第一章 11 名前をもらった、居場所を見つけた

 なら、それなら、今尋ねるべきことは一つだ。

「でも、記憶がないなら、じゃあ皆さんのその名前は……?」

 記憶がないのに、どうしてその名前があるのか。

「え? あたしたちの名前? もちろん、思い出せないから自分で考えたのよ」

「じ、自分で?」

「そうよ。ないなら、自分でつければいいじゃない。自分で自分の名前を、ね」

「それでいいんですか?」

「いいんじゃない? 別に何もないし、何も言われないし」

 それはそれでいいのだろうか? ……うん、まあ、よしとしようか。

「ちなみにあたしは、アニメだからニメね。分かりやすいでしょ?」

「あ、私は3DCGを少しアレンジして、それでサディなのデスよ! スリー、もとい3が『サ』で、Dが『デ』、CGの母音の『イ』を小文字にして『ィ』、それでサディなのデス! これは自分でも気に入っているのデスよー!」

「おれは、ドラゴンとかワイバーンとか恐竜みたいに、常に強く格好良くありたいと思って、リュウという名前にしたんだ」

 ニメ、サディ、リュウが、それぞれ自分の名前の意味や理由を教えてくれる。三人の名前には、意味や理由がそれぞれ込められていた。

 ニメは、アニメだからニメって……。確かにシンプルで分かりやすいけど……、まあでも、彼女らしいといえば彼女らしいかもしれない。

 サディは、3DCGから来ているらしい。3DCG、サディ。言われてみれば少ししゃれている。自分で気に入っているのも納得できた。いい名前である。

 リュウは、ドラゴンとかの竜、もしくは龍から来ているようだ。これも理由が簡単で、とても分かりやすい。思いが込められている格好いい名前だった。

「……で、あなたは決まった? 自分の名前」

 ニメが、今度は自分の番だと言わんばかりにそう訊いてくる。

「……うーん、パッとは思いつかないなぁ」

「だったらあたしが決めていい? 前々から名づけ人になってみたかったのよね」

 それは助かる。自分ではパッとつけられないし、いろいろ悩みそうで困りそうだったんだ。ここはニメに任せてしまおう。そうしてもらおう。

「じゃあ、お願いします」

「よし、任せて!」

 ニメが嬉しそうな顔をする。けれどその可愛らしい顔も一瞬で終わり、すぐにうぬぬと思案顔になった。本当に名づけ人になりたかったようである。

「……うー、あなたは……、現実……、リアル……、……だから、…………」

 思案すること十秒ほど。それからニメが、こちらに顔を向けて言った。

「あなたは現実、三次元だから『ジゲン』ね! 決まり!」

「じ、ジゲン?」

「三次元だからジゲン。分かりやすいでしょ?」

 ……僕は三次元の人だから、ジゲン。これでは、アニメだからニメとまったく同じじゃないですか。ニメってもしかして、そういうつけ方しかできない人なのですか。

「三次元だからジゲンって、アニメだからニメと同じですよね?」

「何よ? 不満でもあるの?」

「不満は……不満はないですけど」

 不満は、確かにない。三次元だからジゲン。分かりやすくていい。僕もそう思う。

「分かりました。ジゲンでいいです。ジゲンにします」

「ん、よろしい。あたしとお揃いね」

 ニメにお揃い――名づけ方がお揃いと言われて、悪い気はしなかった。

「じゃあ帰りましょうか」

 ニメが帰る、と言った。帰るということは、帰る場所があるということだ。

 僕みたいに浮浪者なんかではなく、三人にはしっかりとそういう場所がある。こんな騒動に巻き込まれてしまったけど、僕もいい加減そういう場所を、帰るべきところを探さなくては。

「なら、これでお別れですね。……ありがとうございました」

 三人とは、これでお別れだ。

 ――そう思っていた。


「何言ってるの? あなた――ジゲンも一緒に来るのよ?」


 だからこそ、一瞬、ニメの言った意味が分からなかった。

「……え? 一緒に、って……?」

「お! ニメ、勧誘デスか!?」

「そうよ。だってジゲンには、悪鬼を倒せるだけの力があるもの。それに……」

「それに、何デス?」

「――そ、それに、い、行くあてもなそうだったし? 困ってるかもって」

 いつも気丈なニメが、珍しく今は言葉の歯切れが悪かった。どうしたんだろうか。

「とにかく、ジゲンもあたしたちと一緒に来ること。いいわね?」

「あ、はい」

 行くあても、帰る場所も、行動も決まっていない僕にとっては、それは願ってもないことだった。まだこの人たちと一緒にいられる。それだけで何倍も、何十倍も安心感があった。

「なら、行きましょう」


 僕は、居場所を見つけた。

 この世界に来て、何一つなかった僕に。

 幸運なことに、ようやく一つ、居場所というものを見つけた。

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