第三章 6 スラッガー・ニメ

 そして初球を皮切りに、ニメと、およそ三十メートル先のホームランの的との戦いは始まった。二球目、三球目と、ニメのバットはボールを的へと飛ばしていく。

 けれど、そう簡単にホームランの的には当たらなかった。惜しいところまで行くものの、あと少しで当たらない。ボールが的のそばに当たるたびに、僕も息を呑んでしまう。

 ――だけど。

 その瞬間は、唐突に訪れた。

 六球目。これまで以上にいい音で打ったボールは、ホームランの的に吸い込まれるように飛んでいき、そして――大きな音を立てて、ボールはその的のど真ん中へと命中した。

「よっし! 一球目ぇ!」

 ガラス越しに、ニメの歓喜の声が聞こえてくる。しかし、まだ打席は続いているため、一瞬だけ喜ぶとニメはすぐにバッティングに戻った。

 それから七球目、八球目と続くが、そんな運よく連続してホームランの的には当たらない。近いところには飛ぶものの、やはりあの六球目は、偶然に偶然が重なった奇跡のようなものだったのだ。

 九球目、十球目も当たらず。そろそろ集中力が落ちてきたのか、段々と的から外れてきているような気もする。初めに比べ、打球の精度が落ちてきているようだった。

 十一球目、十二球目も残念ながら外れ。

 ――しかし。奇跡は再び、舞い戻ってくる。

 ニメの打った十三球目は、ホームランの的に向かって真っすぐに飛び、そして的の右下の部分にかろうじて当たった。それはボールの三分の一ほどが的の外のような、そんなようなギリギリの当たり方だった。

 けれど、的に当たったのは間違いない。

「きた! 二球目!」

 ニメが二回目の歓喜の声を上げた。でも、やはりすぐにバッティングに戻る。

 当たったあとはどこか無意識に気が緩むのか、そのあとの打球で連続して的に当たることはなかった。十四球目、十五球目と、ともに外れ。

 しかし十六球目、十七球目で再び集中力を戻し、打球を的のすぐ近くまで持っていく。このバッティングセンターは、一プレイが二十球なので、ニメの残りは三球。

 あと三球で、もう一回は的に当てておきたい。――ニメ、頑張れ。

 十八球目。いい角度で打ち返したものの、少し引っ張りすぎて的の左へ。

 十九球目。今度はいいタイミングで打ち返したものの、やや高さが足りず的の下へ。

 そしてラスト。運命の二十球目。

「当たれえええええぇぇぇぇぇ―――――っ!!」

 気合の入れた叫びとともに、ニメが最後のボールを打ち返す。

 ニメの気合はボールに伝わり、これまでで一、二を争うくらい良い打球音が響いた。そしてそのボールは、勢いよく風を切って宙を進んていき――。

 ――ホームランの的のど真ん中……ではなかったけど、的の左上に命中した。

「よしっ! よかった! 三球目っ!」

 どことなく若干の安堵を含ませながら、ニメが三度目の歓喜の声を上げた。

 これで三回目。ニメの記録は、三回ということになった。

 バットを置いてネットをくぐり、ドアを開けてニメが戻ってくる。

「お疲れ」

「うー、できればあともう一回当てたかったわ」

「三回じゃダメなの?」

「三回は、平均値みたいなものだから。大体いつも三回くらいは当たってるのよ。だから勝率を上げるために、あともう一回当てたかった」

「そうなんだ」

 三球目が的に当たった時に、声に若干の安堵が含まれていたのはそういうわけだったのか。最後の最後で平均の三回目に乗った、そのことに対する安堵だったのだ。

「まあ、そんなこと言っても仕方ないわ。サディのところに行きましょう」

「うん」

 僕はニメと一緒に、サディとリュウのもとへと向かった。僕たちが歩いていくと、ちょうどサディもバッティングが終わったところだった。サディがドアを開けて戻ってくる。

「さあ、サディ! 運命の時間よ!」

「の、望むところデース!」

 ニメとサディは向かい合って、そしてお互いの目を見つめ合う。

「じゃあ行くわよ? せーのっ――」

 それから、せーのっ、でお互いに結果を言い合う。

「――三回!」

「――……回」

 ……よく聞こえなかった。

 ニメの三回という声は聞こえたけど、肝心のサディの声がよく聞こえなかった。

「え? サディ? 何回よ?」

「……回デース……」

 サディは目を逸らしながら、消え入りそうな声でそう言う。やっぱり大事な数字の部分が聞こえない。ニメは問いただすように、サディに顔を近づける。

「だから、はっきり言いなさいって。ほら、何回?」

「…………」

 ……あ、これは。……そういうこと。

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