第一章 5 ソウル・アウト

「――はあっ!」

 ニメが怪物――悪鬼の薙ぎ払いをバックステップで回避する。それと同時に、ニメは悪鬼の顔面目掛けて炎を炸裂させた。接近しなくても攻撃を加えられるところが、魔法使いの良いところである。

 ニメの炎が悪鬼の顔面で弾けると同時に、サディはその刀で、悪鬼の左脚を斬りつけていた。鋭利な刀身が、悪鬼の肉に飛び込み、その肉を二つに切り裂く。

 しかし悪鬼は、すぐさまその炎と刀による傷を修復させてしまう。幾度となく同じこの状況が繰り返されているが、ここに来て、悪鬼の方にも変化が表れ始めていた。

「ギャギッ!! グギィ!!」

 その変化とは、傷の修復が目に見えて遅くなっていることだ。

 これまでは傷を負わせても、ものの一秒程度で再生していたが、今ではその再生が、三秒以上かかるようになっている。場所によっては、五秒以上かかるところもあった。

「サディ! もう一息よ!」

「はーいデス!」

 ニメとサディはその変化を確認すると、攻撃にラストスパートをかけ始める。

 悪鬼の倒し方――それは至って単純で、相手が動かなくなるまで攻撃を加え続けること、ただそれだけだ。悪鬼の再生能力が凄まじいため、最初はダメージを与えられているのか不安になるが、それでもしっかりとダメージは蓄積されている。

 ダメージを与え続けると、悪鬼の再生能力は徐々に薄れていき、最後にはほとんど修復しないほどにまで、その能力がなくなる。

 そこまで来たら、あとは動かなくなるまで相手をボコボコにするだけである。

 ニメとサディは、そのボコボコにする直前まで悪鬼を追い詰めていた。


 二人の爆炎と斬撃による猛攻で、怪物もかなりのダメージを負っていた。

 けれどまだ倒れる気配はない。彼は、なかなかしぶとい性格をしているようだ。

 怪物は死力を尽くして、再びその腕を振るう。今度はニメとサディを同時に攻撃するように、左右の半身をそれぞれ二人に向けて、叩きつけるような攻撃を放った。

 ニメはそれを得意のバックステップで回避し、サディはそれをギリギリのタイミングによるサイドステップで避けた。かわし方にも、二人のスタイルがよく表れている。

 一見すると、今の一撃はただの普通の攻撃だった。

 しかし、怪物の狙いは――攻撃ではなかった。

 二人が回避をした瞬間、怪物は大地を蹴り、巨大なその足で大通りを駆け出した。

 そして建物の付近で、道路を削るかのように大きく跳躍する。建物の屋上に手をかけ、その建物の上に飛び乗った。

 怪物は、逃げたのだ。おそらく二人から。あの、女性ファイター二人から。

 本能が、このままでは死を悟ったのだろう。さっきの一撃は攻撃ではなく、この逃げの一手のための布石だったのだ。

「……って」

 怪物が、隣にいた。すぐ近くに来ていた。

 僕のいる、ある屋上のすぐ隣の建物の屋上に、怪物が引っ越ししてきた。

 こんな、のん気なことをしている場合じゃなかった!

 まさか怪物がこっちに来るなんて思わないし! いや、確かに二人の戦いに見入ってて、完全に危険を忘れていたのは、まぎれもなく僕だけど! だからってこの展開は!

「まずいまずいよ……」

 ――あっ。

 そんな僕の焦りを感じ取ったのか、怪物がこちらに顔を向けた。完璧に怪物と目が合う。

 日常生活において、アイコンタクトは重要です。それはどんな人でも例外では――。

「怪物は例外だよ!」

 セルフツッコミをしている場合じゃない。また小説の人物みたいなことをやってしまった。

 ど、どどど、どうすればいい!? ニメ! また助けに来てください!

「うわぁ!」

 怪物が助走をつけ、こちらの屋上に飛び移ってきた。怪物との距離まで五メートルもない。

 まずい、何とかしないと! 何とか! ……何とかって何! どうしろって!

「んんんっ! あああああっ!」


 ――『叫んで』


 何だって!? 何言って!? はっ!?

 ――『叫んで、魂で』

 え? !? 何が? どうして? なぜ!?

 ――『叫んで、「ソウル・アウト」って』

 ソウルアウト? 知らないよ。そんなの聞いたことがない!

 ――『叫べって』

 あれ? 口調が優しくない? どうしたんですか?

 ――『叫べっていってんの!!』

 分かりました! 叫びます! 言います! そんなきつく言わないで!


 ソウル・アウトッ!!

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