第一章 8 二人による質問

「……ふぅ」

 目を閉じ、一つ息をつく。それから、トリガーを引き剣の長さを短く戻すと、右手に持っていた剣を背中に戻した。背中で握っていた剣を放すと、ゲームように背中の一番いいポジションで剣が固定される。

 ……ちょっとだけ、少しだけ、手を放したら剣がそのまま地面に落ちるんじゃないかって不安だったけど、杞憂に終わってよかった。

 今になって気がついたが、この剣先機構は、現在のこの女の子の体のために作られたものではないだろうか。女の子の小さな、愛くるしい背中では、完全状態の剣は長すぎる。邪魔になるし、そのためにこの短くなる剣先機構があるのではないか。

 けれど、真相はたぶん誰にも分からないので、僕の中ではそういうことにしておこう。

「……で」

 で。これから何をすれば、神様は褒めてくれるだろうか?

 僕には行く場所もないし、帰る場所もない。今の僕は完全に浮浪者である。

 とりあえず拠点の確保、帰れる場所の確保が最優先なのだけど、さてどうしようか。歩きながら考えようか、考えてから行こうか、あ、でもお金がないような――。

 僕が脳さんとキャッキャウフフしていると、隣の建物の下から飛び上がってくる人がいるのが見えた。見覚えのある服装に髪型――ニメとサディの二人だった。

 ニメはやはり飛行能力があるのか、飛び上がる軌道がどこかふわりとしている。対してサディは、重力に逆らっていないところを見ると、ジャンプでここまで上がってきたようだった。

 そして二人は隣の、怪物が最初に上ってきた隣の建物の屋上に着地する。

 ニメとサディは注意深く辺りを見回したあと、何か会話をしているようだった。それからニメがこちらを指差す。その指は間違いなく僕を選択していた。

 二人がこっちに向かってくる。跳躍してこちらの屋上に飛び移ってきた。ニメとはすでに顔を合わせているけど、サディとはこれが初めてだった。

 サディは本当に、まさに精巧な3DCGで、まるで人形のようなフィギュアのような綺麗さだった。たれ目気味なその両眼からは、聖母のように優しそうな印象を受ける。ニメよりも背が高く、見目麗しいお姉さんというのがふさわしい感じの人だった。

「ちょっといいかしら。こちらの方に悪鬼が――怪物が来なかった?」

 ニメが話しかけてくる。先ほど助けた僕だとは、まったく気づいていないらしい。いや逆に分かったら、それはそれであれだけど。

「き、来ましたよ。怪物なら」

 僕は質問に忠実に答える。来なかったか、と訊かれたので、来た、と返した。うーん、僕が倒したことも伝えた方がいいだろうか? でも何かあったら嫌だしなぁ。

 しかし他人と話すと、自分の声をはっきりと意識させられる。さっきまでは声なんて全然意識していなかったけど、女の子の今の僕ってこんな声だったんだ。

 自分の耳で聞いた感じでは、ちょっと低めの、落ち着いたような印象の声だった。

「その怪物は、どこへ行ったの?」

「えっと、その……。何ていうか……」

 ど、どうする? どうする!? 言う? 言わない!?

「アナタが倒したのデスよね?」

 サディが、横からしれっとそんなことを言った。……ま、まさか、気づいて?

「え、サディ? どうして?」

「状況を考えるに、デスよ。怪物がいなくなったところに、アナタが立っていたデス。だったら答えは一つデース!」

 こ、これはもう答えるしかないのか!? 僕がやりました! って。

「どうなの? あなたがやったの?」

 あ、ダメだ。逃げられない。ニメに回り込まれてしまった!

「……ぼ、僕がやりました。僕が、倒しました」

 犯行を自白。でも、やったのはいいことのはずなんです! ……たぶんだけど。

 顔を上げて二人の顔を見ると、二人は心底驚いた顔をしていた。

「……ほ、本当にあなたが倒したのね」

「……ほ、本当に当たったデス」

 え? ど、どういうこと?

 僕の疑問を晴らすかのように、ニメがサディを問いただす。

「え? ちょっとサディ、どういうこと?」

「じ、実は、さっきのは、適当に言っただけなのデス……。何となく、言ってみただけなのデス……」

「そうしたら、本当に当たってたってこと?」

「デス……」

「はぁー、……まあいいわ。じゃあ確認のためにもう一度聞くけど、本当にあなたが怪物を倒したのね?」

「……はい。僕が、倒しました」

 なんか変なことになったけど、とりあえず何も言われなくてよかった。正直、何勝手なことしてるの? このバカ! 豚ぁ! とか言われるような気がしてたから。

 ニメの質問は続く。まだまだ続くよ。

「もう一つ質問。ここに、男の人がいなかったかしら?」

「男の人、ですか?」

「そう、男の人。結構若い人」

 うーん、そんな人いただろうか? 若い男の人……。男の人、うーん……。

 ……………………。

 ――って。

 それって、僕のことでは? 僕のことだよね? イッツ、ミー?

 ああ、真剣に思い返して損した。完全に僕のことじゃんか。あー、びっくりした。

「……それ、僕です」

「は?」

「僕が、あなたに助けられた、その男の人です……」

「いやいや、どう見てもあなた女の子じゃない」

「怪物を倒す力を得るために変身したら、女の子になってしまって」

「だったら、変身を解いてみてくれない?」

 それは至極単純で、かなりごもっともである。ここは素直に従っておこう。

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