第7話 お留守番はサプライズ
部屋に入るとしーんと静かだった。寝てるのかな。そう思って靴を脱ぐ。
パーン!
弾けるような音とともに、杏めがけて色とりどりの何かが飛ぶ。音と飛んでくる何かにびっくりして頭をかかえて目をつぶった。
「な、何?これ…。」
そうっと目を開けると玄関中にカラフルな色が散らばっている。面食らって玄関で固まっていると楽しそうな声が響いた。
「お誕生日おめでとうございます。杏さん。」
固まったままの腕の中に赤いバラの花束を渡された。甘い香りと一緒に深紅の深い赤が目に映る。
智哉に手をひかれるまま、奥の部屋に行くと、テーブルの上にはホールのケーキが置いてあり「お誕生日おめでとう」と書かれたチョコに「杏さん大好き」と書かれていた。
「これ…。どうして…。」
「どうしてって杏さん誕生日だったでしょう?誕生日はどうするものか聞いて準備したんです。ちょっと遅れちゃったけど…。」
最後まで聞く前に杏はうつむくと床にポタポタと涙が落ちる。抱きしめた花束のラッピングがガサガサと音を立てた。
「三十歳の誕生日なんて…誰が祝って欲しいのよ…。」
智哉は涙を流す杏からバラの花束をいったん受け取るとテーブルに置いた。そして杏を抱き寄せて優しく頭をなでる。
「大丈夫です。天使の救済処置で運命の人が見つかるまで永遠に歳をとらないで済むんです。もしもなかなか運命の人が見つからなくても絶対に三十歳のうちに見つかりますから大丈夫。ってなんだかインチキっぽいですが…。」
また天使って…。そこまでして三十歳になったことを慰めなくてもいいのに。それにしても変な慰め方。そう思いつつ心が軽くなる。
「それいいわね。ずっと三十歳から歳をとらないで済むのよね。」
ヘヘッ素敵ね。と胸に顔をうずめる。
「でも…ずっとは浦島太郎みたいになっちゃいますよ。天使は…永遠の命ですからよく分かります。」
まるで本当に永遠を過ごしてきたように言葉を続けた。ずっとずっと続く命を生きてきたように。
「限りある命がうらやましい時もあります。儚いからこそ美しい。まるで花のように。」
きれいなバラを愛しむように言うと杏を抱きしめる。杏は自分のことを花のようだと言われたようで返答に困って、ただただ腕の中に身を任せていた。
「天使は永遠の命なのですが…。罰を受けたものは命が削られていくんです。」
心なしか手が震えているが、杏は気づかなかった。そして気づかれないように手をぎゅっと握りしめると明るく口を開く。
「さぁ。そんなことよりも早くお誕生日会しましょうよ。」
いつもの可愛い声でおねだりした。おねだりしているのに名残惜しそうに抱きしめた手を離さない。杏もなんとなく動けないでいた。
「そうね。それにしてもお昼ご飯にって置いていったお金なのに…。」
「うん。ごめんなさい。杏さんのお金でお祝いするなんて変だよね。」
フフッと笑うと「本当ね。」とつぶやく。
「でもお金足りたの?お昼ちゃんと食べれた?」
ううん。の声に杏は、がばっと顔をあげ智哉を見る。
「杏さん。ハハッ。ほっぺにマスカラがついてる。」
智哉は顔を拭いてあげると「よし。これで可愛くなった。」と笑顔になる。
「もう!そんなことはいいから。お昼食べなかったの?朝は?おにぎり食べた?」
それが…と言葉を濁す智哉に杏は怒るように「もう!」と言うと智哉の腕を外し、キッチンへ向かう。
「早く帰ってきて良かったわ。ケーキは冷蔵庫にしまって、まずは晩ご飯にしましょう。ちょっと季節外れだけどお鍋にしようと思って今朝、準備だけはしていったの。」
手際よく鍋を火にかける杏からは、涙を見せて腕の中に体を預ける可愛らしい姿は消えてしまった。もう少し可愛い杏さん見たかったなぁ。そう思いながらケーキを冷蔵庫にしまった。
ほどなくして鍋ができあがってソファに並んで座った。
「お鍋なら食べやすいし、栄養もとれるから病み上がりにはちょうどいいのよ。ほら。食べて。」
智哉の分をよそってあげるとニッコリして手渡した。
「ふぅふぅしてくれないんですか?」
残念そうに受け取る智哉に「甘えないの。」と一蹴した。仕方なく自分でふぅふぅして口に入れる。ほかほかと湯気を立てている野菜がやわらかく煮えていた。
「おいしい。」
一口食べたあとは、がっついて「熱っ」と言う智哉に安心して杏も食べ始めた。
「なんでおにぎりも食べなかったの?」
あんなに好きみたいだったのに。
「だって…おいしくなかったんです。」
賞味期限も確認したし、同じおにぎりなんだけどなぁ。と杏は不思議に思った。
「お昼も外にお買い物に行って、お腹空いたから、みんながおいしそうに食べてたハンバーガーを試しに買ってみたんです。でもおいしくなくて…。」
まだ体調がよくないのかな…。それなのに外出しちゃって…。
「今はちゃんと食べられるの?」
「はい。とってもおいしいです。あの…おかわりしてもいいですか?」
フフッ良かったと笑うと智哉から器を受け取る。
「あとで雑炊にしましょうね。前のおかゆみたいな感じだからきっと好きよ。」
杏の言葉に目をキラキラさせる智哉を見てまたフフッと笑った。
「笑ってる杏さんはいつも以上に可愛いです。」
恥ずかしげもなく言う智哉に杏は困惑して赤面する。
「そんなことよく恥ずかしくないわね。それにあのケーキも…。」
杏の脳裏に「杏さん大好き」と書かれたチョコが浮かぶ。
「ダメですか?」
「ダメじゃないけど…。」
大好きなんていつから言ったことないだろう。小学生?もっと小さい頃かも。無邪気な智哉にこの子には恥ずかしくて言えないなんてこととは無縁なんだろうなと思った。
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