第80話 人の上に立つという事


 四天王の一人【激震のベヒモス】に手も足も出せず敗走したシャルロットたちはエターニアの城に戻ってきていた。

 

 怪我人は城の中庭にテントを張り、ベッドや医療道具、薬を運び入れ、そして医者が呼ばれ治療に精を出していた。

 さながら野戦病院といった所だ。


 特に怪我をしていないシャルロットは清楚なドレスに着替え、城内から中庭へと続く廊下に居た。

 しかし彼女の挙動がおかしい……コソコソと柱の陰から中庭で治療を置けている大勢の兵士の様子を伺っているようなのだ。


「シャル様?」


「ひっ!?」


 いきなり背中から声を掛けられたことで驚き、軽く飛び跳ねる。


「ベガ?」


 ぎこちなく後ろを振り向く。


「こんな所で一体何をしているのかしら?」


「………」


 ベガの問いに彼女は答えない……しかしそのバツの悪そうな表情がすべてを物語っている。


「もしかしてあなた、兵士たちに謝ろうとしてる?」


「だって、僕の先走りの所為で沢山の兵が死に、沢山の兵が傷ついたんだよ?

 頭を下げて謝ったところで許されるものではないけど、そうしなければ僕の気が収まらない……」


「はぁ~~~~~っ……」


 その答えを聞き額を押さえ首を横に振りながら深いため息を吐くベガ。


「なっ、何よ!?」


 その態度に少し苛立ったシャルロットは憤慨する。


「あなた、何も分かっていないのね……」


「何だっていうの? はっきり言いなさい!!」


「じゃあ遠慮なく言うけど、あなたは王族というものを、自分の立場というものを全く弁えていない」


「むぐっ……」


 シャルロットにとってはとても痛い所を突く指摘であった。

 元の世界ではシェイドたちの暗躍もあり、冒険や戦いに専念していればそれでよかった。

 その間だけは王族としての責務から離れられるから。

 そして虹色騎士団という自分専属の騎士団が常に同行しており、気心の知れた手練ればかりに囲まれていたのもあり、更に国や国民の事を考える時間が無くなっていたのだ。


「自分で考えなさいなんて振ると面倒だから言っちゃうけれど、ここは謝っては駄目よ」


「どうして?」


「いい? 騎士や兵士っていうのは国や王族や自国民などの守るべき存在のために命を懸ける覚悟をしている人たちがなるものなの……戦って死傷した者たちに謝罪をすることはその覚悟に対してとても失礼だわ、冒涜と言ってもいいわね……

 だから王族は常に国民の憧憬と羨望の対象でなければならないの」


「ううっ……」


 シャルロットの表情が見る見る曇っていく。

 まだ完全には納得していないようだ。


「ここは堂々とあなたの愛らしい笑顔を見せて労いの言葉を掛けてあげればいいのよ……その方がみんなが喜ぶわ」


 ウインクしながらポンとシャルロットの両肩を叩く。


「ベガ……うん、分かったよ」


 その言葉に明るさを取り戻し、足取り軽くシャルロットは中庭へと向かっていった。


「面倒を掛けたわねベガ」


「あらエリザベート、盗み聞き? いい趣味しているわ」


 シャルロットと入れ替わりに王妃のエリザベートが現れた。


「あのベガがね……お説教なんて、昔のあなたからは考えられないわね、ウフフ」


「うるさいわね、こちらのアタシはどうか知らないけど色々と考えるところがあるのよ」


「そうだったわね、あなたこちらの人間じゃなかったんだっけ……あまりに違和感がないものだから失礼したわ」


「もう、そんな事微塵も思っていないくせに……」


 やれやれといった表情でベガは肩をすくめた。




 一方、反対側の廊下ではエイハブが膝を抱えてうずくまっていた。


 自分は小ベヒモスと渡り合う事が出来たため周りの兵の実力も考えずに撤退の指示が遅れ多数の犠牲を出してしまったことに対して落ち込んでいたのだ。

 そこに一人の人影が近付く。


「儂と少し話をしないかの? こんな老いぼれでも話せば少しは楽になるかもしれぬぞ?」


「デネブ様……?」


 エイハブは情けない顔でその初老の男を見上げる。


「先ほどはお見苦しい所をお見せしました……」


「なーーーに恥はかき捨て、若い頃にはむしろ見苦しい所、みっともない所をどんどんさらけ出せばいいんじゃよ……経験は、失敗は人を成長させるんじゃから」


「自分は焦っていたのかもしれません……叔父のグラハムが魔王討伐の際に行方不明になったことで自分が近衛師団の団長に担ぎ上げられました……だから叔父の顔に泥を塗らないように結果を出したかった……叔父の威光で取り立てられた使えない奴と思われるのがたまらなく嫌だったんです」


「成程な……じゃが儂に言わせれば逆にそれはお主の驕りじゃな」


「驕り……ですか?」


「そうじゃ、自分は他人より実力がある、これくらいの事出来て当然という慢心がお主にはあるはずじゃ、自分では気付いていないだけでな」


「確かに……言われてみればそうかもしれません」


 実際、先の戦場では逃げる味方を情けないと思ってしまった自分が居た。


「あとはその意識が高すぎるのを何とかした方が良いかもな、それでは友達の一人も出来ぬぞ? まあ友達の居ない儂が言っても説得力がないかもしれぬがな、ガハハ」


「デネブ様……」


「ジジイのたわ言を聞いてくれてありがとうよ、中々聞いてくれる若者が居なくてな」


「こちらこそありがとうございました!!」


 立ち去るデネブに深々とお辞儀をする……エイハブの顔に明るさが戻った。


「おっと、最後に一つ言い忘れたわい」


「はい?」


「姫様は元の世界でも色々抱え込んでいるようじゃ……力になってやってはくれぬか?」


「はい!! もちろんです!!」


 実はデネブの言ったこの一言がのちに大きな騒動の元になるのだが、この時点でそれを想像できるものは居なかった。




「お疲れ様パパ」


「柄にも無い事はするもんじゃないのう……」


「何を仰いますか、大賢者様とあろうお方が」


「戯言はよせ、じゃが迷える若人を導くのも儂ら先達の仕事じゃからな」


「そうね……それじゃあアタシたちも休憩にしましょう、サロンでお茶でもどう?」


「頂こうかの」


 ベガはわざとらしくデネブの腕に自分の腕を絡め、寄り添いながら廊下を歩いていった。


 


『呼んでいる……これは姉さまではない……まさか……』


 その頃……城の上階にあるテラスでサファイアが謎の声と思しき信号を感知した。

 出所はエターニアから遥か南の方向……マウイマウイであった。

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