映画館にて
いっちゃんがポップコーンとコーラに並んでる間、おれは売店をうろうろした。パンフレットは全部ガラスケースの中に入ってて立ち読みできない。子どもの頃はできた気がするんだけど、地元だけなのかなあ。それとも、今はもうどこの映画館でもできないのかな。
「お待たせ」
「あ、バターの方にしたんだ」
いい匂い。いっちゃんがいいって言ったから、一個もらった。いっちゃんは映画館に来ると必ずポップコーンとコーラのLサイズを買う。で、全部ひとりで食べる。映画が流れてる間中、ずっと食べてる。
「まだ五分くらいあるな」
「うん、トイレ行っておこっかな。待ってて」
今日はいっちゃんが好きな映画を見にきた。タイトルだけは知ってる。有名なシリーズの三作目。おれは1も2も見たことがない。いっちゃんが知らなくても大丈夫って言ったから、見ないで来た。テレビのCMはちょこっと見た。とりあえず、すごく銃撃戦で、すごく色々爆発する。ハリウッド映画だなあって感じ。
いっちゃんはそういうのが好きだ。暴走列車とか、ハイジャックとか、宇宙人が攻めてくるのとかも好き。ラブストーリーは恥ずかしいから、動物が出てくると泣いちゃうから、そういうのは見ない。おれはラブストーリーの方が好きなんだけど、今日はじゃんけんで負けたからしょうがない。あんまり大きい音がしないといいなあ。大きい音するとびっくりするからヤなんだよなあ。
戻ったら、山盛りだったポップコーンが平らになってた。いっちゃん食べるの早い。
『お待たせいたしました。ただいまより、十一時二十分開始の――』
「行くか」
まんなかより少し右の席だった。結構混んでる。みんなこのシリーズ好きなんだな。そんなに面白いなら1と2も見てみようかな。あ、暗くなった。このパントマイムの注意事項好き。カメラの人はレンズのとこから見えるだろうけど、ランプの人はどこから見てるんだろう。
新しい映画の予告が流れた。宇宙人が攻めてくるのが一つあったけど、なんだか家族愛っぽかったからいっちゃんは好きじゃないかもしれない。
本編が始まってすぐにムキムキのおじさんが出てくる。CMではムキムキのおじさんが二人いた。もう一人は後から出てくるのかな。すごい美人のお姉さん。胸でけー。
思ったより音が大きくなかったからよかった。でも、ずっと爆発してて、ずっと銃撃ってる。台詞はあんまりない。もしかして銃の音がモールス信号で、おれの知らないところで物語が進んでるのかもしれない。あ、また爆発した。ジープが吹っ飛ぶ。
いっちゃんはそういう機械みたいにポップコーンを食べながら、真剣に映画を見てる。適当につかんで適当に食べるから、たまに口いっぱいになってる。ほっぺがモリってなる。ハムスターみたい。いっちゃん見てる方が面白いけど、映画も見てないと後から怒られるかもしれない。
気づいたら、静かになってた。いつの間にか主人公が牢屋に入れられてる。画面が青緑色で、眠くなってきた。昨日はいっちゃんがじゃんけんで勝ったから、一人で寝た。いっちゃんがいないと寂しいし、全然眠れない。今、ちょっと眠い。いっちゃんが隣にいる。眠い。ダメだ。起きてなきゃ。せっかくいっしょに映画に来たのに。
いっちゃんは映画館で眠くなることとかないのかな。人がいっぱいいるから無理かな。授業でも、眠くならないんだろうなあ。それはちょっとうらやましい。
統計の教授の話し方がすごく眠くなる。それが昼ごはんの後とか、どうやったって勝てない。多分、授業を録音して、家で一人ぼっちで聞いてたら大丈夫だと思うんだ。そんなに勉強熱心じゃないからしないけど。でも、どうかなあ。おれ以外にも寝てる人いっぱいいるからなあ。もしかしたら催眠効果あるかも。いっちゃんがいっしょじゃなくても、それ聞きながらだったら寝られるかな。今度試してみようかな。ついでに睡眠学習できるかもしれない。よく聞くけど、睡眠学習って何?
やっぱり眠い。もう一人のムキムキまだかなあ。ちょっとだけ寝てもいいかな。きっとまた銃撃戦が始まって、ばんばん爆発する。そしたら音で起きれる気がする。ちょっとだけ寝よ。だっていっちゃんも隣にいるし。
「恭平。おい、起きろ」
がくがく揺さぶられた。目を開けたらいっちゃんがいる。一瞬、なんで起こされたのかわからなかった。あ、そうだ。映画! もう電気がついてる。みんなが出ていってる。
「行くぞ」
どうしよ。全部寝てた。ムキムキのおじさん二人目は顔も見れなかった。いっちゃんはさっさと歩いてく。ポップコーンもコーラも空になってる。
どうしよ。いっちゃん怒ってるかな。怒ってるよな。映画見た後は感想しゃべりたい派だもんな。なんで起きれなかったんだろ。ちょっとだけのつもりだったのに。クライマックスとかきっともっとすごく爆発してたのに。
「うわっ、あ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそすみません」
いっちゃんのことで頭がいっぱいで、前にいた人にぶつかった。
イケメンだー。服もおしゃれ。そのロングニットいいなあ。すごく似合ってる。どこで買ったんだろ?
「恭平!」
「ご、ごめん!」
せっかくいっちゃんが呼んでくれたけど、エレベーターは満員で乗れなかった。
「いっちゃん、怒ってる?」
「何が?」
「おれが、映画ほとんど寝てたから」
「怒ってねぇよ。あの爆発の最中によく寝れるなって、呆れてる」
うう、やっぱり怒ってるじゃんか。
「ごめんね」
「怒ってねぇって。お前がこういう映画興味ないの知ってるし」
「うん、でも、」
「それより、さっきお前がぶつかってたイケメン」
あ、いっちゃんもイケメンだと思ったんだ。
「連れがいてさ。四十歳くらいの、ガタイのいいおっさんなんだけど」
「あれ? そんな人いた?」
「さっきはいなかった。でも、二人で来てた。席が俺の隣だったんだ」
「あ、そうなんだ」
「それでさ」
いっちゃんはそこで黙って、ちらっと後ろを振り返った。おれもつられて振り返る。チーンって音がしたと思ったら、エレベーターが来た。カップルばっかり三組も降りてくる。代わりに乗ったのは、おれといっちゃんだけだった。一階と、閉のボタンを押す。
「そんでな」
いっちゃんはドアが閉まってからしゃべった。
「映画の間、手つないでた」
エレベーターが降りてく。ふわふわした感じがする。
おれはいっちゃんが言ったことがすぐにわからなかった。イケメンとおっさんが手つないで映画を見てて、あ、そういうことか。ふうん。そうなんだ。どんなおっさんか見てみたかったなあ。
「なんか、もったいないね。きっと女の子にもてるのに」
「まあ、いいんじゃね? 手つないで映画見るくらいには、おっさんのことが好きなんだろ?」
そっか。そんならいいや。
「いっちゃん」
「ん?」
「おれ寝ちゃったけど、いっちゃんのこと嫌いなんじゃないよ?」
「知ってる」
そっか。そんならいいや。
Fin.
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