第21話 杏さんと一緒がいいんです

「ねぇ?せっかくグラタン買ってきてくれたんだし食べましょうよ。」

 この杏の作戦は成功した。「僕もお腹ペコペコです。」とエルも賛同する。

 いつ帰ってくるか分からない杏のためにコンビニでは温めてこなかったグラタンをレンジに入れる。その間にサラダでも。とキッチンで忙しなく働いた。

 隙を見せたら「ご褒美!」と言われかねない。別に抱きしめられるのが嫌なわけじゃないんだけど…。だってほら。仕事以外のことにエルを使っちゃダメなんだし。

 サラダとグラタンをテーブルに運ぶと目をキラキラさせたエルが待っていた。

「いただきます。」

 嬉々として食べ始めるエルに、そうよ。これよ。これ。と嬉しそうに眺める。

「杏さんは食べないんですか?」

「食べるわよ。ただ、いつも美味しそうに食べるな〜と思って。」

 口いっぱいに頬張った顔をこちらに向けて目だけニコッとするエルを見て、リスかハムスターもいけるわね…この子。

 そんなことを思っていると、口の中のグラタンをゴクンと飲み込んだエルが口を開いた。

「そりゃ杏さんと食べてるから美味しいんですよ。」

 口の端にグラタンをつけて笑うエルに可愛い奴め…と口を拭いてあげて目を細めた。しかしエルの続けて言った言葉に目を見開くことになる。

「杏さんと食べれないと食べないからなぁ。」

「え?ちょっと待って。もしかして今日のお昼は食べてないってこと?」

 確かに寂しいだとかなんとか言って食べないことあったけど、それは今も続いていたというのか。

「はい。今日だけじゃなくて、まぁ忙しいのもありますけど、杏さんと食べないと美味しくないですから。」

 当たり前のことをいうように話すエルに杏は信じられないという顔をして注意する。

「ダメよ。食べなきゃ。先輩がってよく言うから一緒に食べれる人がいると思って安心してたけど…。」

 そこまで言って、お昼のあの感じ悪い先輩を思い出す。あぁあの先輩だったら一緒でも食べたくないわよね…。そんなことを思うと不憫に思えた。

「あの先輩じゃぁね…。」

 杏の残念そうな言い方にエルはフォローする。

「先輩あぁ見えて実はいい人なんですよ。きっと失礼なことを言ったと思いますけど、ちゃんと僕や杏さんのことを考えて…。」

 考えてあれか…。まぁエルの先輩だし悪く言うのも可哀想かなと罵詈雑言を吐くのを控えた。

「それにしたって食べなきゃダメよ。だいたいから細いんだから…。」

 そう言いながら腕を触ってハッと気づいても遅かった。何、自分からスキンシップ取っちゃってるのよ…。

「そういう杏さんの方こそ…。」

 エルの言葉を遮って、いつもの甘い感じにならないように口を開く。

「どうせ私は必要なところに色々と足りませんよ〜。」

 これは本当だった。女らしい体つきに憧れるけど、太る時はいらないところからしかお肉ってつかないのよね…。

 そんなコンプレックスにため息をつきそうになると、二の腕がプニプニとつままれた。

「な、やっ。何するのよ。」

 腕を振り払ったのに、その腕をつかまれて引き寄せられる。

 なんで?甘くなる要素どこにもないでしょ?

 杏の心の叫びも虚しくエルはぎゅっとした。でもなんだか今回は変だ。

「杏さん細いんだけど、柔らかいっていうか抱き心地いいんですよね。」

 抱き心地を確認するように、そこかしこに腕を回しては、ぎゅとする。

「な、なんの発表?」

 押しのけたい気持ちが急激に心を支配しそうになったところでエルが変なことを言い出す。

「遅くなっちゃった時に先輩の家に泊まらせてもらおうと思ってたんです。でも先輩、抱き心地よくなくて…。」

 先輩って…。まさかと思うけどお昼の?他に女の先輩もいて、その人に抱きついているのも、なんだか嫌だけど…。

「あの仏頂面に抱きついたの?」

「杏さん…その言い方はちょっと…。だって寂しくて眠れないんです。でも一人じゃ眠れないって言ったら…。」

 言ったのか、あの先輩に。

「馬鹿じゃないのか?と言われて。」

 うん。私も思う。

「こっそり布団に入って抱きついたんですけど。」

 おかしいとは前々から思ってたけど、本格的にこの子、大丈夫かな…。杏の心配も知らないで話を続ける。

「全然違うんですよね〜。杏さんと。」

 当たり前だ。男と比べられるなんて…。それって失礼じゃない?でもまぁエルは悪気はないのよね〜。困ったことに。

「杏さんと一緒じゃないと、ご飯も美味しくないし、夜も眠れないんです。」

 杏さ〜んと言いながら、ぎゅーっと抱きしめるエルに、これだから放っておけないんだよなぁと頭を悩ませていた。それがこの子の思うつぼってやつなのかなぁ。結局は今日も抱きつかれコースだし。

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