしとひとつ

 わたしとあなたはひとつ


 わたしは青 愛しさ

 わたしは赤 憎しみ


 わたしはついていく

 わたしはひきつける


 わたしたちはひとつには戻らない



 ある日一人の魔女が殺されました

 魔女は自分を二つに分けました

 彼女は自分を殺した男を愛していました

 愛しさと憎しみを込めて二つの命として

 その男のもとに生まれました



 〇〇〇〇〇〇〇〇




 ここはとても平和と呼ばれる国。世界は今や200ヶ国ほどに独立し、みなそれぞれに暮らしていた。中では世界戦争の余韻で内乱の続く国も、武器開発の盛んな国もまだまだあった。そんな中でこの国は戦争の加害者でも被害者でもあり、1番といっていいほど早くに戦争の2文字を捨てた。そして今は経済と技術の発展する国で命の危険を感じることのない日常を送っている。生活のために仕事をしてお金を稼ぐ。政治のトップと経済のトップ、そして飾りとしての王がいた。3人のバランスをもって成り立つ平和な国。他の国から逃げてきた難民の受け入れもする優しい国。武器と兵士を捨て大国に媚を売る弱虫な国。色々な呼ばれ方をしているが、もっともこの国を表すのにふさわしい呼び方がある。



「こどもの国、おじさんは僕にそう言いましたよ」


「失礼よね、なんだか遊園地みたいじゃない?」


「姉さん、そのままの意味ですよ。僕らはこどもですから」


「じゃあ私たちの国でもいいじゃない」





 〇〇〇〇〇〇〇〇





 僕は君が怖い

 君のすることはありえない

 魔女なんて存在しない

 だけど君は自分が魔女だという

 確かにそうであるなら納得がいく

 だが、どう考えたって魔女なんてもの

 存在しようがないんだ

 君の魔法は何かの手品だと思っていた

 どうしてタネが見つからない

 いままでのタネをいい加減教えてくれよ?

 いくら考えても実験してもダメだ

 ダメなんだ


 私は彼の目の前で羽をはやした

 ほうきで飛んでも

 信じてもらえなかったからだ

 そして空へ飛び立った

 私は大きな声で彼に声をかけた

 こんな私でもまともに話をしてくれた人間

 輝くような、まるで子どものように

 私の魔法ではしゃいでいた姿を

 もう一度見たかった


「○○!私の魔法で空へ!いっしょに!!」




 〇〇〇〇〇〇〇〇



 ここはとある廃ホテル。



「これでそろったな」


「さすが!俺のこと分かってる」


「やっと全部そろいました。すいません、遅くなってしまって」


「大丈夫。よくやってくれてるよ助かった」


「もうすぐ始まりだな!!楽しみだ!」


「うるさい。熱くなるな」


「ちっ分かったよ」


「舌打ち、やめなさい」


「ボ、ボスが言うなら」


「ふん」


「ッなんだよ!文句あんの


「うるさい」


「…けっ」


「ボス!今日の集まりはこれでおしまい?」


「ああそうだな」


「じゃー今度はいつ?」


「明日、またこの時間にこの場所で」


「…なあボス、」


「なんだい?」


「このボスっていうのやめねえ?」


「あ…あのできれば私も」


「だよな!おねーさん!」



 声が響く。しばらくして明かりが消え、その場にいた者たちは上の階へ眠りについた。全員ではないようだが。



 一方その頃、私立蒼井高等学校生徒会執行部では、新入生を迎えるための準備をしていた。まだまだ寒さの残る中、あたたかい生徒会応接室では小さなミーティングが開かれていた。メンバーは男女2人ずつで4人のみだ。



