第58話 魔法少女ポーラスター


 「いたたた…何だ今の揺れは…」


 床に手を付き起き上がり、頭を押さえるアルタイル。

最初は地震かと思ったが、すぐにエターニアの防御結界が何らかの攻撃に反応したものだという事に気付く。


「敵襲…? やはり起こってしまったか…しかし結界をここまで振動させる攻撃とは…」


 アルタイルの脳裏にベガが以前言っていた言葉が過る。

 大陸の西方に眠ると言われている古代魔導兵器の存在だ。


「まさか奴ら、巨大戦車を起動させたのか…?」


『そうよ~正式名称は『災厄の日ドゥームズ・デイ』…』


「えっ!? 誰だ!?」


 アルタイルが誰に言う訳でも無くつぶやいた事に誰かが答える。

 それは幼い少女の声…しかし彼には全く聞き覚えの無いものだった。


『どこ見てるの? こっちこっち』


 声のする方に向くとさっきまで開いていた本から少女が現れた。

 ピンクのフリフリに身を包んだ可愛らしい少女…しかし彼女の姿は半透明に透けており、本に近い足元は完全に透明になっていて見えない。


「霊体…なのか?」


『そうだよ? でもあなた、その見た目に対して知識と話し方に違和感があるのは何故?』


「…これは、まあ色々…」


『ふーん…まあいいわ、私はポーラスター…ポーちゃんって呼んでね』


 ウインクをしながらキメポーズをとるポーラスターと名乗る少女。


「私はアルタイル…」


 アルタイルは警戒していた…目の前の少女は見た目こそ無害そうだが、この曰く付きの本から登場している時点で怪しさの臨界点を越えている。

 対処を誤れば取り返しのつかないような嫌な予感がしていたのだ。


『そう、アルタイルちゃんって言うんだ…言い辛いからアルちゃんでいい?』


「構わないよ…ところであなたは一体何者なんだ?」


『そうでしょうそうでしょう、分からないよね…誰にも分からない様に私の存在は歴史上から抹消されてるのだから』


「勿体つけないでもらえるかな?」


『ああ、ゴメンゴメン…私の名前をあなたが知らない事に私は満足しているのよ…

 それは私の忘却魔法が二千年近く正常に効力を発揮している証拠だからつい…ね』


 意味深だが全く要領を得ないポーラスターの返答…しかしアルタイルには少しだけだが見当がついていた。


「…二千年前…ということはポーラスター、あなたは女勇者ダイアナの関係者ですね?」


『へーーー!! そこに思い当たるなんて…アルちゃんあなた、ただの女の子じゃないでしょう…それと私の事はポーちゃんって呼んでね? 呼んでくれないとこれ以上お話してあげないわよ?』


 やれやれ面倒くさい…アルタイルはそう思ったが、彼女が貴重な情報源である以上、変に機嫌を損ねるのは得策ではない。


「分かったよポーちゃん」


『よろしい!! そうよ…私は二千年前、ダイアナと一緒に魔王と戦った者の一人よ…魔法少女としてね…』


「やっぱり…しかし魔法少女とは一体?」


『そっか、この時代には魔法少女の概念は残ってないのね…

 うんと、魔法少女って言うのはね、可愛い格好をして魔法を使って戦う少女の事を指すの』


「それは女魔導士で良いのでは?」


『違うの!! 魔導士と魔法少女はぜんぜ~~~ん違うの!!』


 魔法少女のカテゴリー訳にはいまいちピンとこなかったが、アルタイルが予想していた通り女勇者ダイアナには仲間がいた…。

 それは寧ろ当然ではあるのだが、ここでいくつかの疑問が浮上する。


「なあポーちゃん、私の疑問にいくつか答えてもらっていいかな?」 


『いいわよ』


「何故あなた方ダイアナの仲間は歴史に名前が残っていないんだ?

