第17話 壊れたおもちゃ
目覚めた時間が思ったよりも早かったらしく、まだ会社に行くのには早い時間だった。朝ごはんを作っているとエルも部屋に入ってくる。
「今日はクロワッサンとポテトサラダ…。えぇ!エルどうしたの?」
ポタポタと水をたらしながら部屋に来たエルに急いで駆け寄る。肩には一応タオルがかけられているが拭いてはいないのか雫がしたたり落ちる。
杏は肩のタオルを手にとって髪を包んで拭いた。その間も微動だにしないエルは電池が切れたおもちゃのように何もしなかった。
「ダメじゃない。拭かなきゃ。どうして頭が濡れているの?」
…それは杏さんが可愛いからです。
心の中だけでそう言うと杏には何も言わずに突っ立ったままだ。
「もう。図体だけは大きいんだから座ってくれない?ドライヤーで乾かしましょう。」
なんで朝から頭まで濡らすかなぁ。朝シャン派だったってこと?だからって濡れたままにしなくても…。ぶつぶつ言いながらドライヤーを持ってくる杏はいつものエルが知っている杏に戻っていた。
それが嬉しいような…残念なような。だってさっきの杏さんはまるで僕のこと…。そこまで考えて思考を停止させた。
無理矢理に座らされるとブォーという音と髪をわしゃわしゃとする杏の手が動く。柔らかい髪がドライヤーの風で暴れた。
ドライヤーの音だけ響く部屋でエルの頭の中はぐるぐるしていた。
杏さんは世話焼きで優しくて、もちろん可愛いし。それで僕のことは弟みたいなものなんだ。前にそんなこと言ってたし。それにだってじゃなきゃ一緒のベッドで寝るなんてそんなことする人じゃない。それでいいんだ。僕はそれ以上望まない。僕の仕事は杏さんの運命の人を見つけることだ。
決意を新たに暴れる髪の下から杏を盗み見た。可愛い顔が見えて決心が揺らぎそうになる。
「さぁできた。朝からシャンプーしても乾かさないとダメよ。どうしたの?エル。」
ううん。なんでもない。と首を振ってエルはキッチンに向かった。
半分くらい出来上がっていた朝ごはんを完成させてくれたようでテーブルに運んでいた。
「ありがとう。さぁ食べましょ。まだ時間は早いからいいけど…朝から世話かけないでよ。また風邪ひいちゃうわよ。」
平常運転に戻った杏だったが、エルが今度はおかしくなってしまっていた。
こんな時はすっごく甘えたことを言ってきて、下手すれば抱きついてくるくせに。
チラッと横目でエルを見て、別にこのままの方がこっちは都合がいいんだけどさ。サラダのトマトを乱暴にフォークでブッ刺した。
「ねぇ。エル。聞きたいことがあるんだけど…。」
壊れたままのエルは返事もせずに杏の方へ顔を向ける。
「エルって何歳なの?」
「へ?」
思わずポカーンとした顔をすると杏が慌てて言った。
「だってしばらくの間とはいえ、同居してるのにエルのこと何も知らないんだもん。」
心なしか頬を赤らめている杏にエルは動揺すると、ずさささっとソファから離れ、もちろん杏からも離れた。
「何?そんなに聞いちゃいけないことだった?」
杏が不満げな顔でこちらをうかがう。
だから今さっき決心したところで、それなのにすぐ抱きしめちゃうとかそんな…。頭の中をぐるぐるする思いが顔に出ていたのかエルの困った顔に杏は誤解したようだった。
「いいわ。年齢はもう聞かない。」
少しすねたように言う姿がたまらなく可愛かった。
「じゃ好きな食べ物は?」
「杏さん…もう勘弁してください。」
小さい声でボソッと言った。
「ん?何?何が?」
僕はあなたの運命の人を探すのが役目でそれなのにこんなこと…。
エルは自分の立場を呪った。
「そうだ!ハンバーグ。前にランチした時に豚カツとハンバーグ美味しそうに食べてたよね。それにしよ。」
「え?何がです?」
一人で解決している杏に疑問を投げると杏は笑った。
「エルの好物の話。今度、どっちかを夕ご飯で作るね。」
笑顔の杏にソファから離れていたエルは立ち上がると杏の隣に座り直した。そしてそのまま杏を腕の中におさめた。
「杏さん可愛いです。」
いつものエルに戻って杏は「もう」と言いながらも幸せそうなため息をついた。
でもエルはただいつものエルに戻ったわけではなかった。何かを覚悟したようなそんな顔をしていた。大好きな杏を大好きなままにしておかない。そんな覚悟を。
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