「さて、今日は新入生についてだが、前回話をした通りアタッカーが2人、ガードが1人だ」



 偉そうに椅子に座っている少年が話し出す。会長と書かれた札が机の上にあり、その通りこの男は生徒会長である。



「玲、裕太やろいなさんも一緒に話を聞かなくていいのか?」


「ああ二人は大丈夫だ。ガードの一人は杉琳 薫君」


「杉琳ですの?私の家とも取引をしているところですわ」



 金髪、碧眼、少しきつめの目をしている少女が不機嫌そうに呟く。それを見た隣に座るツインテールの彼女が話しかけた。



「まーちゃん?『すぎりん』ってどんな家なの?」


「そうですわね、来羅さんと少し似ていますわ。ぽわっとしているんですの。最近有名になってきたのでまだ取引に慣れていないんだと思いますわ」


「まあ、まことの言うとおりだな」


宗治そうじに言われたくないだろうな。お前ほどぼーっとしてるやつはいない」



 宗治と呼ばれた長い髪の強面の少年は少しムッとしたが、そのまま聞いた。



「残り二人のアタッカーは?」



 玲は机に肘をつけ、顔の前で手を組み、怪しげに微笑んだ。



「問題はその二人だ。一人は闇月 飛鳥」


「闇月!」



 真が目を見開く。宗治の表情も明らかに変わる。一人、何の事だかわからないというように来羅は首を傾げた。



「分家同士で内乱をしていた、あの武闘派の?」


「そうだ。そしてもう一人はその分家の、亜月 殊羽しゅうだが、名前を変えていて厚木 しゅうだ」


「亜月、その二人が執行部に入部し、さらに共闘してくださるのでしょうか?」



 真の考え込んだ様子を見、微笑む会長。



「大丈夫だ。実は二人ともすでに家との縁は切れている。生き残りも少ないしな。そして二人とも内乱が起きていることは知らない。さっき裕太に確認してもらったが二人に縁のある人物はすでに他界していた。」



「よくわかんないけど、ゆーたんすごーい!!じゃ、そーそーの剣でぶった切ったり、まーちゃんのムチは出番なし?」



 来羅の元気のいい声がシリアスな空気をぶち壊した。力ずくかよと宗治が呟き、玲も少し笑った。そのまま微笑みながら言う。



「相手によっちゃあるかもしれないし、これからはそういう時は本気で。もちろん殺すつもりで頼む」




 〇〇〇〇〇〇〇〇




「そうか飛鳥の記憶はそのままなのか」



 廃ホテル01号室。誰に言うでもなく呟いた。俺がしたことは本当にあれでよかったのかと、今でもなお思う。もう終わり、そして今新しく始まろうというのに。俺の名前、闇月 羽月うづきといってももう捨てた。思い出すだけで吐き気がする。それほど嫌いなこの名前。記憶がそのままということは、飛鳥は今でも闇月の性なのか。



「助けられなかったってことかよ」



 苦笑いするしかなかった。声に出さなければよかった。耳も痛い気がする。そして最悪なのが俺を探してるってことだ。それをネタに執行部に入部してしまうのではないか。しかしわからないのが殊羽のほうだ。闇月の内乱に巻き込まれたとばかり思っていたが、その前に亜月を離れている。そして名前を変えてそれから今日まで。一人で来てしまったというのか。こんなところまで。独りで?こんなにも俺のしたことは何の結果も見出さないことだったのか?運命は変えられない、そう誰かに高らかに笑われている気さえする。そして、そんな二人が出会ってしまったというのに、それでもそのままというのは、もうお互いに忘れてしまったのか。思い出だけがひとりでにそんなにも心を動かすのか。いつの時代でも。って、俺も同じか。この平和な世界は悲劇の上に成り立っていることみんな知らない。時間というのはいつでも流れていく、忘れることも変われることも、忘れられないことも変われないこともある。いいのか悪いのか。



 コンコン



「ドラゴンさん赤です」


「白で~す!!」



 この二人も、ここにいる奴らはみんな。



「ボス?おっきろーっ!!!!」



 ドンドンドンドン



「あー!はいはいどうぞ!」



 勢いよくドアが開き、てるてる坊主が飛び込んできた。



「ボス~!!」



 ぼすっとベッドにダイブした。名の通り白ずくめのこの子。見た目も頭脳もまあ子ども。ただし実年齢20歳。



「白。そこに俺はいないだろ?」



 俺はデスクの椅子に座っている。



「ボスのベッドでしょ!?俺もこれがいい!」



 言うなり立ち上がりジャンプする。ほほえましい光景だ。彼の髪は2色つかいで伸びるときは黒髪なのだが、見る見るうちに根元から白くなってしまう。そのため今は毛先だけが黒い。降りなきゃだめですよ、という赤の声に全く応じず、はしゃいでいる。



「白!赤を困らせるな。それにスプリングベッドはだめだ」


「すぷりんぐ?」


「そのベッドのこと。中にばねが入っているんだ。白にあげたらいくつあっても足りないよ。俺のベッド壊すなよー」


「ちぇー」


「もう、君はドラゴンさんの前に来るといつもいっ」


「てい」



 言いかけた赤の足をていっと蹴る白。下から不満そうな顔を上げ、



「言わないでよ、赤!?」


「言いませんよ、もう」



 知っているけどな、白が俺に甘えていることくらい。そして俺以外だとなかなかこうはいかない。やっと最近ほかのみんなとも馴染み始め、ほっとしているところなのだ。この二人のやりとりにいつも心が和む。二人を組ませてよかった。あのころ当時はどうなることかと思ったが、今ではすっかり赤によく懐いている。この二人はどうだろうか。俺のしたことは、本当に、



「ドラゴンさん」



 赤、いや優お前はいったい今何を思う?



