第59話 エターニア攻防戦


 「何事だ!!状況を報告せよ!!」


 王の間にシャルル王の大声が響き渡る。

城はおろか、国土全体が二度大きく揺れた後、断続的に振動が伝わってくる。


「申し上げます!!西の方角より防御結界に対し、強力な魔法攻撃を受けた模様…続けざまに巨大な人影が降って来たとの目撃情報が…!!」


「申し上げます!!西の城壁を赤い『絶望の巨人』と思われる兵器が襲撃中です!!このままでは防御結界が破壊されるのも時間の問題です!!」


「グムゥ…アルタイルの進言通りになったか…」


 次々と飛び込んでくる兵士と報告…シャルル王は頭を抱えた。


「しっかりしてくださいあなた、そんな事ではあの子が帰って来たら笑われてしまいますよ?」


「おっ…お前…いつの間にそんな格好を!?」


 部屋に入って来たエリザベートは白金に輝く鎧を身に纏い完全武装状態であった。


「あなたこそいくさの支度をお早く…敵が城内に攻めて来ますよ」


「そっ、そうだな…支度をする!!誰かついて参れ!!」


シャルルが数人の家臣を連れ退室するのと入れ替わりで武装したグラハムがエリザベートの元へ駆けつける。


「戦況はどうですか?グラハム」


「はい、『絶望の巨人』の方は急遽魔法の力を取り戻したアルタイル殿が対処して下さっています…しかし問題は敵の制圧部隊ですね…」


「一体どこの手の者です?」


「それが、始めは死神の様な風貌の男が一人、破壊された結界の隙間から侵入して来たらしいのですが、その者の発する黒い波動を浴びた我が国の兵士がまるでゾンビの様に変貌し敵に操られているらしいのです…そしてその数は爆発的に広がりこの城を目指している模様です」


「何ですって?」


 まさか自国の兵が敵に取り込まれてしまうとは…これでは対処に兵を送れば送る程、逆に敵兵を増やしてしまう事に繋がり兼ねない。

しかも兵達は守るべき自国民である…無闇に傷つける事や命を奪う事は出来ない。


「何と卑劣な…」


エリザベートは拳を握りしめる…その身体は怒りに震えていた。


「私達は王の準備が整い次第、結界の発生装置である『純なる宝玉ピュアオーブ』のある塔へ向かいます…恐らく敵の目的の一つは国を取り巻く結界の排除にあるはずです…」


 エターニアに張られている防御結界には外からの魔力的な攻撃から国を護るだけではなく、邪悪な存在の侵入を妨害する効果があった。

これがある限り邪悪な波動を帯びた者は徒歩などの直接的な侵入は元より、空間転移魔法で直接国内に現れる事なども不可能なのだ。


 これが今迄シェイドが直接エターニアに攻めてこなかった理由であった。


 シェイドが所有する『災厄の日』は超長距離の強力な魔法砲弾を発射できる恐るべき兵器だが、連続発射が出来ない欠点がある…初弾で結界の力が弱められても、次弾の発射時には結界はその回復力によって元の強度に戻ってしまっている…これでは堂々巡りだ。

だからシェイド達にしてみればこれ以上邪魔なものはない。

結界は真っ先に排除して然るべき存在なのだ。

 しかし彼は以前、エターニア地下から現在のサファイアである『絶望の巨人』を復活させたことがあったが、それは今回のルビーがやった破壊行動をサファイアにやらせるためのものだった訳だ。

巨人の力ならば結界は破壊可能なのは今回の事からも明らかである。

 だが秘密裏に進めていたその作戦は偶然地下遺跡に迷い込んだシャルロット達によって挫かれてしまった。

 しかし後に入手した『絶望の巨人』ルビーを単体でエターニアに接近させるのは発見のリスクが大きいため現実的では無かった…この作戦は奇襲だからこそ意味があったのだ。

 そこで今回は『災厄の日』と『絶望の巨人』の両方を同時に投入する事でよりお互いの欠点を補い、侵攻作戦の成功率を上げる事を狙ったのであろう。


「危険です!!王と王妃様も敵の標的なのですよ!?それでは敵に攻め易い状況を与えてしまいます!!」


 無礼を承知でグラハムが声を荒げる。


「だからなのですよ…『純なる宝玉ピュアオーブ』と私達が別々の場所にあれば護衛と防衛の戦力が分散してしまいます…ならば私達王族が『純なる宝玉ピュアオーブ』と共にあれば戦力を一カ所に集中できます」