この本には記載こそされてはいたが、誰にも見られない様な魔法が掛かっていた訳だが…」


『良い質問ね…感心したわ…

 理由の一つは女勇者ダイアナを唯一絶対の信仰対象にする為ね…』


「それはどうして?」


『ダイアナを神格化する事により人々の信仰心を彼女に集め、彼女の子孫と治める土地…エターニアの地自体にその信仰心からなる霊力と魔力を蓄積するためよ…

 ただそれだけでは分散してしまって力を発揮できない、お城の最上部に大きな宝石が掲げてあるでしょう? あれが魔力集積装置の役割をしているのよ』


「なるほど…」


 アルタイルは思い当たる…

 敵の攻撃から国を護った防御結界…それは永い歳月で積もりに積もった人々の信仰心が国の守りの力として具現化していたのだと。


『そしてもう一つは、私達の力を後世の人間が悪用しないためね…他の仲間も伝説級の武器は全て破棄したわ』


「何故です!? 我々は今まさに魔王の手の者と交戦状態に陥っています…

 少しでも対抗しうる強大な力が欲しいのです!!」


『そこよ、人間のそういう所…人間は必ず強い力を求める…

 相手を押さえ付け、優位に立ちたがる…

 それは人間の本質の一つ、それは否定しない…しかし強大すぎる力はやがて己自身をも滅ぼしかねない諸刃の剣…』


「我々に限ってそんな事にはなりません!! 女勇者の遺志を継ぐシャルロット様と我々『虹色騎士団レインボーナイツ』に限っては!!」


『どうしてそんな事が言いきれるの?』


「この数年、私達はシャルロット様に振り回されて来ました…

 しかし彼女の行動には必ず人の為、国の為、世界の為と言う一貫した信念が存在していました…

 本人に自覚があったのかどうかは断言できませんが、意識せずに行動していたとしたらそれはシャルロット様自身が女勇者たるべくして生まれたからに他なりません」


『ふーーーん…それが仮に男の娘だとしても? 女勇者の装備も満足に使いこなせなくてもそう言えるの?』


「はい!! あのお方なら必ずや世界を救ってくれると信じています!!」


 一歩も主張を譲らないアルタイルに対してポーラスターはある提案を持ち掛ける。


『言うわね…そこまで言うなら試させてもらおうかしら?』


「いいでしょう、受けて立ちます」


 一抹の不安があったが、受けてしまった以上後には引けない…どんな無理難題を出されるかは分からないがアルタイルは腹を決めた。


『試練は簡単、私があなたの身体に入り込み精神と身体を支配するから、あなたは精神力で私を排除してみて』


「何ですって!?」


 まったく想像すらしていなかった難題…さすがのアルタイルも動揺を隠せない。


「…私が負ければどうなります?」


『決まってるじゃない、あなたの身体は私の物になる…

 そして私は再び本の中で眠りにつくのよ…あなたの身体諸共ね…

 でもあなたが勝てば私の精神は消え失せ、私が持っている魔法知識と魔法力がすべて手に入る…悪い条件ではないでしょう?』


「なるほど…勝てれば、ね」


『ではいくわよ!?』


 ポーラスターの精神体がアルタイルの身体にスッと入っていく。


「うっ…うわああああっ…!!!」


 途端にアルタイルの身体全体に激痛が走る…。

 まるで全身を巨大な手で握りつぶされている様な、四肢を掴んで引きちぎる様な感覚を味わっていた。


『どうする? 止めるなら今の内よ?』


「誰が…止めるものか…私はまた力を手に入れ…シャルロット様や…みんなの役に立つんだ!!」


 言ってしまってからふと気づく、以前の無気力だった自分からは想像もできない熱い台詞が自信の口から飛び出したのだから。


『頑張るわね…それじゃあこれはどう?』


 ポーラスターは更に身体の支配を強める。


「があっ…うがあああっ…!!」


 更なる激痛に立っていられず、床に倒れ込み頭を抱えながら転げ回る。

 顔は涙と鼻水でグシャグシャだ。


(絶対に負けない…!!)


