第79話 いざ帝国へ


 翌日。


 シャルロットはサファイア、ベガ、デネブを連れ一路ドミネイト帝国を目指す。

 しかし今回は何時もとは勝手が違っていた……エターニアの近衛師団が同行していたのだ。


「ハァ……何だか落ち着かないな~~~」


 シャルロットは自分の後ろにゾロゾロと連なる列を振り返りため息を吐く。


「シャルちゃんもそう言わないの、シャルル国王のあなたへのせめてもの罪滅ぼしのようなものなんだから……王族の責務とはいえ、二度も子供を失いたくないっていうね」


「それを言われると……ね」


 肩を落としとぼとぼと歩く。


「シャルロット様!! 我らエターニア近衛師団は必ずやあなた様のお力になれると自負しております!! どうかご安心を!!」


 シャルロットに声を掛けたのはこの師団の団長、エイハブ・シュナイダーだ。

 凛々しい顔つきの好青年で、立ち居振る舞いから言動までが実にしっかりとしており、余程厳しい教育を受けたのが伺える。

 ただ、常に声が大きく暑苦しいのが玉に瑕ではある。


「エイハブ君、君はグラハムの……」


「はい!! グラハムは自分の父の弟で叔父にあたります!!」


「そう、やっぱりね」


 苗字が同じだったのでシャルロットにもすぐに察しがついた。


「失礼ながらお伺いしますが、シャルロット様はチャールズ様と同一人物というのは本当なのでありましょうか!?」


「うん、そういう事になるらしいね……世界線が違うし、過ごしてきた境遇があまりにも違うからそんな自覚はないんだけどね……」


 ぺろっと舌を出し苦笑いのシャルロット。

 それを見たエイハブの顔が見る見る紅潮していく。


「どうかした? 顔が赤いようだけど……」


「いえ!! 何でもありません!!」


 大声を張りあげながら空を見上げ誤魔化すエイハブ。


「また団長の悪い癖が始まったよ……」


「ああ、あの惚れっぽさは王国一だな……」


「でもよ、いくら男と分かっていても俺だってシャルロット様は素敵だと思うぜ」


「ああ、俺も付き合いてーーー」


「バーカ、お前なんて相手にもされねーーーよ」


(あらあら、シャル様も罪なお人だわ……これでは兵士たちの性癖がねじ曲がってしまうわね)


 後ろの兵士たちのヒソヒソ話をベガは聞き逃さなかった。

 だが湧き上がる笑みを口元を押さえて耐えるなどして半分面白がってもいた。


 シャルロットたちがグリッタツリー、嘆きの断崖と連戦している間にエターニア本国は帝国の情報を改めて収集していたのだが、それで新たな事実が判明していた。

 それは帝国に近づくことで目の当たりとなる。


「これは………」


 シャルロットは眼前の光景に絶句する……以前、向こうの世界で帝国領を訪れた時に立っていたザマッハ砦があった場所に大きな岩が立ち塞がっていたのだ。

 大岩は両側にある岩肌の間に完全に嵌っているのでこのままでは進軍することが出来ない。


「はぁーーー!! これが報告にあった大岩か!! 聞きしに勝る大きさですね!!」


 エイハブも目を見張る。


「どうするシャル様?」


 ベガとシャルロットは顔を見合わせる。


「う~~~ん、ここを昇ってこの人数での移動は難しいね……よし、北に周って迂回しよう」


『待ってくださいシャルロット様』


「どうしたのサファイア?」


『この物体から魔力反応が検出されました、警戒してください』


「何だって!? みんな転身!! ここから離れるんだ!!」


 大慌てでシャルロットたちは大岩から距離を取った。


『グモモモモモ……貴様らがもう少し近づいたところで一網打尽にしてやろうと思ったのだが、見破られるとはな……』


 地面に響くような重低音の声が響く。


「何者だ!? 姿を現せ!!」


 レイピアを抜き、周りを警戒しながら怒鳴るシャルロット。


『姿ならもう見せているぞ……』


 立っているのがやっとの地響きと主に目の前の大岩が激しく揺れると少しづつ持ち上がっていく。

 そして岩の底面の中心辺りからゆっくりと太く長い物が突き出てきた。

 よく見ると何かの生物の足だ、それは亀の様でも像の様でもあった。


「ほう……この大岩自体が巨大な怪物だったという訳じゃな……」


 長く白い顎髭をなでながら淡々としているデネブ。

 彼は長い人生経験上、あまり驚いてはいないようだ。


『俺は魔王四天王の一席、【激震のベヒモス】だ……待っていたぞ女勇者の末裔よ……!!』


 ベヒモスにとっては軽く発声しただけなのだが、シャルロット、ベガ、デネブ、サファイア、エイハブ以外の兵士は衝撃で地面に倒れ込んでしまった。

 圧倒的な巨体……その恐ろしい姿と眼光に兵士たちは身体が委縮してしまい動けなくなっていた。


「僕の事を知っているってことはイグニスとバアルが倒されたのも知っているよね?」


『無論、あの馬鹿どもめ……四天王の面汚しだな、こんな小娘に油断しおって』


 ベヒモスは血走しり濁った眼でシャルロットを見下ろす。


「君も僕らが倒してあげるから覚悟しなさい!!」


『言うではないか……ではやってもらおうかーーー!!』


 ベヒモスの咆哮によりまたしても空気と地面が激しく振動する。


「伝説の武具よ!!」


 シャルロットの呼び声に反応し彼女に雷が落ちる……過去の鎧が身体に装着され、未来の剣が右手に握られる。


「速攻よ!! 秘儀!! プリンセスブレイク!!」


 未来の剣を両手で真上に掲げると剣に力が集中し眩く輝く……天を穿つ光の柱がそびえ立ち雲が晴れる……シャルロットは巨大な光の剣と化した未来の剣をそのままベヒモスに向かって振り下ろした。