「どうしても自ら戦いに身を投じるおつもりなのですね…私は出来ればお二人には逃げて頂きたいのですが…」


「真っ先に国を見捨てて逃げる王族など在ってはなりません…民草の命とその生活を守る…これは国を治める者の義務なのですよ」


「分かりました、これ以上は何も申しますまい…私もお供します」


「頼みましたよ」


 エリザベートは緊急事態とは思えぬほど穏やかに微笑んだ。


「済まぬ…待たせたな」


戦闘準備を終えたシャルルが戻って来た。

その巨体故にフルプレートの鎧などは装備できない彼だが、頭と肩や手足には防具を着けてきた。

そして一番目を引くのが肩に担いできた恐ろしく長くて幅の広い大剣だ。


「では行きましょう…あなた、グラハム」


「おう!!」


「はい!!」


 三人はその場にいた数人の騎士を引き連れて部屋を出た。

だが玄関ホールまで移動したところで敵兵の大群に出くわしてしまった。

敵兵と言っても元はエターニアの兵士なのだが、顔は蒼白でおおよそ生きた人間の顔色では無く、目は赤く不気味に輝いていた。


「これはどう判断すればいいんだ?この者達が元に戻る可能性は?」


 シャルルは困惑する…目の前の兵士の状態がただ単に操られているのか、身体がゾンビ化するなど不可逆の状態なのかが判断出来なかったからだ。


「ですが私達はここを通り抜けなければなりません…戸惑っている場合ではないのです…」


 腰の鞘からショートソードを抜くエリザベート…表情は険しい。


「王妃様、ここは私にお任せを…」


グラハムが二人の前に躍り出て、抜刀したミドルソードを切っ先は正面に向けたまま後方に引き絞る。


「秘剣『ストームブリンガー』!!」


そしてミドルソードを突き出すと先端から暴風が発生、ゾンビ兵たちを吹き飛ばした…うめき声を上げて倒れるゾンビ兵たち。


「今の内です!!さあ!!」


 王と王妃を促し先を急ぐ。

城の正面玄関を出て『純なる宝玉ピュアオーブ』が安置されている塔を目指し走り出した。

 そこからもひっきりなしにゾンビ兵が襲ってきたが騎士たちの頑張りもあり何とか塔の入り口まで辿り着く一行。


「…何かおかしいと思いませんか?あなた…」


「どうしたエリザベート?」


エリザベートにはある疑問が浮かんでいた。


「塔に着くまでにグラハムの報告にあった死神然とした男に遭遇しなかったわ…」


「そう言えばそうだな…」


 その死神が兵たちをゾンビ化して操っている張本人の筈だ…しかし城から塔までの道中にそれらしい男は襲ってこなかった。

 仮に死神が『純なる宝玉ピュアオーブ』の破壊自体をゾンビ任せにしているというのなら姿を現さないのは説明がつくが、見たところゾンビたちは知能が低い状態で、ただ命令のまま武器を振るい襲い掛かってくる…このゾンビに高度で具体的な命令を実行できるとは到底思えないのだ。

 

