第78話 束の間の休息
「姫様、一度エターニアに戻りましょう」
アルタイルの提案を受け入れ、シャルロットたちは新たに加わった仲間を連れエターニアに戻ってきていた。
実際、先の戦闘で皆疲弊しており、ドミネイト帝国までの道中に補給や休息の出来る拠点がない以上、戻る以外の選択肢はなかったのだ。
「はぁ……こんな事していていいのかな……」
エターニア城、来賓用の部屋に通されたシャルロットは部屋の窓際で頬杖を突き、空を見上げる。
「休息も立派な仕事ですよ姫様、焦る気持ちも分かりますがあのまま進軍していたらどうなっていたか……」
「分かってはいるけどね、どうにも落ちつかないよ」
浮かない顔のシャルロットに現在行方不明のチャールズ王子の面影が重なる。
「やはり同一人物なのですね、あなたとチャールズ様は……」
「ん? 何か言った?」
今のシャルロット同様、チャールズも自分の身を顧みず無理をする性格だったのをアルタイルは思い出す。
「こちらでのもう一人のあなた、チャールズ様は女勇者の家系に生まれながら男である自分自身に大層悲観していらっしゃいました……しかしそれ以上に王族としての責任を果たすべく努力を惜しまない方でしたよ」
「そう、こっちの僕は努力家だった訳だ」
シャルロットは苦笑いを浮かべてこちらを向く。
「何を仰います、あなた様もそうではありませんか……僅か二日ほどですが旅に同行してはっきりと実感しましたよ」
「ほっ、褒めても何もでないよ?」
慌てて窓の外へ向き直る……どうやら照れている顔を見られたくないようだ。
(ちょっとアルタイル……)
声のする方向を見ると部屋の外、廊下側の扉を半開きにしてベガが身体を半分だけ乗り出し手招きをしている。
何故か声のトーンを極力落としていて、何とか聞き取れる程だった。
訝し気な表情でそちらへと歩み寄る。
「何だ?」
(ちょっとこっちへ来て……)
ベガに胸倉を掴まれ廊下へと引っ張り出されるアルタイル。
「おいおい、何をそんなにコソコソしてるんだ?」
「ここも安心できないわね、あなたの工房へ行きましょう」
「はぁ?」
挙動不審なベガを怪しみつつも言われるがまま二人でアルタイルの魔導工房をまで移動した。
「ほら着いたぞベガ、一体何だっていうんだ?」
「アルタイル、ちょっとあなたに見てもらいたいものがあるのよ」
ベガが派手なローブの袖の内側から二本のガラス瓶を取り出した……一本は青白い光を放ち、もう一本は綺麗なピンク色をしていた。
「これは?」
「青い方が超回復薬、ピンクの方が女体化薬……どちらも向こうのあなたが生成した魔法薬よ」
「何だって!?」
アルタイルは机の上の瓶に釘付けになった……女体化薬は別として、超回復薬の完成は彼にとっての悲願であった。
まさか現物を目の当たりにする事になろうとは……しかも製作者が自分であるというのだから二重に驚いた。
「以前マウイマウイをみんなで目指すことがあってね、その時にアルタイルの工房から失敬してたの」
「一体どうやって完成させたんだ、向こうの私は!?」
物凄い勢いでベガに詰め寄るアルタイル。
「さすがにそこまではアタシも知らないわよ!! ただ、手に入らない材料はグリッタツリーで入手したって聞いたことがあるけど……」
「グリッタツリー……」
がっくりとうな垂れるアルタイル。
グリッタツリーはこちらの世界では一面焼け野原になっている……彼にも必要な材料の当たりは付くが、今からでは入手不可能だ。
「諦めるのはまだ早いわよ、耳長族が世界各地に分散して住んでいるのはあなたも知っているでしょう? 彼らの別の集落に行けば材料を収集することが出来るかも知れないわよ?」
「それはそうかもしれないが……そんな時間があるか?」
「当然無いわね、でもこれからも激戦は続く以上超回復薬は絶対に必要よ?……そしてそれを作れるのはあなただけ、分かるわよね?」
「でもどうしたらいいと言うんだ? 我々は集落の場所も知らなければ耳長族とのコネもないんだぞ?」
「ちゃんと考えてるわよ、お二人さん、入って」
ベガに呼ばれて現れたのはティーナとイワンであった。
「ベガ様から話は聞いています、集落から永く離れていたとはいえ私も耳長族の端くれ、北にある集落との交渉役になれるはずです」
「二人だけでは心配ですからね、私も護衛として同行しますよ」
