第一章 4 ニメとサディ

 ない。振り下ろされ、ない。

「……あ、れ?」

 気がつくと、足が地面についていなかった。もしかして、死んだのだろうか。

 どうやら、痛みもなく、一瞬であの世に行けたらしい。痛いのは嫌だったし、その点に関しては、怪物さんに感謝をしなければならない。

 ありがとう怪物さん。せめて痛みがないようにしてくれたんだね。

「……ああ」

 大きく鼻で息を吸い込むと、言葉にできないほど良い匂いがした。さすがは天国。まさしくこれは天国だよ。一生このままでいたいくらい。

「ああ、ここが天国か――」

「天国じゃないわよバカ! まだ生きてるわよ!!」

「……え?」

 いきなり誰かの声が聞こえて、急速に意識が引き戻されていく。意識が頭に戻り、目が開き、視界が取り戻されていく。世界が、取り戻される。

「――は、ん? ……ええええぇぇぇぇ!?」

 空を、飛んでいた。違う、正確に言うなら、空に浮かされていた。

 誰かが、僕を抱きしめるようにして、空を飛んでいる。僕の頬に、誰かの首筋辺りが触れていた。そして視界の端に、どこかイラストめいたものが映っている。

 これは、まさか。いや、本当に?

「意識が戻ったのね!」

 頭上から可愛い女の子の声がした。先ほどの声とまったく同じだ。なら彼女が、僕を天国から現実に引き戻してくれたのか。

「一旦安全な場所に下ろすわよ!」

 彼女はそう言うと、僕を抱きしめたまま高度を下げていった。そしてすぐに、とある建物の屋上に着地する。着地すると同時に、彼女の抱きしめから解放されてしまった。

「あ、ありがとう」

 感謝の言葉を述べながら、僕は彼女のことをまじまじと見つめた。

 細部に目が行く前に、まずはそのイラストのような姿が目に飛び込んでくる。どこからどう見ても、アニメの登場人物がそこに立っているようにしか見えなかった。

 しかも、テレビでアニメを見ているのとは違って、その姿にはかなりのリアル感がある。分かりやすく言うなら、髪の揺れ方や、服の揺れ方、影のつき方が、テレビのアニメの何倍も細かく、そしてぬるぬる動いているのである。

 詳細、細部に移ろう。

 アニメの彼女は、赤毛に肩までの短いツインテールという、どこか活発そうな印象を受ける髪型だった。大きな瞳をしながらも、やや釣り上がった目つきからは、気が強いものを感じる。体の線は細く、身長も大きいとは言えない。おそらく身長は、150から160センチの間くらいだろう。僕にはその程度しか分からない。

 服装は少し特殊で、言うなれば、どこかの魔法少女のような服装をしていた。白を基調とし、部分部分には髪と同じ赤があしらわれている。フリル付きの可愛らしいスカートが、屋上の風で揺れていた。

 とりあえず、彼女はそんなような人物。そんな感じの姿をしていた。

「……あの」

「話はあと! あたしはサディの……、仲間の援護に向かわないといけないから! あ、あたしの名前はニメね!」

 彼女は早口でそれだけ言うと、すぐに屋上を駆け出した。そして建物から、何のためらいもなく飛び降りていく。忙しない小動物のように去っていった。

「……あ」

 ぽつんと、屋上に一人取り残される。仕方がないので、僕は彼女――ニメの降りていった場所へと近づき、そこからゆっくりと下を見てみた。決して飛び降りはしないよ。

 建物の下は見覚えがあり、さっき自分がいた大通りだった。どうやら少し前までにいた場所から、それほど遠くへとは運ばれていないらしい。

「……って、いるぅ!」

 まさかのここから、あの怪物が見えた。あの怪物は今になっても、まだこの大通りにいるようだった。

 怪物の近くには、一人の人物の姿が。遠目から見ても、3DCGの人だということは分かる。長い金髪に、ラフなTシャツ、ジーンズという姿しか、この距離では分からない。それと左手に、鞘に収められた日本刀のようなものを携えていた。

 そしてその人物の後ろには、ニメの姿もある。ニメは先ほど、『あたしはサディの……、仲間の援護に向かわないといけないから!』と言っていた。とするとおそらく、あの人物がそのサディさんなのだろう。


「サディ、大丈夫!?」

 ニメがサディに声を掛けると、サディは合間を見計らって一度後ろに下がった。サディがニメの隣に並んで立つ。

「あの人は大丈夫デス?」

 怪物の動向に注意しながら、サディが短く訊いてくる。

「避難させたわ」

 ニメが答えると、怪物――悪鬼ががその大きな右腕を振るってきた。二人は慣れたように、その一撃を回避すると、即座に反撃を始めた。


 会話をするかのように、少し立ち止まっていたニメとサディだったが、それも一瞬のこと。

 怪物の右腕による攻撃のあとは、まるでアクション映画のように、二人は激しい反撃を開始した。

 ニメは爆弾のような弾ける炎を次々と繰り出し、怪物を焼いていく。魔法少女のような服装のニメは、攻撃方法も魔法のような感じだった。いや、むしろ完全に魔法少女である。

 サディは、右手で抜いた日本刀による鋭い一撃を放ち、怪物を切り裂いていく。華麗なステップと、そこから繰り出される鋭い一撃は、見ていて見惚れるほどだ。金髪の外人っぽいのに、日本刀を扱うその姿は、和洋折衷を見事に体現していた。

「グ、ギャアアッ!!」

 二人の攻撃によって、怪物にはそれなりのダメージが入る。しかし、よく見ると、怪物は攻撃された瞬間から、即座にその傷を修復させていた。

 損傷を負わせても、すぐに回復されてしまう。怪物はまだまだ勢いよく動き回り、倒れる気配は少しもない。これは長い戦いになりそうである。

 けれどニメとサディは、めげずに攻撃を加え続けていた。

「すごい……」

 そんな中、無意識に感想が口から出る。

 二人の特筆すべきところは、何といってもそのコンビネーションだ。ニメが怪物の左半身を攻撃する時は、サディが右半身を攻撃し、サディが後ろから下半身を攻撃する時は、ニメが前から上半身を攻撃している。

 お互いの攻撃や行動が邪魔にならない位置に、お互いとも常に移動し続けている。だからこそ、お互いの攻撃が味方に被害を及ぼすことがない。

 そしてさらに、怪物の攻撃によって片方が回避させられ、回避によって場所が移動させられると、もう片方も即座に場所を変更しているのだ。

 これほどまでにコンビネーションという言葉を表した動きを、僕は今初めて目の当たりにした。まるでお互いの行動が分かっているかのような、そんな並外れた動きだった。

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