第二章 8 記憶の領域

「それは保安局での情報伝達に使用しているものだ。わたしからの連絡だったり、課内での連絡に使用している。今のところわたしからと、ここにいるメンバーへの連絡先は登録済みだ。他にも追加したかったら、それは手動で登録してくれ」

「りょーかい」

 僕が返事をすると、早速何か連絡が来たのか、このスマホが音を立てて振動する。設定がマナーモードなのか、バイブレーションのみだった。

 画面をつけると、新着のメールが一件来ている。メールのアイコンをタッチして、そのメールを開いた。送り主は課長からで、内容は一言『使い方は分かるか?』というものだった。

「よし、使い方は一応分かりそうだな。細かなところは皆に訊いてくれ」

「あ、はい。……あれ、でも僕なんで使い方を知っているんだろう?」

「それはね、記憶の領域が違うからなのよ」

 僕の疑問に答えてくれたのはニメだった。

「人の記憶にはいろいろあって、それぞれ意味記憶、手続き記憶、エピソード記憶とか呼ばれているんだけど、それらは別々に記憶されているの。意味記憶は、勉強とかやり方とかの知識の部分。手続き記憶は、運動とか体の動かし方の部分。エピソード記憶は、個人にまつわることの部分ってわけ」

「へぇー、記憶ってそうなっているのか」

「そう。で、ジゲンがスマホの操作を覚えていたのは、それが意味記憶に該当するからだと思うわ。スマホの使い方っていうのは、知識だから意味記憶に当たるはず。そんで、逆に自分の過去とかが思い出せないのは、それが意味記憶じゃなくエピソード記憶だからなのよ」

「そうなのか。だから自分の過去が思い出せなくても、計算方法とか、体の動かし方とかは覚えているってわけか。領域が違うから」

「ん、理解が早くてよろしい」

 だったら、僕を含めこの世界の人は、みんな個人にまつわるエピソード記憶がないということか。ならそのエピソード記憶を何とかすれば、自分の過去を思い出すことができるかもしれない。

 ニメの記憶講座が終わったところで、課長が話を再開する。

「それで話の続きだが、ニメ、サディ、リュウの端末にもジゲンの連絡先を追加しておいたぞ。各自念のために確認してみてくれ」

 課長の指示で、三人が一斉に自分の懐からスマホを取り出す。

「オッケー」

「大丈夫デース」

「……だ、大丈夫だ」

 全員、僕の連絡先があることを確認し、オッケーの声を上げる。

「ふふふ、これでジゲンと秘密のお話、し放題デス!」

「えっ、これ仕事用だよね? いいの?」

 仕事用をプライベートに使うのは良いのだろうか? 普通ダメじゃない?

 僕が疑問を持った視線を課長に向けると、課長は一つ頷いて言った。

「いいんじゃないか?」

「あ、いいんだ」

「かく言うわたしも、これで男の同僚に連絡しまくっているからな! けれども何も言われない! だからいいんだ! 何かあったら、わたしが取り持ってやるから!」

「力強く何言ってるんですか!」

 また課長の秘密を一つ知ってしまった……。大体この人が分かってきたぞ……。

 レイコさんは一つ咳払いをすると、切り替えてまた話を始める。

「なら、端末の話はこれで終わりだ」

「あ、終わりなの……」

「次に、今日の悪鬼出現についてだが……。今日はちょっと厄介なことになるかもしれない」

「厄介って? 具体的には?」

 ニメが課長の言葉に首を傾げ、真剣そうにそう訊く。これは凛々しいニメ神様。

「通達によれば……今日は悪鬼が二体同時に、それも両者とも離れた位置に出現するらしい。そうなれば当然、こちらも戦力を分散して向かわなければならないことになる」

「あ、でもでも、ジゲンが入って四人になったデース!」

「そうだ。今まで三人だったが、幸運なことに昨日ジゲンが加わり、今は四人になった。これなら、分かれて二人ずつ現場に向かうことができる」

「だったら指導役のあたしが、ジゲンと一緒に行きます」

 ニメがそう提案するが、課長は違うことを考えているようだった。

「いや、待て。聞いたところ、ジゲンは剣を使う近接戦闘タイプだそうだな。だったら早めに、同じ近接タイプであるサディと慣れておいた方が良いだろう」

「なるほど、分かったわ」

 ……ん? ……えっ? 待って待って。

 ニメはすんなり納得いったらしいけど、素人である僕にはまったく分からなかった。

「……えっと、つまり?」

「つまり、近接・遠距離の組み合わせよりも、近接同士の方が必要となる練度は高いということだ。……あー、ニメ。砕いて説明してやってくれ」

「簡単に言えば、悪鬼の近くで戦う人と遠くで戦える人なら、行動範囲が重なりにくいから、それなりに何とかなるってわけ。でも近くで戦う人と近くで戦う人だと、行動範囲がかなり重なるから、上手く動かないとピンチや邪魔になりやすいのよ」

「……あー、そう言われれば、何となく分かる……かも」

「それだから、近接同士なジゲンとサディは、早く慣れましょうってこと。まあ、この場合、慣れるのは主にジゲンの方だけどね」

 ニメの噛み砕いた説明が一通り終わると、課長が話を引き継ぐ。

「詳細はいつもの通り、端末に送っておく。どちらチームがどちらの悪鬼に向かうかは、皆に任せる。――では、今日のブリーフィングは終了。よろしく頼むぞ」

「はーい」

「りょーかいデース!」

「……はい、り、了解」

 それぞれが了解の声を上げ、僕にとっては初めてのブリーフィングが終わる。

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