第39話 クリスマスプレゼント

 12月24日。世の中はクリスマスイブ。街中が楽しげで華やかだ。

 別に楽しくないわけではなかったが、杏には関係のないイベントだった。

「杏。今日は予定あるのか?」

 春人が珍しく緊張気味に話しかけてきた。ははぁ〜ん。女の子にフラれたか何かで春人も一人なんだな。イブに同期で居酒屋かぁ。まぁそれもいいかもな…。

 予定ないわ。そう口が動きかけた時に電話が鳴る。

「はい。えぇ…。そうですけど。そうですか分かりました。」

 電話を切ると、居ても立っても居られない様子で春人に謝る。

「ごめん。もう行かなきゃ。」

 春人がショックを受けた顔も見ないまま杏は会社をあとにした。

 電話は宅配業者からで「生ものですので、早急にお引取りをお願いしたいのですが。」という内容だった。

 生もの…。まさかね…。そう思いながらも早足になる。神様だって今日がクリスマスイブだって分かってるはず。クリスマスプレゼントをくれたってバチは当たらないわよ。きっと。

 アパートに着くと急いで郵便受けをのぞく。不在通知をみて電話をかけるとすぐに持ってきてくれるそうだ。

 そわそわしているとインターホンが鳴った。

「宅配でーす。」

 はいはい。待ってました。長いこと待ってました。ドアを開けるとそこには…。

 深紅の花束を持った宅配業者がいた。

 え?と顔いっぱいの疑問符に宅配業者が答えをくれた。

「ハッピーガーデンです。花束のお届けにまいりました。」

 近くの花屋さんだった。深紅のバラ…。でもそれだけのようだった。心当たりがなかった。深紅のバラは思い出のものだったけれど、渡してくれる人はもういない。もし渡せる状況なら会いにきてくれるはずだ。

 がっかりしたのが伝わってしまったのか、花屋さんは花束を渡しても帰らなかった。

「まだ何か?」

「これを…。」

 そう言って渡されたのは封筒だった。

「お姉さん、よっぽど愛されてるんだな。」

 封筒を渡してきた花屋のおじさんが感心したような半ば呆れたような声で言った。

「花束を頼んだにいちゃん。ずいぶん前にきてよ。」

「え?いつですか?」

 驚いて、つい声が大きくなる。

「そんなに知りたいってことは、お姉さんもってことかい?ならいいんだけどよ。にいちゃん、春ぐらいに頼みに来たかなぁ。」

「春…。」

 杏は少しがっかりした。いなくなる前に頼んでいってくれたんだろう。

「なんだい?にいちゃんは海外にでも行ったのかい?花束なんて予約しないで直接会いに行くのが一番だって言ったら寂しそうな顔して首を振ったからよ。」

 杏の顔も曇る。でもそれに気づかないのか花屋のおじさんは続けた。

「しかも自分で誕生日も頼んでいいかって聞いたくせに、やっぱり迷惑になるといけないからやめるって言ってよお。」

 誕生日…。次の誕生日までがエルのことを覚えていられる最終期限なのかな。そんなこを勝手に考えていた。

「あんないいにいちゃんの他に結婚相手でもいるのかい?次の誕生日までにあんたには運命の相手がみつかっているはずだからって。」

 運命の相手…まだそんなこと…。

 花屋のおじさんは「じゃにいちゃんのこと大事にしてやれよ!」という言葉を残して去っていった。

 生ものって言われて、もしかしてと思った自分がどれほど馬鹿だったかと笑う。生ものがエルだったらなんて…。そんなのちょっとシャレが効き過ぎてるわよね。でもあの変な子のことだもん。そんな登場の仕方したって驚かないわ。

 ねぇ。神様?もしいるのなら、どうして私はエルのことを忘れずにいられるのかしら。もちろん忘れたくないわ。でも…。

 花屋のおじさんから受け取った手紙を開く。そこにはもう何度も読んで涙でにじんでしまった最初の手紙と同じ筆跡の文字が並んでいた。


「大好きな杏さんへ。

杏さんがこの手紙を受け取れたということは、まだ運命の人と会えていないということですね。まったく杏さん!ちゃんと幸せになってってお願いしたのに。」

 何よ…。エルったら。

「でもこの手紙を書いてるエルだってそれを望んでいたんでしょ?なんて言わないでください。だってそんなの天使失格だもの。」

 フフッと笑うとエルったら既に色々と失格だったじゃない。と天使としてポンコツだったエルを思い出す。

 でも…。私には素敵な天使だったわ。杏は懐かしく思って続きを読み進める。

「杏さんは怒るだろうけど、夜中によく杏さんの寝顔を見てたことあるんですよ。」

「な…。」

 思わず声が出て赤面すると急いで次を読み進めた。

「すっごく可愛くて食べちゃいたかったなぁ。」

 な、何これ…。オオカミ発言?いや…これは小学生発言よね…。

「頬をぷにぷにすると「もうやめてよ…エル。くすぐったいじゃない。」って言うんですよ。可愛くて仕方なかったなぁ。」

 知らなかった…。小悪魔だとは思っていたけど…。どこが天使よ。いたずらばっかり。

「こんなことしてたのバレたら怒られちゃうかな。バチンッてされちゃうかな。でも…。」

 続きを読んで「私もよ」と悲しく微笑んだ。

「どんなに痛くてもつらくても何があっても杏さんの側にいたい。智哉ガブリエル」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る