 それでも気丈に目を見開くアルタイル…彼の心はまだ折れていなかった。


『何なのこの子…? 普通ならとっくに音を上げてもいい頃なのに…』


 逆にポーラスターが動揺し始める…この激痛にこの年端もいかない少女の身で耐え続けるなど考えられなかったからだ。

 アルタイルのその強さの源が何なのか…彼女はそれが気になり、精神の方に侵入を試みる。




 天蓋孤独の孤児であった名無しの少年は路上で蹲っていた所を初老の王宮魔術師であるデネブに拾われた。

 少年はアルタイルと名づけられ、デネブに師事し魔導士を目指す事になった。

 デネブの元には美少女に見紛う容姿の兄弟子ベガが居り、二人で魔術の修錬に励むことになる。

 そして二人は惹かれ合い、兄弟弟子以上の間柄になり、次第に愛し合う様になっていった。

 そんな折、師匠のデネブは魔法の実験中に行方不明になり、ベガは彼の前から姿を消した。

 それでも彼は一人で魔法の研鑽を続けエターニア王国魔導士の第一人者にまで上り詰める。

 後に自分と同じ境遇であったイオを弟子に迎え、後進の指導に努め始める。

 この頃に王女シャルロットがこの世に生を受けたのだった。

 それから数年後、グリッターツリーへ薬草を捕りに行った際に『無色の疫病神』によって少年の姿へ変えられてしまい、

 紆余曲折の末、シャルロットが設立した『虹色騎士団レインボーナイツ』に参加、今に至る。




『これは…この子、いえこの男…何て波乱万丈で苦難に満ちた人生を送って来たの…』


 およそ凡人には縁のないであろう壮絶な人生経験…さすがのポーラスターも驚きを隠せない。

 ここまでの苦境を乗り切って来た精神力は伊達ではないという事だ。


『ふぅ…負けたわ…正直私はあなたを、人間を甘く見ていたわ…』


 アルタイルの身体から一瞬にして痛みが消える。

 しかし当の彼は衰弱しきっていて身じろぎ一つできない状態であった。


『私の負けだから約束通りアルちゃんに私の全てを上げましょう…』


 アルタイルの身体が淡く白い柔らかな光に包まれていく。


『それじゃあお別れね…最後に希望を見せてもらったわ、ありがとう…』


 ポーラスターの少女の姿をしていた霊体が徐々に薄れていく…


「待って!!」


『えっ…?』


 何とポーラスターの霊体の手をアルタイルの腕がしっかりと掴んでいた。


『あなた、意識が…?』


「ああ、今目が覚めた…ポーちゃん、一体どこへ行こうとしてるの?」


『どこって、そろそろ旅立とうと思うのだけど…』


「ダメだよ、それじゃあ約束が違う…」


『はい? 何を言っているの? 意味が分からない…』


「ポーちゃん、君は私との勝負に負けたら魔法知識と魔法力のすべてをくれると言ったよね?」


『言ったわ、あなたも感じてると思うけど、もうあなたは既に魔法少女になっているのよ、それが私の約束が果たされた証拠…』


「いや違うね、僕はすべてを貰う約束だった、そう…ポーちゃんそのものもね…一人だけあの世に行くなんて許さないから…」


『アルちゃん…』


「私と一つになろう…絶対に退屈しない人生を送らせてあげるよ」


『馬鹿ね…それじゃあまるでプロポーズじゃない…』


 霊体であるにもかかわらずポーラスターの目には大粒の涙が溜まっていた。

 そしてポーラスターは再びアルタイルの身体へと入っていったのだ。




「平和に仇為す悪い子ちゃんは…この『魔法少女ポーラスター』が許さないんだから!!」


 地面に倒れ込んでいる『絶望の巨人』ルビーを見下しながら高らかに口上を述べる魔法少女ポーラスター。


『魔法少女…魔法少女ですって!?』


 急に狼狽え始めるルビー…これには理由があった、二千年前の聖魔大戦、そのときに彼女は生前のポーラスターと戦った事があったのだ。


『いやっ!! やめて!! 来ないで!! 魔法少女怖いぃぃぃ!!!』


 手を突っぱねるようにし地面を後ずさるルビー…完全に怯えてしまっている。

 これは少女の姿に変形出来るように鳴った上、感情という物が芽生えてしまったが故の弊害であった…以前のような物言わぬ殺戮の魔導兵器だったのなら恐怖など知らずに済んだはずだったのだ。


「あら、どこかで見た顔だと思ったらあなた、前にもあった事あったわね…

 また懲りずに攻めてきたというのなら、もう一度お仕置きが必要だと思わない?」


『嫌ああああああっ!』


「『超重力圧メガグラビティプレッシャー


 ポーラスターがマジカルステッキを振り下ろすと、腹ばいの姿勢で逃げるルビーの両手両足に見えない空気の球が圧し掛かる。


 ガキガキと金属が砕ける音が響く、そしてとうとうルビーの手足は付け根から砕け散り胴体からもぎ取られてしまった。


『あっ…ああ…』


 ルビーの身体の部分だけが少女の状態に戻る、しかし当然腕と足は千切れていて見るも無残な状態だった。

 瞳が力無く明滅を繰り返す。


『とどめよ!!』


 ルビーに向けて新たに魔法を放とうとしたポーラスターだったが、ルビーの前の空間が歪んでいる事に気付き手を止める。

 歪みから姿を現したのは黒魔導士アークライトであった。


「何者なの!?」


『それはこちらの台詞です…何なのですかその格好は? あなたほどのお方が嘆かわしい…』


「私は魔法少女ポーラスター…

 別にいいでしょう? 人の趣味に口を出さないで頂戴!!

 そっちこそ元の私を知っている様な口ぶりだけど何なのよ!?」


『私はアークライト…もしやあなた、記憶が…?』


 少し考える素振りを見せたアークライトだったが、大破したルビーに向かって手をかざす…手を触れず魔法力だけでルビーを持ち上げはじめたのだ。


「あなた、逃げる気!?」


『そうですよ…こんな訳の分からない方法で反撃されてはこちらとしても対策の立てようがありませんから…ではまたどこかで会いましょう』


 そう言い捨て、アークライトはルビーを連れて空間の歪みに姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る