第三章 13 ドールズ・ウォー

 すると彼女の両手の指先が淡く光り始め、その指先から魔法の糸のようなものが伸びていった。右手から伸びる五本の糸は、右足の隣にある人形の頭と四肢に繋がり、左手から伸びる五本の糸は、左足の隣にある人形の頭と四肢に繋がる。

 その姿は、まさに人形遣い。人形を操る者だった。

「アリス、エレア、いくよー」

 ハナちゃんがその人形たちに声を掛ける。

 声を掛ける時の視線から察するに、右の人形がアリス、左の人形がエレアのようだ。そして見た目的にも名前的にも、二体の人形はどうやら女の子のようである。

 それから二体の人形には、彼女たちのサイズに合わせて武装が施されていた。右の人形・アリスには両手に二対の剣を、左の人形・エレアには左手に身の丈ほどもある大きな盾を、それぞれ持たせていた。

「あっきさーん、たたかおうー」

 ハナちゃんは宣戦布告をするように、悪鬼の後ろからそう声かける。その声を聞いたであろう悪鬼は、それに反応するかのようにハナちゃんの方へと振り向いた。

「……レ。……だ……?」

 悪鬼は言葉にもならない声を発しながら、ハナちゃんを見下ろす。最初こそ無感情に見下ろしていた悪鬼だったが、次の瞬間――まるでスイッチが入ったかのように、いきなりハナちゃんに対して感情を露わにした。

「――く……、ニ……い……! ――――ッ!」

 その感情は、間違いなく怒り。そして、憎しみ。

 悪鬼はハナちゃんを見た途端、切り替わったように怒りと憎しみを露わにした。そして感情に囚われた悪鬼は、その感情のままにハナちゃんを攻撃する。

 悪鬼はの右拳がハナちゃんに迫る。しかし、その拳がハナちゃんに衝突する寸前に、左人形のエレアが盾を構えてその間に割り込んだ。

 拳と盾とが衝突し、鈍い音が響く。

 左人形・エレアは完全にその悪鬼の拳を受け止めていた。一ミリの後退もなく、ハナちゃんの眼前で悪鬼の拳を受け止め、攻撃を防いでいる。

 エレアが拳を防いだ瞬間、右人形のアリスが動き出す。空に舞い上がり、その両手の剣を構えると、素早く悪鬼に向かっていく。

 アリスの二本の剣による斬撃が、悪鬼の首筋を鋭く切り裂いた。そしてその後、アリスはそのまま流れるように悪鬼のそばを通り過ぎていく。

 アリスは悪鬼の範囲外に逃れると、再び悪鬼の方に向き直って次撃に備えた。

「……イ……。る……、さ……。……ユッ……!」

 言葉にならない声を上げながら、再び悪鬼は拳を叩きつける。だが今度は両手を使い、勢いに任せて連続で殴りつけた。

 その乱打、ラッシュを左人形のエレアは完璧に防ぐ。拳が到来するその全てに対してハナちゃんの間に入り、一回たりとも攻撃を通さない。

 そしてその乱打の間、右人形のアリスも間髪を入れずに斬撃を繰り出す。踊るように宙を舞い、悪鬼の背面に無数の傷を刻んでいく。

 悪鬼の連撃がやむと、ハナちゃんはアリスを近くに引き戻し、一旦戦闘を仕切り直した。

 ――これが、ハナちゃんの『ドールズ・ウォー』。

 その名の通り、人形たちの闘争が僕の目の前で繰り広げられていた。

 人形であるアリスやエレアの動きが凄まじい――つまりそれは、操り手であるハナちゃんが凄まじいということだ。

 その場から一歩も動かずに、悪鬼と渡り合っている。その光景がとても格好良く見える。ハナちゃんのその小さな背中が、今はとても大きく見えた。

「ジゲン! 来たわよ!」

 そうこうしているうちに、ニメとサディがこの場に到着した。二人は状況を察したのか、悪鬼に向かうことなく僕の隣にやってくる。

「ハナちゃんが一人で戦わせてほしいって」

 僕はニメとサディにひとまずそう言う。二人はハナちゃんの方を見た。

「なるほど、分かったわ。それなら見物させてもらいましょうか」

「ハナちゃーん! 頑張るのデスよー!」

 状況再開。僕たちが会話をしている間も、ハナちゃんは悪鬼と攻防を繰り広げていた。

 悪鬼もエレアの防御性能に気づいたのか、無暗な攻撃はしなくなり、今度は勢いをつけて全身で突撃していった。どうやら勢いでエレアを突破しようという算段らしい。

 ハナちゃんはエレアを目の前に移動させ、その突撃を正面から受け止めた。しかし、その突進はエレアでも止めることはできず、じりじりとエレアは後ろに押されていく。

 ――だが。

 エレアが悪鬼の胸の位置でその動きを抑えているのにもかかわらず、悪鬼はハナちゃんしか見えていないようだった。その両腕は、ハナちゃんに対してのみ伸ばされている。

 その様子を見るに、悪鬼はどうやら理性的な戦いはできないらしい。本能のままに、倒すべき相手に向かうことしかできないようだ。まるで人ではなく獣のように。

 悪鬼の腕が、少しずつハナちゃんに近づいていく。

 僕らがまずいと思った瞬間、ハナちゃんは再びスカートの裾に手をかけていた。

 そして――。

「セリカ、フラン、きてー」

 言うと同時に、ハナちゃんはもう一度スカートの裾を大きく左右に広げた。

 すると、新たに二体の人形がスカートの裏側から姿を現す。アリス・エレアと同じくメイド服を着た新たな二体の人形は、ハナちゃんの両足の隣に優雅に降り立った。

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