第12話 運命の人はどんな人?

 朝、起きるといい匂いがして目が覚めた。いつの間にベッドで寝たんだろう…そんなことを思いながら隣の部屋に行くとエルがトーストとハムエッグを用意していた。サラダまである。

「エル…。ご飯作れたの?」

「いえ。作れません。」

「じゃこれは?」

 意味深に笑うエルは「食べましょう」と杏をソファに座らせた。

「昨日はつらいことをさせてしまってすみませんでした。僕がさっさと仕事をしなかったせいで、余計にふさがった傷口を広げるような真似…。」

「本当よ。最初の日に「振られた男を消す作業」って言った時に怖がらずに手伝ってくれれば良かったのに。」

 憎まれ口をたたいても、最初の日では昨日ほど自分の気持ちをさらけ出すことはできなかったかもしれない。

 優しかったエルの豹変した姿に苛立ちと恐怖といろいろな気持ちが入り混じって杏の心の底に隠していた気持ちが表に出たのだ。

「杏さんは無理に強くある必要はないんですよ。」

「な、何よ。急に。」

 驚く杏にエルは微笑む。

「つらい時は泣いたらいいんです。」

 微笑むエルに杏は首を振った。

「でも一人で泣いちゃったら、もう立ち直れないわよ。強がりでも虚勢でもなんでも、しっかりしてないと倒れちゃったら、そこで終わっちゃう。」

 小さな頃にお母さんを失った時から強くないとやっていけなかった。誰にも甘えられず、そして甘えようとも思わなかった。それに周りも杏は強いものとして接していた。それが当たり前だった。

「大丈夫ですよ。そしたら僕が支えますから。つらい時は泣いていいんです。まぁ意地っ張りなところも可愛いんですけど。」

 何かあるごとに「杏さんは可愛い。」と言われることには慣れなかったが、「杏は強い。」と言われ続けた杏の心を少しずつ溶かしていった。


「ところで…やっと圭祐さんのことをクリアに出来ました。どなたかいい方はいらっしゃらないんですか?」

 おいおい。こっち側で探すわけ?誰かいい人を連れてきたり…というか結婚したい男の人も女の人も登録している膨大なデータから理想の人を探させてくれたり、そういうものじゃないの?

 当たり前の疑問が大量にあふれそうな頭になっても、そうだった…この子ダメな子だった。と反論することすら、面倒になる。

「そうねぇ。身近なところだと…春人かなぁ。」

「誰です?それ?」

 自分で聞いておいて少し不機嫌そうな声を出したエルに、何が気に入らないんだろうと、にらみたい気持ちを抑える。

「ほら。昨日のお昼に…圭祐と会った後に職場の人に会ったでしょ?」

 あぁという顔をするとエルは首を振った。

「あんな人ダメです。」

「あんな人って。どうしてよ。いい奴よ。」

 杏の言葉に余計に不機嫌そうな顔をして、首を振る。

「ダメです。だって…えっと…女の人と一緒にいましたよ!」

「美優ちゃんのこと?大丈夫よ。あの子も同僚だし。」

 杏の反論も受け付けない感じで、また首を振る。

「とにかくダメです。もっと他のいい人にしてください。」

 誰よ。もっといい人って。文句を言うなら自分で目ぼしい人を連れてきてよ。

「だいたい、おかしいこと言ってるの分かってるの?運命の人を探すって言って何もしないくせに、名前を出せば反対する。そもそもエルがずっと一緒にいたら、男なんて寄ってこないわよ。」

 杏のもっともな意見にエルは何も言えないようだった。黙ったままだ。

 ちょっと言いすぎちゃったかな?と様子をうかがうと思いついたようにエルが口を開く。ぱぁ〜と顔まで明るくして。

「変な男除けになるってことですよね。うんうん。いいことじゃないですか。」

 はぁ。ダメだこりゃ。この子、おかしいんだもの。それにどうせ私が誰か連れてきたって娘を持つ父親のように反対するに決まってる。諦めた杏はもっともらしいことを言った。

「だいたい別れたばっかりだし、まだ男はいいわ。」

 本心でもあった。ちょっと疲れちゃったし。

 そんな杏の言葉に一瞬嬉しそうにしたエルに、これで当分ここに居座れるとでも思ってるのかしら。やっぱりダメ男だったかしらね。そう思って苦笑した。


「今日のお昼はどうするの?」

杏がトーストをかじりながら隣を見るとエルが遠いところを見つめるようにじっと何かを考えていた。

「どうしたの?エル。」

「あ、いえ。今日のお昼は用事があるので…。さぁ杏さん行かないと遅刻しますよ?」

 上の空のエルに追い立てられてアパートを出た。

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