「ティーナさん、イワンさん……」
「後の事は心配しなくていいわよ、シャル様にはあとで言っておくから、事後承諾じゃないとあの子は首を縦に振らないでしょうからね危険だって……
でも全員で材料探しをしている余裕も時間もないし、これが最善の策だと思う訳……
それと帝国への探索はアタシ以外にもパパとサファイアちゃんが居るからね、安心して行ってきなさいな」
ブイサインをするベガ。
「分かった、準備次第出発するよ」
こうしてアルタイル、ティーナ、イワンの三人は超回復薬の材料収集へと出向くこととなった。
そんな事になっているとはつゆ知らず、シャルロットは気分転換の為にサファイアを連れ、王族専用の大浴場へと来ていた。
二人で女神像が持つ壺から溢れ出るお湯が注ぎ込まれた浴槽へと入っていく。
「ふあああああっ……生き返るね!!」
『どうしてですか? シャルロット様は命を落とされていたのですか?』
「えっ? ああ!! 違うんだよ、お湯に浸かって気持ちいい事をそう例えただけなんだ」
『成程、比喩表現でしたか……記憶に留めておきます』
「あはは……ねぇ、ところでサファイア、昨日僕らの元へ戻ってくるまで君はどこに居たんだい?」
『ずっとあの時空の狭間を漂っていました』
「えっ!? 君、ずっとあそこにいたのかい!?」
『はい』
あまりの事に仰天するシャルロット……あの何もない虚無に空間にサファイアが一人漂っていたのを想うといたたまれない気持ちになった。
次の瞬間思わずサファイアを背中から抱きしめていた……柔らかい二つのふくらみが背中に押し当てられる。
『シャルロット様?』
「ごめん……少しこうさせてくれるかい?」
『それは構いませんが……』
相変わらず無表情なサファイアであったが、いささか戸惑い気味だ。
しかし暫く黙ってシャルロットの抱擁を受け入れていた。
そんな静寂を破る様に浴室の出入り口の扉を勢い良く開きある人物が入って来た。
「おお、チャーじゃなかった、シャルロット!! 無事に帰還したようだな!! 親子水入らず、背中でも流しあおうではないか!!」
なんと浴槽に入って来たのはシャルル王であった……当然腰にタオルを巻いただけの格好で。
「きゃっ!? お父様!?」
シャルロットは慌てて胸を両手で隠す……今まで女として生きてきた関係上、男性と風呂に入る経験など例え父親でもなかったのだ。
「ワハハっ!! 何を恥ずかしがる事がある……ここは男同士、裸の付き合いと行こうじゃないか!!」
「そんな訳には参りません!!」
そう、確かにシャルロットの身体は生物学上男性だが、女神の仕業により胸にはたわわに実った二つの果実がある……心が女性である以上、恥じらいは当然ある。
シャルロットは湯船により深く浸かって身体を隠す。
「まあ良いではないか、これまでの話を色々聞かせておくれ」
シャルルの表情は完全に異性を見つめるそれであった。
湯船に入りどんどんとシャルロットに近付いて来る……身内とはいえ彼女には耐えられないものだ。
あと少しでシャルルがすぐそばに来るというところで良く通る女性の声がした。
「あーーーなーーーたーーー……!!」
「ひっ!! エリザベート!?」
浴場の入り口には身体にバスタオルを今いたエリザベートが仁王立ちしていた。
そして二人に向かって走り出し勢いよく跳躍した。
「浴場で息子に欲情するとは何たる破廉恥な!! 恥を知りなさい!!」
「ぶべらっ!!」
エリザベートがシャルルの頭上に着地、そのまま彼を湯の中に沈めてしまった。
「アブブブブブブ……!!」
湯船の中でもがくシャルル。
「お母様!! 流石にこれではお父様が死んでしまいます!!」
「これくらいで死ぬタマですか……まぁあなたの優しさに免じて許してあげてもいいけど……」
エリザベートが足をどかすとシャルルが勢いよく湯から飛び出してきた。
「ぶはあっ!! ワシを殺す気か!?」
「あなたがシャルロットを困らせるから悪いのですよ!!」
(あ~~~あ……でも、あちらのお父様お母さまはどうしているだろう…)
元の世界……両親は、皆はどうしているだろうか、と思いを馳せるシャルロットであった。
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