第26話 運命の人を僕に
朝、目が覚めるとまた朝ごはんが用意されていた。
「おはようございます。杏さん。今日は体に優しい和食にしてみました。」
お味噌汁にご飯、おひたしに焼き魚まであった。ご飯の横には味付け海苔が置いてある。
「ここまで出来ればお嫁に行けるわよ。」
ボソッとつぶやいても聞こえていないのかエルは「やっぱり杏さんと食べるご飯はおいしいです。」とニコニコしている。本当にこの子は…と杏は呆れる。
エルはニコニコ顔を少し曇らせると「今日はお休みなのに用事があって…。残念ですが。」と申し訳なさそうにうつむいた。
「いいわよ。仕事でしょ?私は買い物にでも行くわ。」
結婚相談所の社員としてポンコツなエルと全く相手を見つけようとしない私では仕事は山のようにあるのかもしれない。そんな想像に苦笑して、ふと見るとエルが珍しく真顔でこちらを見ていた。
「どうしたの?エル。」
何か言いにくそうにしている様子のエルを辛抱強く待つと何か決意したようにエルは口を開いた。
「運命の人…僕にしませんか?」
え…。そう思った瞬間、エルの手が薄く透けていく。
「エル!どうしたの?」
急いで透けてしまった手を握るとぼわーっとまた色が戻ってきた。
「だ、大丈夫です。」
さっと手を隠すエルを見て大丈夫じゃないことが分かる。
「ダメよ。どうして?見せてみて。」
「大丈夫ですから!杏さん早く食べておでかけしてきて下さい。僕ももうそろそろ出なきゃ。」
頑なに理由を言わないエルに追い出されるようにアパートを出た。
杏がアパートを出たあと、残されたエルは悔しそうに天を仰いで拳を握った。
「言うことさえもダメなのかよ。」
先輩に言われた「お前じゃ幸せにできない。」の言葉を思い出して、その言葉が胸に突き刺さっていた。
アパートを追い出された杏はブラブラとお店を巡った。そして何気なく家具屋に入るとベッドを見ていた。
ベッド、二人だと狭いのよね。どっちも背が高いし…。今の現状を思い浮かべていると店員がにこやかに近づいて質問してきた。
「ご結婚ですか?」
ダブルベッドのコーナーを見る杏を見れば当たり前の質問だろう。店員はにこやかなまま返答を待っている。
「い、いえ。そういうわけでは…。」
逃げるようにベッドコーナーから立ち去った。
結婚かぁ。
もう三十歳。結婚を考えないわけではない。
でも…。相手が自分のことを天使って言って、私に他の誰かを運命の人としてあてがおうとしている。そんな人に夢中になっていていいのだろうか…。
まぁ今朝は珍しく「運命の人を僕にしませんか?」みたいなことを言ってたけど…。なんか誤魔化されるようにうやむやにされちゃったしな。
杏は深いため息をついた。ずいぶん前にエルに言われた「ため息をつくと幸せが逃げます。」の言葉を思い出して苦々しく笑った。
手が透けたのが気にならなかったわけじゃなかったが、朝日に目が霞んでしまったような気もする。「運命の人を僕に」という現実味がない言葉とともに現実のことじゃないような気がして考えないことにしていた。
一人のお出かけは、どこを見ても何を食べても「エルに似合いそう。」「エルとも食べたいな。」そんなことばかり思う自分に気づいて驚いた。でも誰かを思って過ごすことが楽しくて幸せな気持ちになることが心地よかった。一人での買い物なのに一人の気がしない楽しい買い物になった。
何軒かウィンドウショッピングをした後に、一軒の雑貨屋さんの前で足を止めた。
「かわいい…。」
手に取ると天使をモチーフにしたストラップだった。二つでペアになっているそれはカップルで付けると一つの絵になるストラップだ。
そういえばエルってスマホとか持ってるのかしら。でもさすがにペアって…。
少し考えてからストラップを元の場所に戻した。
もしも…万が一、二人で付けてもいい間柄になったらまた考えよう。
そんな時が来るのかな…。今朝の言葉も幻っぽいしな…。急に現実に引き戻されると寂しい気持ちに支配されそうになる。でも今は楽しいから贅沢言っちゃダメよね。せっかくの買い物だもの。
杏は頭を切り替えて、また買い物を楽しむことにした。
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