「そうなると死神は別の所に居るという事ですか?まさか…既に塔に侵入しているのでは…!!」


「それは心配いりません…塔の入り口の鍵は私と王しか持っていないのですから」


 エリザベートが首にかかっている鎖を引き抜く…するとそれには金色の鍵がぶら下がっていた。

それを見てグラハムも胸をなでおろす。


「あっ…お姉様!!国王様!!」


少し離れた路地からこちらに駆け寄ってくる人影が二人…それはエリザベートの実妹であるフランソワと若い執事であった。


「フランソワ…あなたどうしてここに?」


「どうしたもこうしたも突然凄い揺れがあったかと思ったら、町中気持ちの悪い兵隊がうろついてるんですもの…恐ろしくなって逃げてきたのですわ!!」


 普段、身体を動かす事を何一つしていないフランソワにしてみれば、ドレスの裾を掴みながらここまで走って来たのは相当堪えたのだろう…表情には疲労が色濃く出ていた。


「一体何が起こっているんですの!?」


「魔王の手の者が我が国に侵攻を開始して来たのよ…シャルロットのいないこのタイミングを狙ってね…」


「まあ…それは恐ろしい…!!」


 いささか大袈裟な驚きよう…グラハムは不審の眼差しをフランソワに向ける。

裏付けはないがフランソワが何かを企んでいるという話はアルタイルから彼に伝わっていたからだ。

 この塔の前で現れたのも不自然だ…避難するなら予め避難区域に指定された人々が大勢集まる広場に行くのが普通だが、彼女の屋敷はこの塔と広場を挟んだ反対側にあり、こちらに来るにはわざわざ広場を通り過ぎて来なければならないのだ。

グラハムは彼女から目を離さないよう注意するのだった。




 「……うっ…ここは…?」


 グロリアは地面に大の字に仰向けで転がっていた。

目に映る空は真っ青で目に眩しい。

ゆっくりと上体を起こした。


「うわっ…!!何この臭い…!!」


 鼻が曲がりそうな悪臭に思わず鼻をつまむ。

辺りを見回す事でその悪臭の正体が分かった…グロリアの周りには巨大イカの焼け焦げた身体がゴロゴロと無数に転がっていたのだから。


「…こんな臭いじゃが案外イケるぞい?」


「誰…!?」


 声のした方を見るとそこにはかなり歳を召した白髪に白髭の老人が座っていた。

汚らしいボロボロのローブを纏っており、片方のレンズの抜けたフレームの歪んだ眼鏡をかけている。


「やっと目を覚ました様じゃな…あまりに目を覚まさないからおっちんじまったのかと思うたわい…」


巨大イカの身を食いちぎりながら話す老人…歳に見合わず歯と顎は強い様だ。


「儂は…はて…お嬢さん、儂の名前を知らないかえ?」


「いえ…こちらが知りたいのですが…」


 グロリアはガクリと肩を落とす…取り敢えずこの老人の正体はさておき、彼女はこの場所に物凄い違和感を覚えたのだ。

 とにかくどこか妙な感覚がする…。

空と地面はある、しかし周りに岩や建物などの障害物や建造物が見当たらない上に、地平線が見当たらないのだ。

自分の名前を憶えていない老人ではあるが、聞かないわけにはいかなかった。


「あの…!!お爺さん!!ここは何処なのでしょうか!?」


「あっ…!?」


「ここは何処なんですか!?」


「あ~~~っ!?」


どうやらこの爺さん、耳が遠いらしい…業を煮やしたグロリアは深呼吸をして大声で質問した。


「ここはどこなんですか~~~~!!!!?」


「うるさいのう!!そんな大声を出さなくても聞こえておるわい!!」


逆に怒られた…腑に落ちない…。


「ここは何処かと尋ねたな?」


「はい…」


「実は儂も知らん…」


「………」


 思わず(やっぱり…)と声を出しそうだったが喉元でこらえる…また怒鳴り返されたら堪ったものではない。


「ただ一つ言える事がある…ここはあらゆる世界から物が流れ着く場所…一方通行な捻じれた空間じゃな…空間?それも果たして表現として正しいのじゃろうか?」


 何やらぶつぶつと独り言を言いだした老人…グロリアは不安のあまり泣きそうになった。


(確か私は洋上で巨大イカと戦い、諸共に海に沈んだはず…運よく流れ着いたのならここは何処の国だろう?それともここはあの世なのかしら?)


「シャルロット様はご無事だろうか…」


 シャルロットの名前を口にし、思わず涙が頬を伝う。

シェイドに内通し、裏切り者となった自分にシャルロットを心配する資格もされる資格もない。

それなのにシャルロットの事を思うと胸が締め付けられ止めどなく涙が溢れ出す。


「お前さん…今、シャルロットと言ったな?それはあのエターニアの姫君の事かえ?」


「えっ!?お爺さんシャルロット様を知っておられるのですか!?」


「知っているも何も儂は以前エターニアに住んでいた事があっての!!懐かしいのう…」


 何とこの妙な老人はエターニアの出身者であるらしい。

果たしてこの老人は一体何者なのだろうか…?

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