第二章 12 忘れてはいけない

「――はっ!」

 接近。威勢よく地を蹴り、体を加速させていく。

 常に悪鬼と、そしてサディの行動に注意を向け、自分のアクションを起こす。悪鬼に接近し、右手の人差し指でトリガーを引いたあと、僕は剣を左に振り払った。

 飛び出た剣先がリーチを伸ばし、剣は悪鬼の左脚に命中する。そのまま剣を返すように、もう一度左脚に斬撃を浴びせ、僕は右にステップ。

 斬撃後のステップで悪鬼の右脚に移動し、右脚を袈裟切りで追撃する。そして一旦バックステップをして、悪鬼とサディの様子をうかがう。

 悪鬼は右手で殴りつけるようにサディを攻撃する。サディはそれを左斜めの移動で回避した。彼女が左に動いた分、僕も同じく左に移動し、位置取りが重ならないように心掛ける。

「ギュギギィ! ギィ!」

 悪鬼が声を上げて顔を動かし、その視線が僕を捉える。サディから僕へと標的が移る。

 悪鬼は右足に重心をかけると、左足で蹴りを放ってきた。三メートルほどの巨体から、力の乗った蹴りが僕の眼前に迫る。急いで僕は左へと、体を逸らすように跳んだ。

 僕の体のすぐ横を、悪鬼の左足が突き抜ける。直線的な蹴りだったことが幸いして、何とか被弾することはなかった。

 地面に足をつけ、距離を取るようにバックステップで後退。

「――やあッ!!」

 その瞬間、サディの気合の入った声が響く。悪鬼の反対側で、風を切るような鋭い斬撃音が立て続けに三度響いた。見えないが、サディの攻撃に違いない。

 音からしても、おそらく相当な攻撃だった。そのサディの鋭い斬撃を受け、一瞬悪鬼の動きが鈍る。僕はその間に再び地を蹴り、悪鬼に接近していった。

「その調子デス!」

 サディが悪鬼の攻撃を回避しつつ、僕にそう言う。回避したサディに合わせ、僕は右から回り込むように悪鬼に接近していく。

 そして、

「――ッ!」

 悪鬼の右足が動き出したのを、僕は見逃さなかった。

 悪鬼が僕を見ないまま、右足を僕のいる右斜め後ろに繰り出してきた。悪鬼にしては珍しくトリッキーな攻撃。しかし、僕はもうすでにその瞬間、回避の動作に移っていた。

 左ステップでその不意打ちを回避し、そして体を左に一回転させ、回転力を乗せた斬撃を上から悪鬼の右足に叩き込む。それからさらに回転して体勢を前方に戻すと、一気に距離を詰めて軸足となっている左足に追撃を喰らわせた。

 そして、そのまま流れるように悪鬼の外側へ駆け抜けていく。

「ジゲン! いいデスよー!」

 サディが僕に合わせて位置取りを変えながら、いい子いい子と褒めてくれる。

 僕とサディはそのあとも悪鬼に攻撃を続け、無事にその悪鬼を討伐することができた。



 倒れ伏した悪鬼が、粒子となって空気中に消えていく。

 粒子となって世界へと消えていく悪鬼を、僕とサディは無言で見つめていた。

 忘れてはいけない。

 そう、忘れてはいけないのだ。

 ――悪鬼となったとしても、元は普通の人だったということを。

 悪鬼となってしまっては、もう元には戻らないし、周りにも被害が出る。だからこそ、悪鬼は倒さなくてはならないし、放っておいていい存在じゃない。

 でもその悪鬼は、元は普通の人だったのだ。昨日の男性や今日の女性は、僕らと同じ普通の人だったはずだ。アニメや3DCG、三次元という差はあれど、ここに――この世界に生きる普通の人だったはずなのだ。

 ――悪鬼を倒すということは、その人を殺すということ。

 いくら『悪鬼』という別の姿になったとはいえ、そのことを忘れてはいけない。

 僕らが倒しているのは悪鬼だけど、同時にこの世界の人でもあったのだ。

「…………」

 僕は、顔こそ知らないその人のことを思いながら、最後までその場に立ち尽くす。悪鬼となってしまったその人が、完全に世界に消えるまで、僕は無言でその粒子となっていく姿を見つめていた。

 それが、その人に対しての供養となると思うから。

「ジゲン、ニメたちの方に向かうデスよ」

 悪鬼が完全に消えていったあと、隣にいるサディがそう言った。

「了解。じゃあ行こう」

 僕は返事をして、サディとともにその広場を離れる。感傷に浸っている場合じゃない。僕たちには、まだやるべきことが残っているのだ。

 気持ちを切り替えて、僕はニメとリュウの方へ援護に向かった。

 二人のいる方向は、現在位置から保安局を挟んでまったくの逆方向なので、移動するにもかなりの時間が掛かってしまった。

 僕とサディがニメたちのところへ到着する頃には、ニメたちも悪鬼を倒す寸前のところまで差し迫っていた。あちらももう少しで決着がつきそうである。

「サディ、どうするの?」

「うーん、そうデスねー……。ここは見学しておくことにするデスか」

「え、加勢しなくていいの?」

「リュウにも戦闘経験を積ませたいので、ここは見ておくことにするデスよー」

「なるほど、分かった」

 サディの指示でその場には加勢せず、高いところからニメとリュウの戦いを見学することになった。ニメの戦う姿は昨日見たけど、リュウの戦う姿を見るのはこれが初めてだった。

 リュウの武器は、どこか未来チックな見た目をした銃のようなものだった。

 その銃からは、極々短いビームのようなものが、その弾丸として発射されている。リュウは攻撃の当たらない安全圏へと移動しながら、悪鬼に対しその弾丸を的確に当てていた。

 そしてたびたび悪鬼に接近されると、無理に反撃を狙うようなことはせず、その体を回避に専念させていた。安全な位置に逃げられるまで、無理に攻撃しようとはしなかった。

 リュウの戦闘スタイルは、大まかに言えばそんなような感じだった。

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