「やああああああっ……!!!」


 光の刃がベヒモスの大岩のような身体にクリーンヒット……ガラガラと崩れ落ちる岩石。

 しかし光の刃は途中で力を失い、徐々に光が弱まりやがて立ち消えてしまった。


『グモモモン……何だそんな物か? こちらとしては長年の垢を落としてもらってありがたいがな……』


「そんな……今の一撃は『無色の疫病神』すら一刀両断した技なのよ?」


 愕然とするシャルロットに対してベヒモスは平然としている……全くダメージは通っていないようだ。

 又してもシャルロットの悪い癖が出てしまった。

 彼女は周りに出る被害を恐れ、他の仲間ではベヒモスに太刀打ちできないと踏んで、自分だけで倒そうと先走ってしまったのだ。

 一気に放出された女勇者の力は既に底をついてしまった。


「焦りすぎよシャル様!! ここは遠隔攻撃出来るアタシたちに任せて!!」


 ベガとデネブが魔法の杖を構える。


「久しぶりにアレをやるかの!!」


「そうねパパ、しっかり合わせてね」


「馬鹿にするでない、まだまだ衰えておらぬわ!!」


 二人はアイコンタクトの後、まずはベガが魔法を唱える……魔法の杖の先端に真っ赤な炎が宿る。


「すべてを焼き尽くせ!! エクスプロジオン!!」


 杖に宿っていた炎が更に燃え盛り、ベヒモス目がけて発射される……その直後、デネブが杖を前に突き出す。


「全てを薙ぎ払え!! トルネード!!」


 空気が渦巻き、先に発射されたエクスプロジオンの火球を追いかけるように突き進む……それはやがて追いつき混ざり合い、更に巨大な火球へと変化したのだ。


「合成魔法『ブレイジングストーム』!!」


『グモハッ……!?』


 ブレイジングストームが顔面に直撃、大爆発を起こす。

 突然の事に流石のベヒモスも声を上げる。


「やったの!?」


 爆炎が徐々に収まっていく……しかしベヒモスは岩のように固い表皮が僅かに剥がれただけでさしてダメージを受けた様子はなかった。

 シャルロットの期待は見事に打ち砕かれてしまった。


『今のは些か焦ったぞ……では次はこちらから行かせてもらうぞ』


 そう言うとベヒモスの亀の甲羅状の背中の岩から小さな岩がいくつもゴロゴロと転げ落ちていく……それらは地面に落ちると激しく痙攣し、岩の塊から手足と頭が勢いよく飛び出た。

 それはベヒモスを小型にしたような姿であった……さながら小ベヒモスといった所か。

 だが小型と言っても人の大人の三倍ほどはある大きさなのだが。


『さあ我が子供たちよ、食事の時間だ……存分に喰らい尽くすが良い!!』


『グモーーーー!!』


 小ベヒモスたちが一斉に行動を開始する。

 近衛兵たちに襲い掛かったのだ。


「うわああああっ!! くっ、来るなーーーー!!」


「ひっ、ひいいいいいっ!!」


「ギャアアアアアッ!!」


 小ベヒモスに圧し掛かられ押し潰される者……。

 腕や足を食いちぎられる者……。

 頭をスイカの様に噛み砕かれる者……。


 辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図へと豹変してしまった。


「皆の者怯むな!! 我らエターニア近衛師団の力を見せてやれーーー!!」


 エイハブがひとり、兵たちを鼓舞するが誰も耳を貸さず逃げ惑う。


「逃げずに戦え!! それでもエターニアの兵士か!!」


 しかし誰一人エイハブの命令に従うものは居なかった。


「くそっ!! 自分一人でもやってやる!! 食らえっ!! 秘剣クレッセントスラッシュ!!」


『グモーーーーッ!!』


 小ベヒモスの一体に向かってエイハブが大きく弧を描く斬撃をお見舞いする。

 見事、小ベヒモスは中心から真っ二つになった。


「よし!! イケるぞ!! ああああーーーーっ!!」


 手応えを感じたエイハブは単身、小ベヒモスの群れに飛び込んでいき、次々と敵を打ち倒していく。


「ああっ、みんなが!! やめてーーーーっ!!」


 必死に剣を振るい小ベヒモスを叩き伏せるシャルロットであったが、数が多すぎる……兵士たちの犠牲は見る見る増えていき、屍の山が出来上がっていく。


「これは駄目じゃな……エイハブと言ったか、団員に撤退の指示をせい!!」


 惨状を見かねたデネブが団長であるエイハブに撤退を促す。


「なっ、何を仰るデネブ殿!! ここで退いては騎士の誇りが……!!」


「そんな誇りなど掃いて捨ててしまえぃ!! 命を粗末に使うな、それこそ騎士の恥と知れぃ!!」


「………!! 分かりました……皆の者!! 撤退だ!!」


 デネブの一喝で我に返ったエイハブは声を張り上げ全軍に指示した。

 徐々に後退を開始する兵士たち。


「ほら、あなたも行くわよシャル様」


 ベガがシャルロットの腕を引っ張る。


「くっ……」


 下唇を固く噛みしめあまりの悔しさに綺麗な顔が歪む……しかしこのまま乱戦を続けていては数分と持たずに全滅してしまう……退きさがる以外の選択肢はシャルロット達にはなかった。

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