「不安、なんですね…ボスがいつも言ってくれているとおり、大丈夫ですよ。私は、こんなステキな皆さんと一緒にいられて、今、すごく、すごく幸せです」



 優、お前は本当に、



「あ!!ずっるー!またドラゴンさんと赤でいつものないしょ話でしょ!やらしー!エロい!!ひわいー!!!」


「やっやら?ひっひわ!!?」



 ボっと耳まで赤くなる優に俺までドキっとしてしまったじゃないか!



「白!どこで覚えてくるんだそんな言葉?」


「へへ、前に黄が持ってたざっしに!!」



 っあの思春期め!多感な時期だからな。



「あとは漢字にふりがななくて読めなくって」


「「読まなくてよろしい!!」」


「あー!!また仲良し!!えろっむぐう」



 もう口をふさいでやる。はあ本題に入ろう。



「昨日言い忘れてたんだけど、生徒会執行部に新たなメンバーが加わる。今日も集会するつもりだったけど、2人にそれをみんなに伝えて欲しいんだ、今ゆうたんの報告書読むのに忙しいから」


「昨日の意味ないですね…」


「昨日のは衣装のお披露目会だからいいの!」


「ドラゴン、ボスっぽくなーい」


「なんだと!出てけ!」


「バカっぽーい!!」


「こら!白それはいくらなんでも」



 そうして部屋を出ていく。さてと、そろそろもうグダグダ言ってられないな。始まるんだ。相手は手ごわいし、容赦なく攻めてくるだろう。結果がどうだったとしてもあの時の俺によって、今俺とここにいるこいつらをなくすわけにはいかないな。



「闇月の家訓、そういう時はマジで殺すつもりでいくこと」



 はは、本当に懐かしい。




 〇〇〇〇〇〇〇〇




 行かないで

 なんで、なんでよ!お父さん!!

 離して!離してよ!!

 あっ待って!ねぇ、お母さんっ!!!!



 彼女は飛び起きた。驚いてあたりを見回す。見慣れた家具たち、自分の部屋だとわかると安心したようにため息をついた。



「夢、久しぶりにあの夢を見た」



 コンコン



 無機質なノック音にどうぞと彼女が言う。失礼しますと低い声がして、ドアが開く。中年の男性、スーツ姿だ。



「おはようございます、飛鳥お嬢様。本日より高校が始まります。制服を準備しておきますのでお召しになりましたらお食事に致しましょう」


「ん。爺、遅刻か?」


「ギリギリ間に合うかと」


「わかった」


「では、失礼いたします」



 爺などと呼ぶには少し若い気もする。飛鳥は半分寝ぼけながらベッドから出た。ブルーのパジャマ。肩より長い黒髪をうっとおしそうに軽くはらい部屋を出る。数分ほどで戻ってきて、先程爺が掛けていった制服を着る。青のセーラー服、リボンは赤。全身用の鏡でチェックする。ボサボサだった髪は整えられていたが、襟の中に入っている。それを出して、よしと小さく呟き部屋を出て行った。



「ここでございます」



 爺の声にハッとする飛鳥。つまらなさそうな、ムッとした表情で車窓に目を移す。先程から変わらない針葉樹の整然とした緑の景色が一変して大きな門が現れた。一旦確認のために車は停車する。門番、いや管理人兼警備員の隙のない敬礼を表情を変えずに眺めていたが、車が動き出すと大きな二つの瞳を外した。



「飛鳥お嬢様、やはりギリギリのようです」


「明日は気を付ける」


「なにか嫌な夢でも」


「子どもじゃないんだ、大丈夫」


「失礼致しました。学校での執事はいかように?」



 爺はどこかおずおずと言った。その態度にきょとんとして、質問仕返す。



「爺はやりたいの?」


「お許しをいただけるのなら」


「嫌。お前は教育係の爺」


「はい。飛鳥様、闇月に恨みを持つ者は多い。どうかお気を付けください」



 わかっているとだけ短く返事をする飛鳥に続けて言う。



「あなた様に何かあったら爺は」


「大丈夫。爺はいつも心配しすぎだ。でもありがとう」



 爺は少し驚き、すぐに返した。



「もったいないお言葉です。では、いってらっしゃいませ、飛鳥お嬢様」



 車を止めドアを開ける。深々と頭を下げる爺に、スタスタと階段を上り、校舎へと向かう飛鳥。爺は後姿をそのまま見送り、呟く。



「帰りにまた来ます。どうかお怪我のないよう」



 車内に戻った爺は眩しくもないのに日よけを下げてそこから紙を取り出す。闇月家の家訓と書かれたそれはシワシワになっていた。



「あなたはもう闇月などと名乗らなくていいのに」

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