第二章 5 初夜はハナとともに

「こっちが仮眠室で、こっちがシャワールーム」

 建物の地下の一角に、仮眠室とシャワールームがあった。

「おお……」

「シャワールームは男女別だから。仮眠室は共用だけど。洗濯はさすがにここじゃできないけど、まあ男だから少しくらい大丈夫でしょ。そこは自分で何とかしてね」

「おお……!」

「ちょっとジゲン、聞いてる?」

「聞いてますとも! ここは何、天国ですか? こんなのあっていいんですか!?」

 僕はニメの、イラストチックだが、しっかりと柔らかさはあるその肩を掴む。

「あ、あっていいのよ! 存分に使いなさい!」

「シャワーも浴びれて、柔らかいところで眠れるとか! ああ感謝。感謝ですよこれは。ニメ神様、ニメ神様ぁ! ニメ好き、ちょー好き、大好きですぅ!」

「ちょっと、うるうるしながら何言ってるのよ!?」

 僕は平静を取り戻すと、ニメの肩からようやく手を放した。

「……ふぅ。ついパッションが爆発してしまった」

「…………」

「あれ? ニメどうしたの?」

「な、何でもない。じゃあ次は、この街の少し案内してあげるわ。ちょっとくらい店を知ってないと不便だろうから。洗濯のためのコインランドリーとか、服屋とか、食べ物とか」

「そうか、ありがとう。……あ、でも僕お金ないけど」

「あたしが貸してあげるわよ、そのくらい」

「温情、染み渡ります姫様!」

「とりあえず、肌着くらいは買わないとね。まあ、考えながら行きましょう」

 そう言って歩き出すニメを、僕は少し浮ついた気持ちで追った。


 夜。この世界に来て、初めての夜。……初夜。

 あのあと、ニメと街を歩き、店を紹介してもらって、肌着類などを少し買い、夕食をごちそうになった。街も結構知れたし、必要なものも買えたし、とても充実していたと思う。

 しかもニメと二人っきりだったから、それが少しデートみたいで、何だか楽しかった。

 歩き回ったから少し足が疲れているけど、けどこれも良いと思える。この世界に来て不安ばかりだったけど、その不安もほとんどなくなった気がする。

 これも全て、ニメとサディとリュウの三人に出会えたからだ。あ、あと課長も。

 他の人は知らないけど、それでも僕はかなり恵まれていると思う。だから、その幸運に感謝して、しっかりとこれからの生活も頑張っていこう。

 そう思った。

「シャワーさん、最高でした!」

 シャワーを浴びてさっぱりし、それから僕は仮眠室に向かう。

 けれどまだ時間が時間なのか、仮眠室には一人もいなかった。いや、そもそも仮眠室は本来あまり使うべきものではないし、たぶんこれが普通なんだろう。

 仮眠室には、十個のベッドが五個ずつ二列に並んでいる。そしてその室内は、睡眠の妨げにならないくらいの、わずかな明かりがついているだけだった。

 僕は一番奥の右側のベッドに向かった。とりあえず、そのベッドに腰掛ける。

 仮眠室だけあって、そのベッドはとても豪華なものとは呼べなかったが、むしろそれが今の僕には合っていた。今の僕には、この質素なベッドが似合っている。

 寝やすいように上着を脱ぐ。上着は適当にベッドのふちに掛けておいた。

「さっさと寝て、早く起きよう。早く起きたら、また街を巡ってみよう」

 決意を固めるようにそう呟いて、僕は早くもベッドに横になった。

 眠るために、目を閉じる。頭の中に、今日の出来事がよみがえってくる。

 思った以上に疲れていたのか、すぐに僕は眠りに――。


「あー、だれかいるー」


 ――眠りに落ちる直前に、誰かの声が聞こえた。

 その声は、幼い少女のような声だった。

「……だ、誰ですか?」

「まってー、いまいくからー」

 再びの声とともに、小さな足音が聞こえる。その足音は確かに僕の方に近づいてきていて、他の誰でもなく僕が相手であることは明らかだった。

 そして、仰向けで寝ている僕の視界に、にょきっとその顔が現れた。

「こんばんわー」

 少女が僕の顔を、超至近距離から覗いている。息がかかりそうなほどの、超至近距離で。

 とっさに笑顔を作りながら、僕はその少女に声を返した。

「こ、こんばんわ」

「おにーさん、いまからねるのー?」

「そ、そのつもりだったんだけど……」

「ならー、ハナもとなりでねていーいー?」

「あ、うん。いいよ」

 僕がそう返事をすると、少女は隣のベッドにごそごそと潜り込んだ。

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