第一章 7 剣先、そして決着
「グルルル……」
怪物が低い唸り声を上げる。
そうだ。今はそんなことを考えている時じゃない。目の前に集中しなければ。
僕は怪物に意識を集中させ、剣の柄を再度握りしめた。――と。
そこで、あることに気づいた。
握った剣の、人差し指の辺りに、銃のトリガーのようなものが付いている。しかもご丁寧に、フィンガーガートまで付いているという豪華仕様だ。
興味心に駆られ、そのトリガーを人差し指で引いてみる。すると、今まで折れていたようになっていた剣先から、真の剣先が音を立てて飛び出してきた。その真の剣先には、まさしく剣と呼ぶにふさわしい、鋭い切っ先が備えられている。
その真の剣先が表れたことで、剣の刃の長さは二倍近くにまでなっていた。
「――これなら!」
格好よい変形を決めたことで気持ちが高まり、地を蹴る足にも力が入る。
今度はこちらから接近して、攻撃を仕掛けていく。怪物の左手が、僕を捕まえようと唸りを上げて迫ってくるが、それを右半身側に回避して、同時にがら空きになっていた怪物の右足を斬り払う。斬撃が当たると、怪物からまるで血ののように、黒いモヤが溢れ出た。
そのまま怪物の背後に周り込み、左脚の裏側を横に一閃する。そしてぐるりと回り込むように、正面から怪物の股下をくぐり抜け、同時に彼の股間を縦に切り裂いてやった。
怪物の背後に走り抜け、少し距離を取ったところで立ち止まり、振り返る。怪物はようやくこちらを向くところだった。
やはりパワーはあっても、小回りはきかないらしい。被弾に注意すれば、このまま押し切れそうだ。僕でもいけるかもしれない。
再度、接近する。今回はもう少しアクロバティックにいこう。
怪物は再び僕を捕らえようと、広げた右手を突き出してきた。それを僕は左手側に避ける。けれど怪物も学習しているのか、その僕の避けた方向に、合わせるように左手を繰り出してきた。――捕らえられる!
――けど、そうはいかない。
そうしてくるのは、最初から分かっていたさ!
僕は勢いよく地を蹴り上げ、怪物に捕まる直前でジャンプをする。瞬間、怪物の太い左腕が足元を掠めていく。そして怪物の二の腕を足場にして、もう一度僕は高く跳躍した。
「――はあっ!」
女の子になった声で大きく叫び、空中で体を横に一回転させる。跳躍の勢いと、体を回転させた遠心力による渾身の一撃を、僕は怪物の首元に叩き込んだ。
物を切り裂く確かな手ごたえとともに、剣は怪物の首を深々と切り裂いた。
噴き出す黒モヤを背に、僕は新体操のように空中で体を捻ると、華麗に屋上の床に着地した。
10点! 10点! 10点! これは完全に決まった。僕が決めました!
「戦いって、いいもんですね……」
……って、余韻に浸っている場合じゃなかった。
怪物の方を見ると、彼は膝から崩れ落ち、完全に動きを止めていた。さっきの一撃が致命傷となったのだろう、もはやそこにいるだけで限界なようである。
「……ギュロ……、グテ……」
一思いに倒してあげようと、僕は怪物へ近づき、うずくまるその背中へ飛び乗った。依然として血のように、黒いモヤが溢れ出す首へと歩みを進める。
「……あっ」
今気づいた。そういえば、剣先ってどうやって収納するんだろう?
とりあえず、トリガーをもう一度引いてみた。そうしたら、意外と簡単に剣先が元に戻ってくれた。金属質な音を立てて、刃が半分ほどのサイズに戻った。
――これなら、できる。
僕は怪物の首裏の上に立つと、剣を下に向けてそっと膝をついた。それから短くなった剣先を、怪物の首裏に当てる。最後に人差し指を、トリガーにゆっくりと掛けた。
「……終わりにしよう」
そう呟くと同時に、僕は剣のトリガーを迷うことなく引き絞った。
飛び出した剣先が、怪物の首を深く穿つ。
剣先の射出音と首を貫く音が混ざり、言い表しにくい音が周囲に響く。
僕の最後の一撃を受けた怪物は、ついにその活動を止める。
まるで糸の切れた人形のように、その巨体から力が抜けていった。
「…………」
僕は無言のまま、怪物から地面に降りる。
それと同時に、怪物の体が粒子のような状態へと変わっていった。
その粒子は、風に吹かれて宙へと舞っていき、この世界に溶け込むようにして消えていく。
三メートルもあった巨体は、十秒もかからないうちに全て粒子となり、そして全て世界へと溶けていった。溶けて、なくなった。
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