第28話 猫をかぶったオオカミ

「悪魔なんです。」

 え?悪…小悪魔なんじゃなくて?驚いて質問できずにいるとエルはそのまま続ける。

「同業者だったんです。」

 同業者…。他の結婚相談所の人ってことか。じゃ圭佑もお付き合いしているわけじゃなくて結婚相手を進められているのか。やっぱり小悪魔ってことね。確かに小悪魔って感じの可愛さよね。

「一目見た時に僕も同業者かなって思って気になって。それで会うことにしただけで…。別に杏さんが心配するようなことは何も…。」

「別に心配なんて…。」

「じゃどうして逃げたりしたんですか?」

 ドキッとしたのを悟られないように話題を変える。

「そんなことより圭佑も結婚相手を進められたりしてるの?」

 杏の質問にエルは首をふった。

「圭佑さんは女性をたくさんたぶらかしたのでその制裁に悪魔が現れたってことなんです。」

「そう…。お気の毒ね。」

 天使の設定が重要だから小悪魔も悪魔になるのね…。杏は一人納得した。

 そして圭佑さんが女性をたくさんたぶらかしての部分に今さらながらに胸がチクリとした。まだすぐには乗り越えられないのかなと杏はうつむいた。

 うつむく杏をのぞきこむように見るエルの顔は甘えん坊ないつもの顔だった。

「僕が大切なのは杏さんだけです。」

 真っ直ぐな瞳でそう言われ、なんと返したらいいのか分からずに赤い顔をさせて黙る。

 エルはテーブルにひじをのせてのぞきこむように顔を見つめたまま指先で杏の髪をもてあそんだ。

 そしてクシャッと握った杏の髪にそっとキスをするように口に近づける。大切そうに愛おしそうに。その姿にドキッとしている杏にエルは残念そうに言った。

「やっぱり今日は先輩のとこに行かなきゃ。結菜さんが同業者ってことを報告しないと。」

 そっと手を離した髪が頬にこぼれた。それを優しく耳にかける。

 そのまま頬に愛おしそうに触れて「本当にちゃんと先輩のところに泊まりますから。」と優しい声で念押しをする。それから立ち上がるとアパートを出て行った。


「そんなことをわざわざ言うために追いかけてこなくても…。」

 杏は熱くなった頬をそっと自分の手で包んでつぶやいた。


 また十時になるとインターホンが鳴る。まさかね。と思いながらもそわそわする自分に苦笑した。やっぱりドアの前にはエルが立っていた。

「すみません。遅くに…。でも杏さんと一緒じゃないと眠れなくて…。」

 可愛い目を潤ませて杏を見た。

「全くもう…。」と言いながらも部屋に入れた。

 部屋に行く途中に杏はさっきの仕返しとばかりに口を開く。

「エルって本当はしっかりしてるんでしょ?私がいないと眠れないなんてそんなこと…。」

 圭佑や春人たちの前での態度や、結菜の時の一件に見せた顔。色々なところで垣間見る姿はどれも甘えん坊なエルとはかけ離れていた。

「そ、そんなことないですよ〜。一緒に寝てくれないと寂しいです。」

 可愛い声で杏の服を後ろからつまむ。エルこそが小悪魔かもしれない…そんなことさえ思った。

「猫かぶってるんでしょ。」

 意地悪く言うとエルがつかんだ手を振り払う。するとエルが後ろから杏を抱きしめた。そして耳元でささやく。

「かぶっている猫を脱ぎ捨てて中からオオカミが出てきたらどうします?」

 ドキッとして真っ赤になる杏はエルから逃れるように軽く回されただけの腕を振り払うとよろめいてへたり込む。

「ハハッ。本当に純情ですね。杏さん可愛いです。」

 座り込んでしまった杏に手を差し出して笑う。完全に形成逆転してしまっていた。

「もう放っておいて。」

 差し出された手をパチンッとたたいて拒否する。

「いいですよ。こうするまでです。」

 ふわっと体が浮いたと思ったらエルに抱きかかえられて運ばれる。

 なんでこうエルは易々とお姫様抱っこをするんだろう。普通は女の子の憧れなのに、今はちっとも嬉しくない。

「ちょっと降ろしてよ!」

 ジタバタする杏をそっと降ろしたところはベッドの上だった。「猫の中にオオカミ」の言葉にドギマギしていると、そんな杏を置き去りにエルは布団に入って背中をむける。

「ほら。杏さん。背中くっつけてくれないと眠れません。」

 自分の背中をここ!ここ!とたたくエルにどこがオオカミよ…と呆れながら布団に入ると背中をくっつけた。

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