第二章 3 課長の趣味を知ってしまった

「ざっくりとした説明だが、何か質問はあるか?」

「ない。大体分かったから。……あ。じゃあ、まったく今のと関係ないけど、一つ質問」

「なんだ?」

「課長が僕たちに、この口調を命令している理由」

「ほう、それをいきなり訊くとは、やはり優秀な男だ」

 課長は顎に手を当てて、少し思案してから答えた。

「そうだな、理由は複数あるが、一つだけなら答えておこう。――わたしの趣味だ」

 …………ん? シミ? いや、趣味?

「趣味なの!? これが課長の!?」

「ああ、そうだ。わたしは、見た目年下の子に砕けた口調で話しかけてもらうことに、とても興奮するのだ。今もかなり興奮しているぞ、ジゲン君!」

 この人、かなりの変態じゃないか! しかも表情にはまったく出ていないし! 普通そうな顔してるのに、水面下で興奮しているとか、意外と極めた変態ですね!

「えっ、課長、そんな理由で、おれたちに敬語とかをやめさせていたんですか!?」

「何、リュウ知らなかったの? てっきりもう知ってるもんかと」

「私とニメは、もう知ってたデース!」

「なら今まで、おれだけ知らなかったってことですか……? ああ、知らなければ良かった、課長が……、そんな理由があったなんて……」

 やばい、リュウが頭を抱えちゃってるんですけど。まずいパンドラの箱を開けちゃったんですけど。これはもう取り返しがつかないですよ、そこの奥さん。

 今のそんな、異様な雰囲気を打ち破るかのように、課長が言う。

「まあ、知ってしまったことは、もう仕方がないだろう。だが、この命令だけはやめさせる気はないからな! 今後もわたしを興奮させてくれよ、諸君!」

 何言ってんだ、この人……。

「はーい! 了解よ、課長!」

「私にまかせるデス!」

「……わ、分かり……、分かった」

 ノリノリの女子二人に対して、もうどうでもいいやという感じの男子リュウ。

 女の子はたくましいなぁ、と僕は適当にそんなことを思った。

「第一班諸君、今日はこれで解散だ。今日もご苦労様」

 課長により、解散の合図が出される。今日はもう悪鬼の心配はないということだろうか。

「じゃあまたね、課長」

「ニメ、あとはよろしく頼む」

 課長からニメに頼まれていることは、流れからして間違いなく僕のことだろう。

「それじゃ、また」

 僕も課長に一言挨拶し、部屋を出ようとするニメのあとを追った。

「お疲れデース、課長!」

「……お、お疲れー」

 それぞれの挨拶とともに、僕を含めた四人は、悪鬼対策課の部屋をあとにした。

「……やっと、解放されました……」

 部屋を出てすぐに、リュウが大きなため息と一緒にそう言う。

「リュウさん、どうしたの?」

 心配になって、僕はリュウに声を掛けた。けれど答えたのはニメだった。

「ああ、リュウはね、年上の人に砕けた口調ができないタイプの人なのよ」

「そうなんですよ! だからおれにとっては、あの瞬間は拷問以外の何ものでもないんです!」

「そ、そうなんだ。き、気持ちは、分からないでもないかな……」

 部屋の中での課長に対するリュウの言葉が、どこか少しおかしかったのには、そんなわけがあったのか。確かに、ちょっとためらっているような感じがしたかも。

「もう! リュウはダメデスねー! 課長を、自分のママだと思って話せばいいのデス!」

「それでもダメなんです! おれの無意識が、性格がそうさせてくれないんです!」

 リ、リュウ……。な、なんて可哀想なんだ……。アーメン。

「あー、はいはい。いつか克服できるといいわね」

「これだからリュウはダメなのデスよー」

「ちょっと女子! 男子にそんなことを言ってはいけません!」

「ジゲン、ああ、君が男子で良かったよ……。泣きそうだよ」

 ――そんなこんなが、しばらく続いた。

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