第一章 3 変異
「う、あ。うあああああああああ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
背後から。男性の向かった方向から、驚くほどの絶叫が聞こえた。
急いで振り向くと、そこには先ほどまでと変わらない男性の姿が。けれど、何かがおかしい。何かがおかしいというのだけは、直感的に分かった。
「ああああああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!]
再び男性が、頭を両手で抱えて絶叫する。その瞬間、何かが起きた。
男性の体の輪郭が、ぐにゃぐにゃと溶けていく。同時に、不吉とでもいうかのように、黒いオーラのようなものが男性の体を取り囲んでいた。
「あ、アアア、あああああああッ!?」
男性の輪郭が、さらに人のものとは思えないような状態に変化していく。いや、それだけじゃない。徐々に大きくなっている。段々と巨大化してきている。
それから十秒もしないうちに、男性は高さ三メートルもの、巨躯な怪物へと変化を遂げていた。体表面は闇よりもなお暗い黒色をしていて、その目は攻撃的なまでの赤色している。二本の足で立ち、手も二本あるが、それはどう見ても化け物にしか見えなかった。
男性は、僕の目の前で人ではない者へと姿を変えてしまった。
「……ッ!?」
無意識に声にならない声が漏れる。とりあえず逃げなければ。とりあえず、後ずさって大通りの方へ出なければ――。
――ぐるり、と。
その男性、いや怪物が、不意にこちらの方へ振り返る。
その赤い目が、はっきりと僕を見る。
足が、止まる。
足がすくむ。
動けない。
怪物の足が動く。僕の足は動かない。怪物が僕へ近づいてくる。僕は怪物から逃げられない。逃げないと。逃げないと。逃げろ。逃げろ。逃げろっ!
逃げ――――っ!!
「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――ッ!!」
ここまで来て、ようやく僕は情けない声を出しながら、怪物から逃げることができた。
獲物を前に舌なめずりをするように、怪物がゆっくりと近づいてきてくれていたことが助かった。いきなり飛び掛かってこなかったのは、神様が助けてくれたからなのか。
人目を気にせず、全力で路地裏を飛び出す。歩道を突っ切り、車道へと飛び出した。
幸いにも、車は走っていなかった。僕は車道の真ん中、白線の上で恐る恐る怪物の方へと視線を向ける。
怪物は、ようやく路地裏を出てきたところだった。その足取りは、相変わらず遅いまま。
けれど、その目は食い入るように僕を見つめている。まるで僕を憎むかのように、ただ僕だけを見つめていた。周りには、通行人が数多くいるというのに。
なんで僕だけ! いや、確かに、真っ先に目に映ったのはおそらく僕だけど! でもだからって、そんなに憎むことないじゃん! ああ、畜生っ! くそぅ!
「……あ」
こんな時に、何でそんなことを考えてしまったのか。
頭を動かすなら足を動かそう。今は間違いなくそういう場面だったのに。なのに、なぜ僕は、なぜ僕は、こんな、こんなにも――。
こんなにも、小説の人物みたいなことをしてしまったのだろう……?
怪物が、すぐそこまで迫ってきている。その太くてたくましい両腕が、緩やかに振り上げられた。そしてその腕が、唸りを上げて僕に振り下ろされ――。
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