第三章 12 あれは

「その、ジゲンお兄さんお姉さんって、言いづらくない? ジゲンでもいいんだよ?」

「だめー。じげんおにーさんおねーさんはー、じげんおにーさんおねーさんだからー」

「そ、そうなんだ」

 幼い子によくある、妙なところでの頑固さ。本人がいいならそれでいいけど。

 ――しばしの休息。

 今日は天気も良く、目を閉じると穏やかな風が感じられて、とても心地いい。

「ハナちゃん、今日はいい天気だねー」

「だねー」

 優しい時間。穏やかな時間。気持ちいい時間。休まる時間。

 僕とハナちゃんは、今が悪鬼の予測出現時間だということも忘れて、結構長めに休息を取ってしまった。そろそろ動かないとニメに怒られてしまう。

 名残惜しくも僕はベンチから立ち上がる。そして一つ伸びをして、目を開けた――。

 ――その瞬間。

 僕の視界の中央遠くに、一人の人物が立っていた。

 二十メートルほど離れた位置に、その人物はいる。姿はイラストっぽいアニメの人で、体格からいって男の人だろう。けれど、こちらに背中を向けているので顔は分からなかった。

 ……いつの間に、そこにいたのだろう。

 そしてその人物は、そのまま動くことも、振り向くこともなく、ただずっとその場に立っていた。時折空を見上げるように頭を動かすものの、動く気配はほとんどない。


 …………リュウ?


「――って、そんなわけないか。何言ってるんだろう」

 一瞬リュウだと思ってしまったのを、すぐさま言葉で打ち消す。

「どうしたのー?」

 すると僕の独り言を聞いたハナちゃんが、不思議そうな顔をしてそう訊いてきた。

「ごめんごめん、何でもないよ。……そろそろ行かないと、ニメに怒られちゃうね。ハナちゃん、どう? もう動けそう?」

「うん、ハナたたかえるよー」

「よし、それなら……って、戦える? え?」

「ほらー。みてー」

 そう言うとハナちゃんは、ある方向指差す。その指先を視線で追うと、そこには――。

 ――悪鬼が、佇んでいた。

 その悪鬼の身長は、前回・前々回の悪鬼と比べて小さく、およそ二メートルほど。前の三メートルほどに比べると、二メートルほどはまだ人のように感じる。

 そしてよく見ると、今悪鬼が立っている場所は、さっきまである人物が立っていた場所とまったく同じだった。

 間違いない。先ほどの人物が、今回の悪鬼となってしまう人物だったのだ。

 けれど、すぐに悪鬼を発見できたのは良かった。僕は素早くスマホを取り出すと、どこか近辺にいるであろうニメに電話をかけた。

「もしもし、ジゲン?」

「ニメ、悪鬼が出た。場所は、少し広い公園のようなところ。……他には――」

 僕はできるだけ目印になるようなものと、そこからの方向をニメに伝える。

「……大体分かった、今から向かうわ」

 ニメは手早くそう言うと電話を切った。

 街を探索するのには、人物に目を付けるという目的の他にも、こんな感じでこの辺りを知っておくという目的もあったようだ。この辺りをまわって知ったことにより、電話で場所を伝えても、大体その場所が判断できるようになっている。

 そんなことを頭の片隅で思ってから、僕はハナちゃんに向き直った。

「ハナちゃん、悪鬼と戦うよ」

「はーい」

 僕はハナちゃんと一緒に悪鬼のもとへ向かう。悪鬼は未だ僕たちに背を向けたまま、ぼーっと空でも見上げているかのように、ただそこに佇んでいた。

「じげんおにーさんおねーさんはー、うしろにさがっててー」

 悪鬼の背後に立つと、突然ハナちゃんはそんなことを言い出した。

「どうして?」

「ハナのたたかいはー、ひとりじゃないとやりにくいからー」

 一人じゃないとやりにくい、と言われ、僕は仕方なく言う通りに後ろに下がった。課長からもハナちゃんの戦闘は見るようにと言われていたので、理由としてはちょうどいい。

「分かった! でも無理はしないこと!」

「はーい」

 ハナちゃんはこくりと頷くと、自身の服である白いワンピースの裾に両手をかけた。

 そしてワンピースの裾を、大きく横に広げるように持ち上げる。すると、そのワンピースのスカート部分の内側から、あるものが落ちて出てきた。

 それは――精巧に作られた、メイド服を着た三十センチほどの人形らしきものだった。

 それが、大きく左右に広がったスカート部分の内側から、二体同時に現れる。出現した二体の人形は、ハナちゃんの両足の隣で倒れることなく直立していた。

「――どーるず・うぉー」

 ワンピースの裾から手を放し、まるで唱えるかのようにハナちゃんがそう言う。

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