第30話 僕は杏さんだけ
「さぁ。次はこれです。」
行きたいところがあるとエルに連れてこられたところは映画館だった。しかも今、話題の泣ける映画をチョイスしている。
「なんでわざわざ…。」
エルを恨めしそうに見るとニコニコして相変わらずのことを言った。
「だから本当のデ…。」
エルの口をふさぐと、もごもごとまだ何か言っている。
「この映画を杏と見たかったんだ。でしょ?」
にらみつけたエルがまた小さく、はい…と言うとその姿がおかしくて笑えてしまう。
「もうデートっていうからおかしくなるのよ。二人でおでかけに来てるってことでいいじゃない。そっちの方が楽しめるわよ。」
杏の言葉にエルの顔も明るくなって嬉しそうにうなずいた。
「そうします!もう本当のデートでは杏さんはこんなことするのかな。とか考えるのが嫌になっちゃって。」
「嫌になってってどういう意味よ。」
しまった。という顔をするエルの腕に杏は腕をからませる。
「どうせ可愛くない行動しちゃいそうで、どうやって防ごうか考えるのが大変って言いたいんでしょ。」
どうせ可愛い行動なんてできませんよ~とプリプリする杏に、違うんだけどなぁとエルは思っていた。
映画はすごくいい内容で、ご多分に漏れずにエルも杏も大泣きしてしまった。
「あのお母さんが子どもに会いに行くところとか感動しました。」
うぅ。と思い出して泣くエルに、エルらしいと微笑む。
「でも良かったです。杏さんもちゃんと泣けて。」
分かってる。エルは映画デートで泣けないかもしれない杏を気遣っていることくらい。でも…エルとだから素でいられるって分かってないだろうなぁ。
「杏さん…映画館は暗いから男の人と来たら…。」
「だから!さっきから娘に彼氏ができて心配している父親みたいよ。」
父親…その言葉にショックを受けたように、しょんぼりした。エルだって分かっていた。杏が運命の人を見つけるということは、そういうことだ。
ずっと自分が側にいられたら…そんな気持ちが頭をもたげて、急いで首を振って追い出した。
「さぁ。次は食事にしましょう。ほらあのレストラン行きませんか?」
「え?まさかあの?」
「そう。あの。」
二人が言っているのは、最初にエルとランチしたレストランだ。そのレストランで圭祐と結菜が一緒のところを見て、エルの先輩に仕事だと釘を刺され、エルが結菜と会っていたレストラン…。
「だって杏さんとの思い出がいっぱい詰まってるでしょ?」
ニコッと笑ったエルに、思い出がいっぱいと言えばそうなんだけど…。まぁ初めて本当のデートの練習のため。とは言わなかったからよしとするか。
レストランにつくと前と同じ席に座った。
「ねぇ。せっかくだから同じものを注文しませんか?」
「え?どうして?グラタン食べたかったんでしょう?」
杏の言葉に首を振る。
「グラタンはコンビニのを食べたからいんです。」
エルの言葉に、じゃグラタンを二人で食べるときはコンビニじゃないといけないのかと苦笑する。
エルは豚カツ定食を頼み、杏はハンバーグステーキを頼んだ。そしてまた「一口くださいね。」と可愛くおねだりをすることも忘れなかった。
運ばれてきた食事は何度食べても美味しかった。
「そういえば、まだ作ってないわね。ハンバーグ。」
「そうでしたね。杏さんのハンバーグ食べたかったなぁ。」
「そのうち作るわよ。でもエル最近ずっと忙しそうだものね。まともに食べたのって、おかゆと鍋くらいよね。」
「雑炊おいしかったなぁ。」
「フフッ。また作るわよ。」
杏の言葉にニコッとしたエルはどことなく寂しそうだったが、杏は気づかなかった。
「今度は電車に乗りましょう」と、電車に揺られていた。
行き先は海辺のデートスポット。
杏が「近いから立ってましょう」と言ってドアの付近に立つと、何も言わずちゃんと壁側に杏を立たせて、混み合ってくる人混みから杏を守るように立った。
エルって常識がないかと驚くこともあるのに、紳士だったりするのよね。案外モテたりするのかもなぁ。そんな考えが頭に浮かぶとズキッと心が痛かった。
海辺をぶらぶらと歩く。特に何かするわけでもないのに、どうしてか楽しかった。海辺の風に杏の髪が揺れると、その髪をエルが耳にかけてくれた。
「エルってこういうことサラッとできちゃうのよね。」
ドキドキしている自分に馬鹿らしくなって、不満そうに声を漏らす。
「え?いけませんでした?」
「モテそうだし、案外遊んでたのかなぁって。」
つい本音が口を出て、しまったかなと思いつつ、横目でエルを観察した。
杏の言葉に心外だ!という顔をしたのがよく分かった。
「僕は杏さんだけだって言ってるでしょう?」
だから誤解しそうな言い回しやめてくれない?杏さんだけの担当ってことでしょ。私に運命の人をみつけるための。
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