第三章 11 疲れちゃった
「ここら辺ね」
「ハナちゃん、着いたよ」
僕はそう言うと、ハナちゃんを降ろすために身を屈めた。そしてハナちゃんをスッと優しく地面に降ろす。しっかりと地面に立つまで、僕は目を離さない。それが父親!
「ありがとー」
「ハナ、急に移動することになったら、またジゲンに抱っこしてもらうこと」
「はーい」
「ジゲンもいいわね?」
「了解」
それからは、悪鬼が出現するまで街を探索しながら待機。
一応、『アニメ・二十代前半・男』という条件の人物に目を付けながら街を歩く。
「……そういえば、リュウから連絡が返ってこないデスねー」
街を練り歩きながら待機して少しした頃、サディが呟くようにそう言った。
確かにそうだ。ハナちゃんの一件で少し忘れ気味だったこともあるけど、今日はリュウの姿が見えない、連絡が取れないという問題も抱えていた。
「もう一回、電話かけてみようかしら」
「あ、じゃあ私は、メールをしてみるデスよ」
言うと同時にニメとサディは立ち止まって、リュウに再び連絡を取るためにスマホを取り出した。ニメは電話をかけ、サディはメールを打っている。
「なにしてるのー?」
「ハナちゃんあれはね、遠くにいる人と連絡を取っているんだよ。あの機械を使うと、遠くにいる人とも連絡が取れるんだ」
「そうなんだー。すごいー」
数十秒後、電話をかけていたニメが左右に首を振った。
「やっぱりダメね」
「私はメールを送っておいたデスよー」
「今日の仕事が終わったら、リュウの家にでも行ってみましょうか」
「そうしよう」
あとでリュウの家に行くことを決めて、僕たちは再度街中を歩き始めた。
そして時刻は十一時をまわった頃。
「……じげんおにーさんおねーさん……。……まってー」
僕の隣をいつも歩いていたハナちゃんが、そう言って急に立ち止まった。
「ど、どうしたのハナちゃん?」
「……ごめんなさいー。ハナ、疲れちゃったー」
どうやらハナちゃんは疲れてしまったようだ。思えば確かに、二時間近く歩きっぱなし、そうでなくても立ちっぱなしである。
僕らは変身やパワーアップの恩恵で疲れにくい体になっているけど、何もしていないハナちゃんはそうもいかない。疲れて当然だ。
「ごめんねハナちゃん。休もうか」
いやむしろ、生身で二時間近くも一緒についてきたのは、相当やばいのでは。大人でも慣れていなければ、二時間近くも歩いたり立ったりできない。
そう考えると、ハナちゃんは僕らみたいに変身やパワーアップをせずとも、最初から生身で並外れた力を持っているのかもしれない。もしくは、すでに変身やパワーアップをした状態で、ハナちゃんは常にその状態でいるのかもしれない。
まあ、いずれにせよ、今はハナちゃんを休ませることが重要だ。
「僕は休むハナちゃんと一緒にいるよ。ニメとサディは?」
「あたしたちは、怪しそうな人物の観察を続けるわ。もう十一時を過ぎたし、予測出現時間だから」
「ハナちゃんを休ませたあとは?」
「あたしたちに合流すること。電話して」
「了解」
ニメたちの次の行動と、休んだあとの行動を確認し終えると、僕はハナちゃんに向き直った。
もう一度お姫様抱っこをするために、ハナちゃんの前で身を屈める。
「ハナちゃん、おいでー」
ハナちゃんは頷くと、素直に僕に体を預けてきた。僕はハナちゃんを持ち上げると、ニメたちの方に再び向きを変えた。
「じゃあ、少し休ませてくる」
「分かった。何かあったら連絡して」
「あー、私もハナちゃんと一緒に休みたいデース! ……ちらっ」
「何を言ってるのサディ? ほら行くわよ?」
「ああ……。私も、ハナちゃんと……休みたい、デス……。デス……」
サディも班長であるニメの命令には逆らえなかった。サディはとぼとぼと、肩を落としてニメについていった。……サディよ、頑張れ。強く生きよう、な。
二人の姿を見送ると、僕もハナちゃんを連れて少し場所を移動した。
木漏れ日の当たるベンチを見つけ、そこにハナちゃんを座らせる。僕もその隣に腰を下ろした。そっと一つ息をつく。
「じげんおにーさんおねーさん、ありがとー」
「いいのいいの。連れ回したのはこっちなんだから」
それにしても、『じげんおにーさんおねーさん』って。まあ確かに、心は僕のままで体は女の子だけどさ。でも言いづらくないのかな。
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