第二章 11 初仕事
「そうデース。人物予測とは、どんな感じの人物が悪鬼になるか、という予測デス。なので私たちは、悪鬼が現れるまで街を探索して、それっぽい人物に目を付けておくのデスよ」
「なるほど」
「デスけどー、それほど肩ひじを張らなくても大丈夫デース。時間的にその人物が、今絶対この場にいるとは限りませんデスし、見つけやすい場所にいるとも限らないからデス」
サディは細くしなやかな人差し指をピンと立てると、続けて言った。
「デスから重要なのは、その人物を見つけることよりも、その人物が悪鬼となってしまった時に、いち早くその場に行けるかの方が重要なのデース!」
「分かりました、教官!」
「なら街を探索しながら、時間を待つデスよー!」
そこからは、時間との戦いだった。
いつ悪鬼が出てもいいように、気をつけながら街を進む。街を巡りながら、人物予測に当てはまりそうな人を探す。それを永遠と繰り返していく。
僕は何しろ初めてなので、どのくらい手を抜いてもいいのかもまだ掴めていない。常に全力に近い神経の張り詰め方をしている。初めこそそれで良かったものの、まだまだこれが続くとなると、かなり精神的につらいものがあった。
「……ねぇ、サディ?」
「何デスかー?」
この状況を、サディはどうしているのだろうと思い、僕は訊いてみることにした。
「……このままずっとこうしているのって、大変じゃない?」
「大変デスねー。もう慣れたので少しは楽なのデスけど、それでも大変なのに変わりはないデース。ジゲンも、もっと半分くらい力を抜いていいのデスよー?」
「初めてだから、加減が分からなくて……」
「結局目星をつけても、それが外れなことも多いのデス。本当のことを言うと、悪鬼が出てから駆けつけたとしても、ほとんど同じなのデスよ。あまりこの捜索に、価値はないのが本当のところなのデース」
「……そうなんだ」
先輩であるサディが言うのだから、言っていることに間違いはないのだろう。
「まだ予測出現時間にもなっていないデスし、ジゲンももっと力を抜いていいのデスよー。悪鬼が出たら、ようやく気合を入れるくらいでいいのデス。そうしないと疲れてしまうのデスよ。私が、先輩であるサディがそれを許すデース」
サディにそう言われると、ようやく張り詰めていた神経がほどけていった。一つ大きく息をつき、体から余計な緊張をなくしていく。
「ありがとうサディ、楽になったよ」
「まだこれから先、悪鬼討伐は何度もあるのデスから。力の入れ過ぎはダメデスよー」
「覚えておくよ」
それからまた、時間との戦いが始まる。今度はまだ、幾分かは楽になったけど。
ついに予測出現時間に差し掛かり、より一層緊張感が高まる。ここから先は、いつ悪鬼が出現してもおかしくはない。
だけど時間は三時間もある。力を入れ過ぎてもいけない。全体では力を抜きつつも、頭の片隅には常に緊張感を残しておく。このバランスも段々と分かってきた。
――時間が過ぎていく。
サディと他愛無い話をして、リラックスをする。
――さらに時間が過ぎて。
そろそろ来るかと身構え、そしてこない。
――もっと時間が過ぎていき。
そして十三時をまわった頃。
ついにその瞬間は、僕の前に訪れた――。
きゃあああぁぁぁ――、と。
どこかから、悲鳴のような声が聞こえてくる。サディの指示で、すぐ僕たちは近くにあった建物の上に飛び乗った。そして耳をすませ、二人で声の位置を探った。
声はおよそ、左斜め前の方から聞こえてくる。
「ジゲン、行くデスよ!」
「うん!」
サディと顔を見合わせると、体の運動ギアを一気に全開にして、全速力でその声のした場所へと駆けていく。何時間か前にやった、街全体を使ったフリーランの経験が生きて、特に障害もなく素早くそこへと行くことができた。
「いた……」
交差点の開けた一角に、その悪鬼の姿はあった。
「ジゲンは、最初に後方からお願いするデス!」
「了解!」
サディの手短な指示に返事をして、僕もその悪鬼へと向かっていく。すでに広場に人影はない。みんな悪鬼の出現でどこかに避難、もしくは移動してくれたようだ。
僕とサディは手筈通りに散開し、僕は悪鬼の後方に、サディは前方にそれぞれ位置取った。
この悪鬼は、僕が初めて戦った昨日の悪鬼と身長こそ同じくらいなものの、そのフォルムはまったくと言っていいほど、昨日の悪鬼とは違っていた。
昨日の悪鬼が体格のいい、ゴツい見た目だったのに対し、今回の悪鬼はスラリとしたシャープな見た目をしている。どことなく、雰囲気が女性っぽい感じもしている。
その見た目なのは、今回の悪鬼の人物予測が女性だったからだろうか。逆に、昨日の悪鬼が体格のいい見た目だったのは、人物が男性だったからだろうか。
……果たして本当に、そうかどうかは分からないけれど。
とりあえず、今のところはそういうことにしておこう。
「ジゲン! 行くデスよ!」
「分かった!」
サディの指示が飛び、戦闘が始まる。僕にとっては初めての一人ではない戦いだ。
右手を背中にまわし、愛剣の柄を握った。今のところ悪鬼はサディの方に向いている。ここは背後にいる僕が、攻撃を仕掛ける場面だろう。
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