第二章 10 ゲーム的パワーアップ

「でもこの出現時間予測って、10時30から13時30分だから三時間もあるんだけど」

 僕がそう言うと、サディは急に真面目そうな顔になって、まくし立てるように言ってきた。

「そうなのデスよ! 三時間って広すぎると思うデスよね!? そのうえこれはあくまで予測なので、外れることもあるのデスよ! つまり、結局のところ、最初から最後まで気を張っていなければいけない、ということなのデス! ジゲン! これが分かるデスか!?」

「あ、うん、分かるよ……」

「まったく、もうちょっと私たちに優しくしてほしいデスよ!」

 僕の言葉によって、サディの日頃抱えていた鬱憤が爆発してしまった。ぷりぷりと怒り、頬を膨らませるサディがすごく可愛らしい。

「もう、仕方がないので講習の続きをするデース。ジゲン、青い文字で書かれた『地図』をタッチするデスよ」

 サディに言われた通り、メール上の『出現ポイント予測:地図』の地図の部分をタッチすると、連動して地図アプリが起動した。すぐに広範囲にわたる街の地図が表示される。

「青いピンが、現在の端末の場所――つまり自分の位置デース。そして薄赤い円形になっている場所が、悪鬼の出現ポイント予測デスよ」

 地図を見ると、確かに青いピンと薄赤い円が地図上に存在していた。しかも今回は、課長の話通りその出現ポイントが二つあった。左右、東と西にそれぞれ存在している。

「次の講習は現地に行ってからするデスよー! ジゲン、変身するデース!」

「了解です! 教官!」

 ――ソウル・アウト! ―――……。

 目の前に黒い少女と化した自分が立っており、魂と化した自分の体がその後ろに立っている。目の前にいる黒い少女の力を借りるように、僕はその体へと慣れたように飛び込んだ。

 一瞬のめまいのあと、自分がその少女に変わる。これにも、もう慣れてしまった。

「ならジゲンにも、私のパワーアップを見せてあげるデス!」

 張り切ったようにサディがそう言うと、突然彼女の前に一枚の半透明な、青いウィンドウのようなものが現れた。サディの胸の前に現れたそれは、SFや近未来なんかでよく見る、仮想の薄い画面みたいなものに似ていた。

「それ、何? 気になる」

 女の子になった声で自然に、僕はサディにそう訊いた。

「これは『メニュー画面』と、私は呼んでいるデス。これで私はパワーアップして、悪鬼と戦うのデスよー」

 サディの隣に寄って、横からその青いウィンドウを覗いてみる。画面の左側には、何やら謎の文字が内容ごとに列になって何個も並んでいて、そして画面の右側には、これまた何やら人の全体像が大きく映し出されていた。

「なんかゲームの画面みたい」

「そうなのデスよ! だから私はこれを、メニュー画面と名づけたのデース! こうやって、左側の項目を指で選んで、それを右側に持っていくと……」

 サディが人差し指で、多く並んだ左側の文字列のうちの一つをタッチして選び、その文字列を右側にある人物像の方へとスライドして持っていく。

 その文字列が、画面右側の人物像の左手とリンクすると――。

 次の瞬間、サディの左手に、昨日見た日本刀のようなものが出現した。

「こうなるのデス! これで私は倒す力を手に入れるのデスよ!」

「へぇー、そうなんだ。これがサディの……」

「どうデスか、どうデスかー!? ジゲン、感想はどうデス!?」

「格好いいと思う。サディにも合ってると思うよ」

「ぬふー。ジゲンありがとうデース! 褒められて嬉しいデース!」

 サディはさらに、いくつもの文字列を人物像にスライドさせ、パワーアップを重ねる。たぶんこれで昨日のように、悪鬼の攻撃を避けたり、建物の屋上までジャンプすることができるようになったのだろう。

 けれど僕には、その文字列に何と書いてあるのかまったく読めない。もちろん日本語ではないし、英語でも、中国語でも、形象文字でもない。僕が知らない言葉なのか、それともどこにも存在していない文字なのか、いずれにせよ僕にはまったく分からなかった。

「サディはそれ、なんて書いてあるか読めるの?」

「んー? もちろん読めるデスよ?」

「へー……」

 まあ、僕が理解できる必要はないから、それでいっか。

「ちなみにデスけど、このパワーアップとか武器は、自分で作ったり追加したりできるのデスよー。今度機会があったら見せてあげるデース」

「お、それはちょっと見てみたいかも」

 パワーアップが完了してウィンドウを消すと、サディは僕に向かって言った。

「ではジゲン! ここからは体を動かして行くデスよー!」

「イエス、マム!」


 普通の人間の動きを遥かに超えた動きで、僕とサディは街を西に向かっていた。

 風を切るほどの速さで走り、跳躍して建物に飛び乗っていく。街全体を使っての、普通では絶対にできないフリーランは、驚くほど楽しかった。

 壁を蹴って建物の屋根に上がり、そこから別の建物へジャンプする。視界に映る世界が、僕の動きに合わせてどんどん移り変わっていく。

「ジゲン!! ついてきてるデスかー!!」

 先行してルートを決めているサディが、肩ごしに大声でそう訊いてくる。

「まだまだ行けるよー!!」

「ジゲンー!! でも残念ながらここで一旦ストップなのデース!!」

 サディがストップと宣言すると、先行する速度を徐々に落とし始めた。そして建物から道へ下りると、ゆっくりと歩くほどのスピードまでその速度を落とした。

 僕はサディの隣まで駆け寄り、肩を並べて歩く。

「どうしたのサディ?」

「悪鬼の予測出現ポイントまで来たので、次の講習に入るデスよ」

「ああ、ここがもうそのポイントなんだ」

「次の講習は、人物予測に関することデース。ジゲン、さっきのメールに、人物予測があったのを覚えているデスか?」

「人物予測って……『3DCG・二十代後半・女』のあれ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る